7月15日の日経新聞では、「フィリップス復活の教訓」という記事が面白かった。1990年代までテレビやビデオなどのAV(音響・映像)市場で、日本勢の最強のライバルだったオランダのフィリップスは2001年12月期に約3,400億円もの大赤字を出し経営が傾いたが、思い切った人員削減と事業構成の大幅な入れ替えにより、2012年には経常収支が約260億円の黒字となるまでに復活したというのである。


わが国でも、ソニーやシャープやパナソニックやNECなど再建途上にある家電メーカーが多いため、フィリップス復活の秘密を探ってみることにしたいと思う。


まず、事業構成の変更については、6つあった主要事業のうち、半導体、部品、ITサービスなどを分離・売却し、事業の柱を、医療機器、照明、家電の3本に絞った。その狙いは、先進国を中心に高齢化社会の到来が予想されることから、医療機器部門に目を付けたのと、個人向けのビジネスは流行に左右されやすく、商品もコモディティ化して薄利多売の過当競争に巻き込まれやすいため、法人向けのビジネスを中心に据えたことである。今や売り上げの7割が、BtoB(法人向け)事業だという。


次に人員の削減については、1998年には25万人いた従業員は現在は11万人強であり、半分以下に減らしたことになる。随分思い切ったリストラをしたものだが、雇用規制が厳しい日本で同じことができるかといえば、かなり難しいかもしれない。


その他、フィリップスが復活するに当たって留意したことは、事業の選択と集中の結果、不要となった事業をかつてのライバルだったアジアの企業に売却したことである。テレビ事業は台湾企業に、携帯電話ビジネスは中国企業に、液晶パネル事業は韓国LG電子に、オーディオ事業は船井電機にといった具合である。アジアのパワーを活用したことになる。


もう1つ注目すべき点は、時間差スピンオフ(事業の切り出し)という手法だという。つまり、顧客の立場に立つと、アフターサービスの担当がいきなり別会社になるのは不安なので、時間を掛けて外部の資本を注入し、一定期間フィリップスも株を持ち続けることで顧客を安心させたのだという。事業を売却しても手のひらを返したように、当社はもう関係ありませんと冷たくあしらうことはしなかったということだろう。


また、社長によれば、企業文化も変えたという。かつては新商品の開発は技術部門が主導権を握っていたが、今はマーケティング部門や営業部門の意見も採り入れているし、自前主義を改め他の企業や機関と協力して新機軸を生み出すオープン・イノベーションにも取り組んでいるという。たまたま復活したのではなく、復活すべくして復活したということだろう。


わが国の不調な家電メーカーも、フィリップスに学べるところは学び、さらに日本の独自性を付け加えて、できるだけ速やかに復活してもらいたいものである。