「たてばシャクヤク、すわればボタン、あるくすがたは百合の花、か」
「いきなりどうしたの。いっとくけど私にそんな姿をもとめてもムダよ。あきらめてるから」
「いや、昼休みによった公園でシャクヤクが見ごろだったんだよ。それはきれいだった」
「あなたって意外と花好きだからね。もうそんな時期なのねえ」

季節を一番に表すのは、何といっても花だ。たまには空調のきいた屋内を離れるほうがいい。

「あともう少しすればバラが満開になる。やっぱり香りがあるのには惹きつけられるよな」
「バラって、年に二回さくのをあまりしられてないのよね。秋のは花が小さいからかしら」
「そのころはどうしても紅葉に目がうつるからなあ。だが、そのひっそり感を楽しむのもよい」
「あなたに教えられるまで、ボタンとシャクヤクって同じだと思ってたのよね。その点では感謝だわ」

おだてられるほど詳しくはないが、目の最大の保養になるこの時期の花を見ずには損だ。
あらゆる植物は昆虫に花粉を媒介させるために、さまざまな芸術を花にほどこす。
その数億年単位でつちかわれた美の試行錯誤を見逃す
は、あまりにもったいない。

「とはいっても、昆虫はどこまで花を花として感じているんだろうな。たんなる目印だろうけど」
「ほとんどの動物は色盲ともいわれてるわね。カラフルな世界の象徴は、やっぱり花だわ」
「そうだよなあ。人工物以外でこれほど色をだすものは、あとは虹くらいしかないか」

感覚器官にそなえつけられた能力は、かならず意味がある。それも本能へ関わる部分に。

「もし紫外線や赤外線まで色の波長を感じられたら、それは極彩色きわまりないんだろうな」
「たぶん、そこまでいくと頭がパンクするんじゃない。色が多すぎると目がつかれるから」
「それはあるかもなあ。情報量が多すぎると、他の処理能力に影響を与えるからだろうな」
「あなたって花を語るときはうるさいけど、私の服についてはさっぱり感想をくれないわね」

わりとシックにまとめる彼女。そこにまばゆく紅を演出する合わせ方は、わかっているつもりだ。

「月なみだけど、私もバラは大好きなの。やっぱり女だから、特徴的な色で決めたいじゃない」

そのまえに、すこしばかりトゲのあるその性格をなおしてほしいところ。
そう言うと、とがらせた指で首を連打してきた。包容力を高めるツボらしい。素直に甘えろよ。