いやはや、


年内に結婚するぞ


と大発言をしてしまったため、計画を実行に移すのに忙しくてブログのアップデートがすっかり遅れてしまいました。


一旦目標を立てたら、ガムシャラに突っ走るDrawingsは、とりあえず4月の末に無事結婚式をあげることができました。 とりあえず、これが最後になる予定ですが、そこのところはなんとも。


しかし、ブログのほうもちょっとだけ休憩する予定だったのが、あっという間に6ヶ月経ってしまい、実は、本人もびっくりしています。ブランクの期間にも皆様にいろいろとコメントをいただいていたようで、本当にありがとうございます。おって少しずつお返事させていただきたいと思います。


ブログのアップデートの方も、ちょくちょくしていきたいなと思っています。何しろネタがたまっているので。。。。


例のうそつきほら吹き女が、また大暴れをはじめたので、そこら辺からはじめようかな。。。






結婚したい、


と言う彼に


何とわたしは、


貴方と一生一緒に生きていける自信がない


と告白してしまったのです。


あわわ。


ばかばかばか、


と思われるでしょう。


だって~。本当なんですもの。 3年間一緒に暮らしてきたのですが、月に一回は大喧嘩。それも他愛のないことで、喧嘩した翌日には何が原因かわからないようなことで喧嘩しているんですよ。 


今まで付き合った男性の中で、こんなに喧嘩したことはなかったので、よくこれで関係が続いているな、とおもいつつ、やはり基本的な相性はいいんだろうな、なんて思っていたのですが。

それなのに、一生この人と一緒にいるなんて、とても考えられない、


と思ったわけです。。。。



告白した後、


げ、とうとう言ってしまった。これで関係は終わりだわ。。。


と、ハタと気づいてあせったのですが、


彼は驚いた様子もなく、なんと


それは僕も同じだ


ですって!



( ̄□ ̄;)



彼の回答に驚きつつも、私は


え、それなら何で結婚したいわけ????



と、聞き返すと、



一生と思うから大変なんだよ、


だと。



一瞬言葉を失いましたが、気を取り直して


じゃあ、貴方は一生一緒にいないかもしれない人と結婚したいわけ?


と聞き返したところ、



うん、僕もそれは考えた。僕にとってもこのまま婚約したままでずっと一緒にいると言うのは、まんざら悪いことではないと友達にも言われた。 でも、僕はちゃんとけじめをつけたい。 家族も皆それを願っているし。 じゃあ、君は結婚したくないの?



結婚はしたいけど、また失敗はしたくない。 一生一緒にやっていけるという確信が持てるまで、結婚しなくてもいいんじゃないの?



じゃあ、いつまでだったら一緒にいられると約束できる?



え、いつまで、といわれても。。。



じゃあ、来年の君の誕生日まで、精一杯夫婦として一緒にがんばっていけるって約束できるかい?



うん、それなら約束できる。



じゃあ、毎年結婚記念日の度に一年ごと契約更新をしよう。 記念日がくるまでやめるとか別れるとか、弱音ははかない。結婚生活は一生続くからと思うから甘えが生まれるんで、もし結婚生活が一年しかないとおもったら、お互い精一杯努力するだろう?僕たちか小さいことで喧嘩をするのは、いつでもやめられる、という逃げの姿勢からきているものだと思うんだ。



( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚



ということで、結婚、してみることにしました。








ううう、爆弾発言をしてしまいました。



(ノ゚ο゚)ノ



年内に結婚しますだと。


まあ、言ってしまったものはやるしかない。


式は4月の下旬になる予定です。ハネムーン先はまだ検討中ですが、多分南米のチリ・アルゼンチンあたりになるかと思います。


それでは、今回の結論に至った経過をひとつ。。。


以前、別の記事にも書きましたが、今の彼とは婚約して早3年たちます。 当然、婚約指輪ももらっているわけで、ということはプロポーズした側には強い結婚の意志が常にあったわけですが、私の方がなんといっても


前の結婚でえらい目にあった



ドクロドクロドクロ



ため、熱さがなかなか喉元を離れず、二の足を踏んでいたわけです。


それに、


①40過ぎのバツイチ同士が今更あせって結婚してどうなる


とか、


②結婚したら逆に緊張感がなくなって、関係が新鮮でなくなる


とか、



③もし離婚に至ったら資産を半分取られてしまう


とか、



いろいろ言い訳を言っていたのですが、


①はまあ、3年も待ったので、もう当てはまらないし、

②はどうも、3年一緒にいてもまったく新鮮味がなくなると言うわけではないし、

③は、ちゃんと婚前の契約を立てておけば問題にはならない、


ということで、はっきりいってもう言い訳になってないわけです。 ごちゃごちゃ言ってごまかしていても、やはり本音は皆さんにも見えていると思いますが、結局結婚に踏み切れない、というのは、


この人こそ運命が定めた相手


と言う確信が持てなかったからです。

彼と私はいろんな面で正反対で、どうしてこんなに共通点が少なく、相違点の方が断然多い彼と、どうやって一生一緒にいられるか自信がなかったわけです。


それで


ずるずるずるずる。。。。とあっという間に3年がたち、


それでもって、昨年末


痺れを切らした彼から、



いったいいつになったら結婚する気持ちの準備ができるのか???


と迫られてしまったわけです。


去年の末も同じことがあり、途中まで計画していた結婚式も、春先に何とかごまかしてたち消えにしてしまったのですが。。。。


今回はさすがに、この手は使えない。。。


でも、かといって心の準備ができているわけでもない。。。


というわけで、彼のこの質問を受けたとき、


実は苦し紛れにとんでもない反応をしてしまったのです。



つづく






いやーアメリカにいると


驚くべき人数の女性が


いまだに、


白馬に乗った王子様


神様が決めた相手


生涯をともに過ごすベターハーフ


に何時かばったり出会える、


と思い込んでいる人が多いのでびっくりします。


そういうラッキーな人も中に入るかもしれませんが、やっぱり40代になったら、


そういう人はラッキーで、


ひょっとしたら一生理想の結婚相手には出会えないかもしれない


という覚悟をする必要があると思います。


でも、その覚悟をするということが一番大事なことじゃなくて


理想の結婚相手にあえなくても、どうやって幸せな人生を送ることができるか、という解決策に到達するのが、もっと大切なことだと思います。


誰かと一緒に一生を過ごすのもすばらしいことですが、一人で気兼ねなく幸せを堪能する、というのもすばらしいことだと思います。


独身の方は、美しい景色を見たとき、ああ、誰かとこれを分かち合えたら、と思われるかもしれませんが、誰かといたら自分の幸せな瞬間が常に分かち合えるとは限りません。 例をあげてみましょうか?たとえば、登山が好きな旦那様があなたを連れて三町から見る神々しい日の出を一緒に楽しもう、と計画するとするでしょう。 で、あなたは高山病にかかり、朝起きるなりテントのなかで顔が真っ青。旦那様はあなたの健康を気遣いながらも、"畜生、野郎同士でくればよかった”と、心のどこかで思うでしょう。

 

逆もまた真なり。


せっかく手に入れたオペラのチケットなのに、30分も経たないうちに旦那は横で貧乏ゆすり。ああ、豚に真珠だわ、と私たちは心の中で思ったりします。こんなくらいなら、一人できた方がよかった、と思うことあるでしょう?


幸せは誰かと分かち合えると倍になる、、


というのは全くの真実ですが、実は


死ぬまでに心からすべて分かち合える相手にめぐり合うというのは、奇跡的な確率が必要だ、


ということに40代になるまで気が付かない、


というかそれまでわざと真実に気が付かないふりをして生きてきたにすぎない、


という、気がします。まあ、私だけなのかもしれませんが。

長年の迷いの後、やっとこの悟りの境地にやっとたどり着きましたので


年内に結婚をする


ことに決めました。


結論にいたるまでのいきさつはまた次回。



恋愛編を書き出そう、と思った瞬間にえらい事件がおきましたなあ。


なんと、43歳のNASA女性宇宙飛行士が恋にトチ狂って、不倫相手の恋敵の女性の誘拐未遂をしたんだと!






宇宙飛行士って英雄じゃん、一応。







おまけにこの人3人の子持ちで家庭もちゃんとある女性。 


一般人から見れば、


仕事と家庭を両立して、すばらしいキャリアをもっている女性の鏡

ということになるのだが。


いったいどこで何がおかしくなってこんなことになってしまったのでしょうね。


なんと、ヒューストンから 約1400キロも車をぶっ飛ばして、フロリダの空港で不倫相手の恋敵を待ち伏せした、と言うとんでもない女。おまけに、途中で車を止めてトイレに言ったりする時間をセーブするために、なんと


おしめをして車を運転していた、


というから怖いだけでなく汚い話でもある。



あ~あ。垂れ流しかよ~。トイレうんち



それで、どんな男が相手だったんだろうと思うと、




と、こんな感じで41歳にしてはなかなかのいい男だが、


家庭や仕事を台無しにするリスクをとるほどの男とは思えない。


しかし、なぜこういった、恋愛沙汰でみっともない事件を起こすのは中年女性・男性なんでしょうかねえ。 いったい彼ら何を考えているのやら。


ああ、情けない。


とにかく、恋愛には冷静になって取り組みましょう。


これは私が、20代の頃から奴隷のように働いてきたために、感じることだと思うのですが、

やはり40代になったら、30代までのお金のために身を粉にして働くような人生にはおさらばしたいものです。


いえいえ、別に身を粉にして働くことが悪いことだ、と言っているわけではないのです。自分の本当にやりたいことをやるために、寝る間を惜しんで働くのは、すばらしいことなので、そういう方々は多分過労死しても、成仏できるでしょうけれど。


やはり金のために働いて、過労死するのは報われない。 40代というのは、人生80年と見て、(もっと長生きするぞ、と言う方もいらっしゃるでしょうが)、人生の折り返し地点なのです。 お金を墓場に持っていけるわけではないので、お金に対する接し方を変える必要があると思います。


それでは、40代になったらお金とどういう付き合い方をするか?


1)自分のためにお金を使う。



自分で稼いだお金なんだから、自分の好きなように、自分に使わないでどうする。一円残らず使いきって死ぬ計画を立てましょう。 子供のために残してやろうなんていう考えは捨てましょう。全部が全部とは言いませんが、子供と言うのはお金がなくたって立派に成長できます。



2)本当に必要なお金、と言うのを冷静に判断する。



40歳まで生きていると、いろんなものがたまってきます。余分なものはどんどん処理してお金に換えましょう。 必要な人がいたら、どんどんあげましょう。 クローゼットで寝かしているくらいだったら、寄付して本当に必要な人に使ってもらいましょう。



3)必要以上のお金を得るために、他の大切なものを犠牲にするのはやめる。 



この年になってわかったことですが、お金というのはいくらあってももう十分ということはないのです。 私も20代の頃、いくいくらためたら引退するぞ~と目標に思った金額がありました。それでどうなったか、というと、実はもうその目標は2年前に達成しています。 じゃあなんでまだあくせくと働いているかというと、もっともっと優雅な引退生活を送りたいから。 


じゃあ、あといくらあったら十分なの、ときかれると答えが出ない。5億円持っている人に、5億円あれば人生安泰ですか、と聞くと、きっと”5億円くらいじゃ”と言う答えが返ってくることと思います。これってやっぱりどこかおかしいと思うんです。棺おけのなかでお金にうずもれてあの世に送ってもらいたい、と言う人がいたら、これは話が別ですけどね。


4)お金のために働くのではなく、お金に働いてもらうことを考える。 



今まで投資などを真剣に考えたことがない方は、いい加減にまじめに投資に取り組んで見てください。 私が昨年11月に一時帰国したときに、ちょうど週刊スパと言う雑誌で45歳で一億は簡単だった、と言う記事が出ていましたが、本当です。まじめに投資をすれば、まじめなリターンを得られます。 40歳でリターンが年率7%をきっているようなら、貴方の投資年齢は60歳超です。



5)人に気前よくおごってあげましょう。 



若い頃は随分年上の先輩や男性からおごってもらったので、やはり30代になったら自分の分くらい自分で払い、40代になったら気前よくおごってあげる側に立ちたいものです。私はこれは社会に対する投資だと思っています。 それに不思議なことに人に使えば使うだけ、逆にお金が入ってくるような気がします。 


私は自分のスタッフを月に最低でも一度は昼食に連れ出し、自腹でおごります。 (人数が多くなったので結構な出費ですが) これをすると、スタッフはちょっとした無理も聞いてくれるようになり、自分の評価が上がり、給与アップに繋がる、と言う図式です。逆に言えば、おごってあげられる、というのは、貴重なチャンスなのだ、と思うようにしています。



だけど、世の中には、私のようにこの年になってまでお金との健康な関係というものが把握できない人ばかりではなく、ちゃんと若いうちから上手な関係を築いている人がいます。


そういう人は、仕事、私生活、自分の生活水準と投資の4つのバランスをしっかりとって上手に生きている人です。 貴方の周りにもきっといますから、ぜひ見習ってください。 こういう賢い生き方は40歳になる前に、習得したいものです。

ちょっと今回は定例テーマから休憩します。


いやいや、待ちに待った昇給到来。 


地獄のような残業をした結果、8千ドルアップ。 日本円にすると96万円です。


喜んでいいのか悲しんでいいのか。


まあ、これ以下と言うことはないだろう、と思っていた金額なので、がっくり、というわけでなないのですが、予想を上回った金額ではなかったので、な~んだ、と言う感じでもあります。


でも、ボーナスをふくめると昨年と比べて一万7千ドル(200万円)アップしているので、結構な増収になっているわけですが、それだからといって私がその分幸せか、と言うとそんなことは決してないのです。



なんだとお、えらそうに!



と思う方もいらっしゃると思います。



なんだ、キャリアウーマンとか言ってその程度なの?がっかり。


と思われる方もいらっしゃると思います。確かにそういわれてみるとそうなんですけど。上を見たらきりがない。




え、そんなにもらって文句言ってるなんて信じられない~。くそビッチ!



と思う方も多々いらっしゃると思います。 私も30代まではそうでした。



なんといっても、この金のために犠牲にした時間。 なくした有給休暇。 それよりもっと重大なことはなくした女友達。男友達とちがって、女友達は比較的メンテが必要です。


喧嘩していなくなったわけではなく、私があまりにも忙しくて音信普通のため、捨てられてしまったというわけです。 



お金で友情は買えないぞ。



預金通帳を眺めてニタニタしている時代は終わりました。


上司に昇給額を言い渡されて、どうもありがとう、とは言いましたが、


「もう、お金さえもらっていればいくらでも働きます、と言う年代は超えました。これからは、もっと自分の時間を大切にしたいです。」


とはっきりメッセージを送りました。


お金なんて使える時間があるからこそ意味があるもので、時間がなければまったく意味がありません。時間が貴重になるので、ますます、お金を使って時間を買うことになるからです。


お手伝いさんをやとったり、値段を考えずに手当たり次第に必要なものを買ったり、とにかくお金をつかってなるべく自分の時間を増やしているようでは、元の木阿弥です。


40代になってから、私のお金との関係ががらっと変りました。 30代の頃は夢にも思っていませんでしたけど。。。 お金との付き合い方は次の記事でもう少し触れたいと思います。

40代というのは、人生を80~90年と見ると、私にとっては人生の折り返し地点になります。


当然、皆さんの中には、100歳を超えるまで生きてやる、と思っていらっしゃる方もいらっしゃるので、そういった方の折り返し地点はもっと先になりますけど。


折り返し地点ということは、20代や30代で感じていた時間的に無限の将来が待っているわけではないということになります。30代の頃までの、”そのうちやるぞ”とか”いつか時間ができたら、やってみたい”ということは、すっかり贅沢になり、逆に残り時間の間で、いかにやりたいことをやり遂げるか、という時間との戦いになってしまうわけです。 


残り40年もあるんだから、そのうち時間ができるときがあるから、やりたいことができるでしょう、なんて思っていてはいけません! というのは過去もやりたいことができるはずの40年があったわけで、その間にできなかったことがどうして、そのうち時間ができたら、できることになるんでしょう? 確かに知力と経済力はついていますが、(ちょっとだけどね)それ以上に人生は歳をとるごとに忙しくなって、40代になってから、もう何も考えずにボーっとする暇さえ、贅沢に感じるようになりました。 とにかく、私の残り時間は限られているわけです。 時間を無駄に過ごせる贅沢な時代が懐かしい。。。。


おまけに、この先40年生きられるという保証など、どこにもないわけで、ひょっとしたら明日、事故に遭って死んでしまうかもしれません。ということは、今まで一生懸命働いてためた貯金も、結局使わずにして死んでしまうということか?お子さんがいらっしゃる方は、子供のために残せればいい、とそれなりに納得がいくでしょうけど、私には残す子供もいないので、はっきりいって何のために齷齪働いてきたか分からないではないか。


とういことで、早速今年から、自分のやりたいことを優先して行うことにしました。まあ、多少人に迷惑がかかることがあるかもしれないが、散々人のわがままもきいてきたし、迷惑もかけられてきたので、ここらへんでちょっと自分中心の人生を送ったっていいじゃないの、と思っています。


世の中には勝ち負けを問う人が多いけど、私は人生の勝ち負けは誰かが決めるわけではなく、自分で決めたいと思います。 周りの人間や世論が”やるべきこと”とすることを上手に早くやったからといってそれで人生の勝ち負けを決められるのではなく、自分の本当にやりたいことがいかにできたか、ということで私の人生の勝敗を決めたいとおもっています。40代になったら、人の価値観に頼るのはやめたいじゃないですか。



というわけで、爆弾発言ですが、今年こそ転職するぞ!!!



自分の幸せに自分で責任を持つこと。


なんて、えらそうに書いてしまいましたが、なんだかんだいっても、40代になったら自分が幸せかどうか、というのは結局本人の責任である、


ということを自覚するのが大切だと思います。


結局死ぬときは一人ですから、家族のために自分を犠牲にした、とか


会社のために家族を犠牲にした、とか


信じていた人間にひどい仕打ちをうけたとか、


学歴がなかったから、つきたい職業に就けなかったとか、


お金がなかったからやりたいことができなかったとか、


そんな言い訳は、自分の死に際の言い訳にはなりません。


なんといっても、そんな言い訳を誰にするか、といえば、天国の神様でもなければ、地獄の閻魔様でもない。


結局自分にすることになるのです。


ですから、もう言い訳をするのはやめましょう。言い訳をしながら、やらなければならないことを先延ばししにしても、結局後悔するのは自分です。 大体できるかできないか、というのはやってみないとわからないわけです。


では、過去一回挑戦したけれど失敗した人はどうすればいいか?と思われる方もいらしゃっるでしょう。 でもこの一回目の挑戦を失敗だったとするか、勉強する機会だったとするか、というのは貴方にかかっています。


と非常に抽象的な出だしになりましたが、こんな結論に至ったのは、今自分が置かれている状況がまさしく、


言い訳をつくってやるべきことを先に延ばしている


だからだと気がついたからです。


では、それはいったい何か?


もう、いい加減に会社のために自分の時間を犠牲にするのはやめて、自分のためにつかうことです。


皆さんの中には、会社のために奴隷のように働きながらも、それを至福の喜びだと感じていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。私はそれはそれでいいと思います。 私も一時そういう風に感じることがありました。 特に時間のある20代や30代の頃は、自分の時間の価値、というものが会社で自分が必要とされている、というある意味の満足感と同じ価値だったので、それはそれでよかったのですが、40代になってそのバランスが崩れてきたのです。


なぜバランスが崩れてきたか?


それは、私の時間への価値観が変ってきたからです。


これについては、また次回。。。






皆様、大変ご無沙汰しております。


仕事の方が異常に忙しくなりまして、なかなかブログの方が更新できず、せっかくいただいたコメントにもタイムリーにお返事できず申し訳ありません。 


ただでさえ忙しい時期に、またエー加減にせんかい、と言うような事件がいくつか起こりまして、はっきりいって新年早々から、


6時起床

7時半出社

11時退社

12時半就寝


と言う冗談のような生活を週末もぶっ続けで送っておりまして、これも30代のあたりだったら結構平気だったのですが、さすがに40代になるとこのような生活はカラダに堪えます。 以前から上長には、会社が年率20%の成長をしているのに、管理部門の人員を増やさないというのは無理がある、と訴えてきたのですが、全然聞いてもらえず。 


それで思い切って、先週の金曜はこのくそ忙しい中、



精神衛生休暇



を一日取らせてもらい、週末も



完全休業宣言



をさせてもらいました。


こうやって頭が混乱するほどめちゃくちゃ働いているときは、経験から言って仕事の効率が異常に下がり、間違いを起こしやすいので、私は自分の長年の経験から、こういうときは逆に思いっきり休んでしまった方がいい、と勝手に決め込み、勝手に休暇をとることにしています (もちろん上長に報告はしますが。)


ということで、金曜から3日間パソコンには一切電源を入れないで、すごしました。


おかげさまで、


頭すっきり。



仕事のせいで、超近眼的な生活をおくっていたのですが、週末頭を冷やして考えたら、


40代になっても30代と同じような仕事や生活を送っていてどうするんだ!


と言う結論に達しました。


ということで、本日からちびちびと正しい40代の生き方、と言うテーマで少し記事を書いて見ようかなと思います。