基本的に日曜朝は掃除タイム。おたがいに領分をきめ、部屋中のたまったホコリをとりのぞく。

「すでに30度超えだからなあ。ちょっと体を動かすだけで、体中が汗だくだ。この世の地獄だよ」
「オーバーね。だからあなたには風呂掃除をまかせてるじゃない。すぐに汗をながせるように」
「とにかくむし暑くてかなわん。存分に磨いてやるのはいいが、メガネがすぐにくもるんだよ」
「だったらコンタクトにすればいいじゃない。汗をふくのに、いちいちメガネを外すんだから」

そうしたいのはもちろんだが、休日は心からリラックスしたいのでコンタクトをつけたくない。
いったん装着すると、無意識に仕事モードへ切り替わってしまう。視界はより良好になるのだが。

「なんだろうな。プライベートでは見えすぎる世界を体感したくないんだよ。女ならわかるだろう」
「あら、強烈なイヤミね。そんなに私のスッピンを見たくないのなら、今日かぎりでそうしてもいいのよ」
「バカ、考えすぎだよ。これは極度の近視者にしかわからないかもな。ボヤけた視界の心地よさを」

視覚は、脳の情報収集手段の八割をしめるといわれる。それを遮断することが真の休息かもしれない。

「そういや思い出したよ。はじめてメガネをかけたときの視界のクリアさが。まさに新世界がひろがった」
「前にも聞いたわ。好きな女の子の顔が別人に見えたって。いろんな意味でショックだったともね」
「ああ。鼻のしたの産毛の濃さに幻滅とまではいわないが、かなりの驚きだった。女のくせに、とかな」
「ピュアだったのね。中学生ならしかたないわ。私もそのころはあまり気をつかってなかったなあ」

遠い目をして、なにやら含み笑いする彼女。しばらく放っておいたら、そのうち大声で笑いだした。

「私も思いだした。あなたって本当に目が悪いから、メガネのレンズが厚いのよね。で、目が小さくて」
「普段はコンタクトだからな。俺もメガネではじめて会ったときに、思いきり戸惑われたことは覚えている」
「人相があまりにもちがうから、最初はお兄様かと思ったのよ。心のなかで、はじめましてって呟いたわ」

今でも不思議だわ、と勝手にメガネをとる。ボヤけた彼女の顔を確認するために、口を近づけてやった。