「いやあ、今日はじつにおもしろい人に出会ったよ。君も連れてきたらよかった」
「二日酔いの私に、まだ飲ませるっているの。あなたは本当に頑丈よね」
「俺も結構、昨日の日本酒がのこってたので、今夜はやめようかと思ったんだがな」
「で、どうしたの。たしかサークル仲間との飲み会っていってたよね」

月に数回、時間がとれるときに地元の英会話サークルへ参加している。
会員費は毎回500円で誰でもフリーで加わることができる、かなりゆるやかな会だ。
ヘタの横好きではじめた英会話だが、そこへ行くたびに新鮮な出会いがある。

「じつはさ、某芸能プロダクションのマネージャーをやっている人がいたんだよ」
「へえ、それは面白そうね。女優さんを担当しているの」
「残念ながら、お笑い芸人らしい。だが、たんに彼らをマネージメントしているわけでなく」
「英語をつかって彼らを売りだそうってことね、海外へ。どう、あたってるでしょ」

ビンゴだ。彼の夢は、欧米で日本人芸人専門のプロダクションを持つことらしい。

「でもさ、聞いてみたんだよ。笑いのセンスがかなり違うから、難しいだろうって」
「そうよね。たまにコメディ系の洋画を見るけど、ちょっとズレてるよね。日本の感覚とは」
「あと表現がストレートというか、キツい。下品な話題なんか、とことんやるしな」
「でも立派な夢じゃない。新しい道を切りひらく人には、全力で応援してあげたいわ」

ところが彼の英語力は皆無にちかく、ほとんどの説明が日本語でおこなわれていた。

「まあ、それはしかたないとしても、夢の達成にはかなり時間がかかるだろうな」
「あなたがコーチしてあげたらいいじゃない。海外旅行では、それこそ喋りまくっているのに」
「俺のはブロークンだからなあ。驚くことに彼の真の夢は、日本の笑いで人種差別をなくしたいそうだ」
「それじゃ、現地のスラングとかをきちんと把握しなきゃダメね。でも、がんばってほしいわ」

多民族との関わりが他国とくらべて著しくひくい日本では、その意識を明確に理解するのは難しい。
だが彼のそだった環境は、在日系の人々がなにかにつけて差別されていたらしい。
幼いころから、その現状をかえたいとつねに思っていた彼。その道は、かなりけわしい。

「でもさ、ひとつのギャグで誰もが笑いあえたら素敵よね。そのときだけは理解しあってるんだから」

笑顔は、他者との最高の伝達手段だ。そして俺の夢は、君を最期の瞬間まで笑わせることさ。