流行りなの?

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今日は帰りにスーパーで買い物をして帰りました。

 

っで、缶酎ハイのある売り場で気が付いたのですが、最近は「アルコール9%」というのが売りなんですか?

 

どの商品も、9%の文字が大きく書かれていて、コレの何が売りなのか私にはさっぱり分かりませんでした。

 

皆さん、アルコールの度数って気にして飲むんですか?

 

いや、ハイボールというのなら、度数=濃さということもあって、ある意味参考になるのですが、酎ハイってそっちですか?

 

むしろ、果汁の%の方が大事なような気がします。

 

前にも書いたと思いますが、私は贅沢な人間で、安いアルコール度数の高い飲み物は、一発で頭が痛くなります。

 

それとは逆に、高い飲み物は全く平気。

 

だから、缶酎ハイの9%ってやつは、むしろ絶対に買おうとは思わないんです。

 

度数よりも味じゃない?

 

そんなことをブツブツつぶやきながらの帰宅でした。

 

 

下の猫の方が、よっぽど価値観を理解されているようで・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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入ってる?

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*私の手ではありません

 

 

自殺するのに要注意な人を簡易的に調べるサイトで自己診断してみました。

 

すると、自分が要注意な部類に入っているではありませんか!

 

そうかそうか、自分にはそういう才能があったのかと、ついでなので自殺のしかたについて色々調べてみました。

 

最近ではご丁寧に、死に方まで解説があるサイトが結構あるんですね。手法によって苦しさの指数みたいなのがあったり。

 

でも、一つだけ疑問に思ったのは、サイトを作られている方って、生きているんですよね?ってことは、少なくとも失敗経験止まり。

 

偉そうに書いている割に、あまり説得力がないかな~。

 

3000mm級の山の稜線で、やや高山病気味で頭がぼ~っとした状態で落っこちた方が、よっぽどアドレナリンも出ていていいかも知れませんね(人に迷惑はかけるかも知れませんが)。

 

でも、実際には死にたくて岩にしがみ付いちゃうんですよね、高度感のある稜線の登山って。そのシンプルな反応っていうのが登山の醍醐味だったりもします。

 

恐怖感が強かった山を登った後って、私の場合、その夜は結構うなされていたりします。体がビクッ!となって起きたり。

 

無意識でも命を守るために反射が働いているんです。

 

面白いでしょ?

 

無意識下では、生きることのみしか頭にない。

 

瞳孔反射に温痛覚の反射、脈拍や血圧呼吸と、人の身体は必ず生きるように無意識に働いている。

 

もはや、生きるというのは自分の意志というか、植物的な本能そのものでもあるんですよね。

 

残念ながら、私に自殺者としての適性があったとしても、血が出て固まる様を眺めているだけでも、膝の腱反射を働かせるだけでも、植物的な生きる意志を感じてしまうから、きっと死ねないと思うな。

 

 

確か8年位前かな?

 

某大病院のICUで、脳死状態の方の施術に係わらせて頂いた時に、私のやることにしっかり反応していた。

 

いつどんな時でも、最良な状態に適応しようという自然の力を目の当たりにした時でもあった。

 

いや、誤解のないように言っておくが、何も私の技術的な能力に評判があったわけではない。ただ、ご家族の方から「先生の将来にこの経験が何かお役に立つことがあれば、それだけでも・・」ということだった。

 

患者さんは当時30代前半の女性。2歳の子供あり。

 

やっぱり、そういう見えない人々の私への心遣いが、自分で死ねない理由の最大要因なんだろうと、今ではそう思っている。

 

自分で生きているのではなく、既に色々な人が私を生かしてくれているから生きている。

 

まぁそんな感じだから生きるしかないんですよね。。。

 

 

 

 

 

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水晶

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今朝は、地下鉄の駅のホームにお札がバラ撒かれていました。

 

見た目1000札が殆どでしたが、私は忙しかったのでパスどころか踏みつけて通勤。

 

色々な人がいますね。

 

 

っで、今日はヒマラヤからのギフト。

 

水晶を3種類頂きました。

 

手彫りの貴重なものですので大事にします。

 

写真の水晶は、自分の飲み水に入れて下さいとのこと。

 

 

早速やってみます。

 

単なる石とするか、具体化する念写増幅石とするかは自分次第。

 

 

そういえば、もう一つ面白そうな山を教えて頂いた。

 

愛媛にある石鎚山。

 

調べてみたら、これが素晴らしい出で立ち。

 

「あぁ~天狗ねぇ・・・」とつぶやきたくなる容姿。

 

 

これはぜひ登らせて頂きたい山だ。

 

 

 

 

 

 

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意思の疎通

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今日はカメラのピントチェックのため、新宿のエルタワーにある Nikonプラザ へ行って来た。

何故カメラのチェックをしに行ったのかというと、この間、軽井沢で野鳥を撮っていたときに、ピントの外し方が今までとは違うフィーリングだったから。

使い慣れてくると、数値で見なくても、何となく「あれ?おかしい」と思うものです。

私は脳の記憶能力が足りないのか、はたまたボケが早いのかわかりませんが、例えば仕事で人の身体に触れない日が1日でもあると、触診能力が鈍くなってしまいます。

毎日やっていれば、一発で状況が把握できるのですが、1日空いただけで、「あれ?もう一回触って確かめよう」「ん?アレどっちだ?」というふうになってしまう。


っで、自分のカメラは使い慣れればどうやって撮れば、どのように写るかがすぐにわかる。

だけど、前回の軽井沢では、自分が捉えたと思ってシャッターを切っても、イメージと写真が全然違う。

最初は「あれ?鈍ったのか?下手になったか?」と思ったりもしましたが、何回やってもイメージと違う。

これは何か違うことになっているという結論で、カメラを点検に出したわけです。

まぁ、案の定というか、カメラのオートフォーカスがほんの少し前ピン(前にピントが合ってしまう)でした。10ヵ月くらい前には「正常範囲内」ということでしたがやはり。。

異常なしの方が良いに決まってるのですが、しかし、カメラの変化に気が付けたのは、これはこれで嬉しかった。

自分とカメラとの意思の疎通が取れている証拠。

Nikon の方いわく「ほんの少しだけですから」とのことですが、私にとっては大きな差。十分支障があるレベルでした。

 

どうしてそうなってしまったのか?これが電子機械の難しいところ。

 

わからないんですよね。振動なんかも一因になったりするとか。

 

 

機械だからこそ、普段からお互いの事を熟知しておきたいものですね。

 

 

 

限界点って結局のところ

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皆さんの線引きって、一般大衆と同じ所で線引きされていますか?

 

私はなんだか違うようです。

 

これを、非常識ともいうらしいのです。

 

例えば、山登りの時に気が付いたのですが、メール等で「1つ目の山を無事下山」と送信したとします。そして「2つ目の山に向かっている最中」と送ったら「え~~っ!まだ登るの!?」って言われます。

 

これについて、他の人に伺ってみると、「メール相手の方が常識人です」と即答。

 

あ、そこに私の見えない線があるのね・・・。といった感じ。

 

またある時は、新規事業でこういった事をやって、売り上げ目標は○○○○万円で、2年でそこまで行くと宣言。

 

その辺までは「ホントに出来たら凄いですね」程度で聞いてくれるのですが、法改正や、日本の仕組みの転換にまで話が行くと「それはちょっとスケールがデカ過ぎませんか?」と言われる。

 

はて?私の中ではそれほどスケール感ないんですけどね。。。

 

いや、むしろ、もっとスケールがデカい事を考えているんですけど、そう言われてしまうと、そこから先が口にできなくなってしまうものです。

 

 

お金もそう。1億稼ぐとか、5億稼ぐレベルなら「まぁ頑張れば誰でも行けるよね~」と話を聞いてくれるのですが、100億とか500億とかの話になると、「いやいやそれは流石に・・・」と仰る。

 

そうかなぁ~。

 

手法の問題ですから、100万円と100億とでは、さほど変わりはないんですけどね。

 

例えば、ダイヤモンドを仕入れて、売り手が付くとします。仕入れ値よりも、100万円高く売れました。じゃあ、×1000個で1000個裁ければ同じことですよね?これで100億です。

 

やったことは同じ手法にしかすぎません。何も1000倍ハードルが高くなったわけではない。

 

ダイヤの価値も変わったわけではないんですよ。

 

やっぱりちょっと私の価値観違うのかな?

 

っで、皆さんどうも変なんですよ。

 

例えば、毎月1万円儲かる話なら「そのお金出させてください!」と仰るのですが、毎月1億儲かる話なら「お金に余裕ができたら」と言うんです。

 

はい?出資金はそれ程変わりはないのに。。。

 

その辺の線引きがいまいちよく分かりません。

 

え?何が違うの??