ふとネットでみた記事から、なつかしの曲を動画サイトでいくつかひろった。
聴くと同時に想い出がよみがえり、バカな行動ばかりしていた当時に恥ずかしさを覚え


「曲って、過去へ一瞬にもどすんだよな。映像だけでなく、匂いまでも」
「わかるわ。なんかこう、本当に甘い香りがするよね。なんともいえないような」
「なにしろ、数十年も記憶の奥底に残っているんだからな。それを聴覚のみで掘りおこすわけだ」

人間の記憶のメカニズムは、パソコンのメモリなどではとても追いつ
ないだろう。
けっして完全なかたちでは復元できないが、そのグレーなあり方を選択した進化なのだ。

「いちいち細部まで覚えていたら脳はパンクするし、いやな思い出も消去されないからな」
「だから過去は、甘くせつないものばかりになるのね。忘れたくても忘れられないものもあるけど」
「たとえば失恋とかになるか。俺はそもそも恋愛経験がすくないから、あまり覚えてない」
「恋より食べ物を失うほうが
永遠に記憶へのこりそうね。私はちょっと違うけど」

何かをなくしたときにこそ、その偉大さがわかるとい
。でも、それは言い訳にすぎない。

「だったら、はじめから失わないように努力しろってことさ。わかるだろ、俺はいつでも全力だ」
「そうねえ。一緒に居酒屋へいったら、メニューの全部を食べそうな勢いだから」
「食い物の話はいいよ。俺は人生について語っているんだ。ガラスのハートだからな」
「傷つきやすいのをカバーする意味でってことかしら。でも、ときには息抜き
必要よ」

彼女が押し入れから、小型のキーボードをとりだしてきた。昔とったキネヅカである。

「しばらく弾いてなかったから、採点はよしてね。タイムマシンがわりと思いながら、聴いて」

聞こえてきたのは初デートにBGMで流れた曲。俺たちの生活は、これからもなすがままさ。