「こまったわ、どうしようかしら。まさか、こんなことになるなんて」
「めずらしいな、いったいどうしたんだよ」
「今夜ね、急に友だちと会うことになったのよ。10年ぶりくらいかしら」
「なんだよ、老けたのはお互いさまだろ。なにも気づかう必要はないよ」
「バカ、そんなのじゃないわよ。昼間、調子にのって二皿食べたのがまずかったわ」

ニンニク臭がするという。いきつけのパスタ屋がペペロンチーノを半額で提供しており、
彼女と俺で5皿もいただいてしまった。その分、ガーリックにそまった体になっている。

「牛乳が匂い消しにきくというけどなあ。なんだったら10本ほど買ってこようか」
「そうねえ。飲みすぎからお腹をこわして、会えない理由をつくるほうがよいかもね」
「10本は冗談だけど、ちょっとは飲んでいけよ。何もしないよりはマシだ」
「とりあえず冷蔵庫にすこしあるから飲んでみるわ、あとはミント系のガムかしら」

じつは、世間でいわれるほど牛乳は効果がないらしい。飲むなら、食べながらだ。
だがニンニク料理に牛乳があうとは思えない。匂いと味は一体化しているからだ。

「本当の友だちなら、そこまで気をつかう必要はないよ。相変わらずだなってことで」
「男同士ならそれでいいんだろうけど、女はいろいろと難しいのよ」
「めんどくさいなあ。いっそのこと中華料理屋で待ちあわせるのはどうだ」
「あなたにしては良い考えね。ちょっと連絡してみるわ。友だちと店にね」

しょせんは匂いだし、夜には消えると思うが女の見栄がそうさせない。
そう思うと、食欲を存分にそそらせるニンニクがかわいそうだ。あれほど食べてたくせに。

「なんだろう、この忌避感は。食べてるあいだは最高なのにね」
「ある種のマーキングかもな。縄張り意識を感じると、他者は立ち入りたくないというか」
「何に対してかはわからないけど、特定の匂いは人を引きつけたり、遠ざけたりするわね」

そういいながら、牛乳をチビチビやる彼女。その友だちが男でなければよいが。

「バカね。あなただから、ペペロンチーノを二皿たべられたのよ」

いつまでもクサい仲でいようね、と彼女が鼻をクンクンさせる。
人生における香辛料はニンニクだけではないが、なぜか俺たちには良い味付けらしい。