「もしもし、ごめんね。まだ仕事かな」
「いや、もう終わったよ。どうした」
「うん、ちょっと気分がわるくなっちゃって。今夜はどこかでたべてきて」
「熱でもあるのか。まだ病院はあいてるだろう。すぐに診てもらえよ」
「そこまでひどいわけじゃないけど、今夜は何もできないからごめんね」

よけいな気づかいが、症状を悪化させるのをわかっていない。気持ちはうれしいが、それは別だ。

「そのままずっと寝てていいよ。それより腹はへってないのか」
「お昼からなにも食べてないんだけど、食欲がわかないのよ」
「わかった。とりあえず何もしなくていい。なんだったら明日は仕事をやすむんだ」
「うん、ありがと。じゃ、お言葉にあまえてベッドで横になっているわ。ごめんね」

あやまる必要などないのに、何回目だ。そのいじらしさに、すこし泣けてきた。
とりあえず飲みやすいお茶と、おかゆに合いそうな漬物を買う。薬はひとまずやめておいた。

「ただいま。どうだ症状は。やっぱり風邪なのか」
「おかえり。ううん、どうだろう。朝から頭がおもくて、体のだるさがひどいのよね」
「わかった。もう、あんまりしゃべるな。とりあえず、軽くおかゆでも作るからな」
「ありがと。でも、無理しなくてもいいよ。あなたもお腹がへったでしょ、さきにたべて」
「あのな。こんなときまで俺の体を気づかう必要はない。自分のことだけ考えろ。ほら、お茶だ」

横に寝ていた彼女がすこし起きあがる。顔が青ざめており、典型的な風邪の症状だ。

「これって、ダイエットにきくウーロン茶よね。高かったでしょ」
「適当に買ってきただけだよ。なんか高いのが風邪にきくかと思ったから」
「発想が単純よね。でも、ありがと。ちょっとだけ元気になってきたわ」
「バカ、無理するな。あとでおかゆを持ってくるからな。味付けは塩だけでいいか」

うん、と素直に応じるが、まだ表情は弱々しい。いつものような気丈な笑顏をはやくみたい。

「ほら。さっと作ったから、味は保証しないぞ。この白菜の漬物も薄味のやつにしたからな」
「ありがと。本当においしいわ。たまに病気になるのもいいかもね。最高の味付けが確かめられるから」

くだらないことをいうまえに、とにかくしっかり寝ておくれ。
安心した君の寝顔が、俺の晩メシがわりになるんだからさ。