自分探しが止まらない
一昨日から
「自分探しが止まらない」 速水健朗 ソフトバンク新書
という本を読み、昨日お風呂で読み終えた。
2004年から自分探し的な塾、夢塾を開催し、人の夢ややりたいことを探すお手伝いをしたり、
自分自身が12歳くらいのときから自分探し的な状態を迷い続けていた時期が過去にあったので
気になって購入した。
本の中では、「自分探し」が流行している時代背景や
自分探しの危うさと大切さの両面からアプローチされていた。
私自身も典型的な自分探し状態で自分の軸を見つけるのに苦しみ続け、
自分を見失い続け、苦しみました。
そんなときに自己啓発の世界を知り、本にのべりこみ、読み漁り続けました。
心理学、哲学、宗教、精神世界、成功哲学、など興味がある範囲の本はどんどん読み続けました。
本だけで足りない場合は、自己啓発的なセミナーにも参加しました。
しかし、完全にのべりこむってことはなく、常に冷静な自分がいて、のべりこんでしまっている人を
『ちょっと心配だな、この人』っと客観的に見るようなところが常にあったようにおもいます。
数々のセミナーや本を読んでいくうちに、自分も主催をしたくなり、大学時代に友人と共に
大学生を集めてセミナーを開催することもありました。
私の自分探しが終わったのは、26歳のとき自分自身がずっとやってきた自分探し自体を仕事に
しようと決めたときでした。
自分自身でこれが自分の役割だという認識をもち、自分探しが終了したと感じることができたのは、
学ぶことだけでなく、実践をして実際に人と向き合うことを通してでした。
自分探しの「良さ」と「危うさ」を私なりに解釈してみると、
●自分探しの良さ
自分自身のことを深く考えるきっかけになり、自分の軸を持つことができるようになる。
結果安易に周りの意見に左右されなくなり、自分なりの見解や自分なりの人生の選択ができるようになる。
自分らしさを発揮できるようになったり、自分なりの幸せや成功という定義をつけることができるようになり、
流された人生を送ることがなくなる。
●自分探しの危うさ
自分探し自体が目的となってしまい、学ぶこと自体にはまり、不安になったらまたモチベーションを
得るために自己啓発にはまるというような繰り返しになること。
学ぶだけで行動をしなくなること。
自分探しという檻のなかから出ようとせず、現実を見なくなること。
結論から行くと自分探しは誰でもどこかのタイミングでする必要はあるとおもう。
しかし、自分探しという状態だけをずっと続けるのは現実からの逃避である。
確固たる信念を持って、自分の人生を自分が選んでいるんだという自己責任のもと
周りに迷惑をかけず、回りから感謝され、自分の人生を楽しんでいれば
万事オッケーなのでは?というのが私なりの見方です。
私の目指す『ワンピース』という世界は、一人ひとりが自分の大好きで得意なことで
人の苦手で嫌いな部分を埋めあい助け合うという社会なので、
一人ひとりが自分と向き合い、自分をしっかり見つめる自分探しをしていくことが
まず第一ステップなので、自分探しのムードは大いに大歓迎です。
しかし、探すだけで行動しないとせっかくその人が持っている才能が人に向けて
発揮されず循環しないのでもったいないです。
だからこそ、探しながら、見つかったらすぐに動いて人に貢献する。
そして、また自分を見つめなおす。
そして、また動く。
という学びと行動と振り返りの連続で自分を高めていくことが最も早い自分の見つけ方
なのではないか?というのが私が見つけた自分の見つけ方です。
さあ、今日はあなたはどんな自分を見つけますか?