こんにちは。
ウェディングドレスデザイナーHisakoです。
昨年は,半年に渡る病人の看護やら、その後の一連の行事や遺品整理もあり…、
アトリエのお引越しによる自宅の大掛かりな模様替えなど、仕事の合間に休む間もなく,多忙な日々が続きました。
年末には,やっとなんとか落ち着き、自宅での洋裁教室も,無事に継続することができています。
ここへ来て嬉しいことに、年が明け、また大きな仕事の依頼をいただきました。
のんびりしている状況ではありません。
けれども、あまりに疲れを溜めてしまいましたので、この際、しっかり疲れをとって、気分も新たに大切な仕事に取り組もうと思いました。
そして久しぶりに、昔からの仕事仲間と温泉旅行に行ってきました。
冬でも暖かい伊豆の地を選びました。
伊豆は、家族で私が2歳から4歳までの幼い頃,住んでいた懐かしい場所です。
戦争中と言う危機迫るときでしたが、幼い私には緊迫感はありませんでした。
富士山の美しさに見惚れたり、おいしいおみかんがふんだんにある,川遊びもできる楽しい長閑な日々を過ごしていました。
大家族だった我が家も、今では…兄と私だけの2人になってしまいましたが、8人家族が、全員揃って元気に暮らしていた時期です。
戦争が終わると直ぐに東京に戻りましたが、伊豆には親戚があり、その後も学校がお休みの時には,度々姉と遊びに行った思い出がたくさんあります。
そして悲しく辛い思い出もある地でもあります。
長く伊豆で療養していた母が亡くなった地でもあるのです。
昨日は、その病院にも行ってみました。
もう30年ほど前の出来事ですので、記憶も曖昧になっていますし、街のようすもすっかり変わってしまっていて、駅前の案内所で、調べて頂いたりして、やっと辿り着きました。
病棟もたくさん増えていて、昔の面影は、わずかしか残っていませんでしたが、母の最後を見送った病院を見て、当時の悲しみや、辛い気持ち、さまざまな情景や想いが蘇ってきてしまいました。
今回、お引越しの荷物の整理をしていて、母からもらった手紙が出てきて読みましたが、当時は余り感じなかった母の想いがひしひしと伝わり、涙にくれてしまいました。
昨日は母が晩年の最後の日々を過ごした病院を見ることができ、毎週2〜3回東京の我が家から伊豆長岡の病院まで通って母とする会話が何よりの楽しみだった頃を昨日の様に思い出していました。
伊豆は暖かく、もう春がやってきていました。
姫桜と言う種類の桜が、もう咲いていました。
ダウンジャケットを着込んでいましたので、汗ばむほどの暖かさでした。
温泉で癒され、富士山の美しさに癒され、このところの心身の疲れが一掃された様な気持ちになれました。
これから本格的に忙しくなる日々を前にして、緊張感も味わいながら、大好きな,ドレス制作の仕事に没頭します。
受講生の皆さんも、この寒い時期でも、真剣にドレス制作に取り組んでくださり、嬉々として集ってくださいます。
これからも、同じ喜びを感じ合えるお仲間と共に、楽しみながら、切磋琢磨して、前進を続けます。
それではまた。
素敵な一日をお過ごしください。
ウェディングドレスデザイナーHisako。