「そうそう。うっかり本題を忘れちまったけど、ニュースでみたんだよ。痔神社のことをさ」
「へえ、いろんなのがあるのね。やっぱり神主さんも、持ち主に代々ひきつがれるのかしら」
「そこまでこだわってないだろうよ。そもそも治っていない神主じゃ、まるで説得力がない」
「そうねえ。全国にある天神さんの神主さんは、それこそ受験シーズンはプレッシャーよね」

都心部ならともかく、田舎の神官は家族構成まで氏子へ知られている可能性が高い。
それぞれに祀る八百万の神によって、人生のレールが敷かれるのはつらいところだ。

「大黒様の祀られている神社がいかにも貧相だったら、やっぱり足が遠のくよね」
「あくまで管理しているだけだから。強大な神の通力を封じこめてるんだよ、実際はな」
「それは知らなかったわ。じゃ、神主さんがいなかったら神様に支配されるってことかしら」
「結局さ、人間の飽くなき欲望をシンボル化したのが神道なんだよ。戒めともいえるかな」

なんか納得いかないわ、と彼女がつぶやく。だが古事記で描かれる神々は結構わがままだ。
古代ギリシャの神々も人間の欲望を肥大化させており、だからこそ神になりえたのだろう。

「なにか秀でるものがあれば、死後に神へ列挙されるのは古今東西、変わらぬわけだよ」
「あなたなら食に秀でているから、立派に候補へなれるわ。でも好き嫌いがあるからねえ」
「拒食症患者を救えるのなら本望だ。だが意地でもトウモロコシとグリーンピースは食べないぞ」
「あえて、その二つをお供えするのがおもしろそうね。異常な食欲を封じこめる意味で」

それだとダイエットの神様になってしまう。死んでまでも修行させられるのは、御免こうむる。

「せっかくだから近所の神社へいこうよ。夏の夜って、ずっと外にいたい気分になるからさ」

散歩がてらに小さな社へ。カランコロンとなる彼女の高下駄が、夏の神々を呼びよせるようだ。