「いかん、喉をやってしまたようだ。すこし腫れた感覚がある」
「どうりでハスキーな声だとおもったわ。夜更かししてないはずなのに、どうしたの」
「今日は仕事で電話することが多かったから、声をつかいすぎたせいかもしれない」
「つかれてよわった喉にウィルスが入りこんだのね。とりあえず薬をのんで」

昔から風邪は気合でなおしてきた。そのせいかたまに薬をのむと、効果がありすぎて困る。
朝から頭がすっきりせず眠気にさそわれ、熱はひくが全身が倦怠感につつまれてしまう。

「それはあたりまえよ。体が懸命にウィルスと戦っている証拠だから」
「薬をつかうと、その影響がものすごく強くなるんだよ。急がば回るほうがよいかもな」
「だめよ。自然治癒力は歳とともに衰えていくんだから。手遅れになる前に、さあ飲んで」

うるさく言われつづけるのも嫌なので、素直にしたがってみた。これで治ればよいが。
いや、治るものの明日は仕事にならないだろう。無理せず休んだほうがよさそうだ。

「あなた一人がいなくても大丈夫。なんとかなるもんだから、我慢しちゃだめよ」
「そうだとよいけど、なんか気になっちゃうんだよ。このストレスで別の病気になりそうだ」
「もう。あなただけの会社じゃないでしょ。他人はね、自分が思うほど気にしちゃいないわ」

案外つめたいことをいう。そういうものだと割りきれば、人生はもっと楽になるにちがいない。
無駄に責任をせおうことが大人の証拠とおもう性格は、なかなか直りはしないのだが。

「なんか私が無責任一代女のように思われてるけど、逆だからね。責任感がそうさせるのよ」
「うーん、ちょっと意味がわからないなあ。だって休みたいときは構わず休めってことだろ」
「そうよ。自己管理ができないのは子供の証拠。だから私が現場監督するの」

彼女の目に涙がたまった。その成分はわがままな俺への、これ以上もない薬になることだろう。