「なんとベトナムか、うらやましいなあ。俺も仕事をやめて一緒についていきたいよ」
「ごめんね、あなたの都合があわなくて。もうすぐ結婚する友だちが、どうしても行きたいってね」
「旦那になる予定の彼といってきたらいいのにな。なんでだろう」
「なんか、海外はダメらしいのよ。とくに東南アジアは、雰囲気だけで倒れそうになるって」

まったくの偏見だ。あれほど楽しい地域はないくらい、食と人間味にあふれている。
もっとも国民性はかなりことなり、ベトナム人はおおまかにいって愛想がわるい。

「いったん友だちになってしまえば、なんてことないんだけどな。親切だし、メシもおごってくれるし」
「たしかバスで縦断したっていってたわね。私たちはツアーだから楽でいいけど」
「ツアーを否定する気はさらさらないよ。ホテルやゲストハウスをさがす手間がないからな」
「知らない土地で飛びこみで泊まるのは国内でも勇気がいるわ。あなたは男性だからね」

旅の力点をどこにおくかで、道中の行動がちがってくる。観光地巡りがメインなら、ツアーが一番だ。

「俺は宿探しそのものが楽しいからなあ。現地の人に聞きまくるんだよ。安いのはどこかって」
「すぐに見つかればいいけど、そうそううまくいかないでしょ。時間だけがすぎるのはもったいないわ」
「それをムダと思えるかどうかなんだよな。危険な面はあるけど、ほとんどはみんな優しいからさ」
「まあ、あなたならすぐにどこでもなじめると思うわ。食に対する偏見がまるでないもの」

ベトナムといえばコリアンダー、別名パクチーである。タイも有名だが、混在率はベトナムが上だ。
あの独特の臭気を毛ぎらう人は少なくない。だがそれを否定しては、海外に出張った意味はない。

「私も友だちも平気なんだけど、実際はどれくらい入ってるのかしら」
「フォーには間違いなく薬味として入れられている。ブンチャーもだったかな。すぐになれるよ」
「ツアーだからへんな店には入らないけどね。でも、屋台巡りはしてみたいわ」
「それなら、ホーチミンでヤギのオッパイ焼肉を味わってくれ。あれは絶品だ」

地元民のつどう店でためしてみたが、安くてうまい。2、3人分ある大皿が800円程度だった。

「なんか女として切ないけどね。それを食べてミルクがでるようになったら、そのヤギさんも喜ぶのかな」

ヤギ乳は人間の母乳に近いといわれる。俺たちの未来のために、何皿でも食ってきておくれ。