「写真うつりをどうにかしたいんだけど、なんで思ったようにならないのかしら」
「自分撮りにでもハマっているのか。女って、ほんとに好きだよなあ」
「そんなのじゃないわよ。パスポート用の写真を用意したいんだけど、うまくいかないのよ」

10年間その写真が残ることを考えると、うかつな顔を撮れないらしい。
月日は入出国スタンプとともに顔にも刻んでいく。それはシワとなり、たるみとなる。

「見くらべると、やっぱり若いよな。そして痩せてるよなあ」
「体重はかわってないんだけど、顔の骨格が横に広がっちゃうのね」
「これを老いととるか、進化ととるか。俺は今の顔のほうが好きだぜ」
「ありがと。私は痩せてるころのあなたが好きだけど」

晩ごはんを豪華にしてもらおうと褒めてみたのに、この返しはひどい。
おそらく、今も昔も素敵だよと言ってほしかったのだろう。女の欲望はつきない。
ともあれ普段は鏡で見る姿になれているため、逆相の顔写真には違和感を生じてしまう。

「左右の微妙なバランス差が、写真だとはっきり出ちゃうんだよな。見なれないから」
「顔の歪みなんかが本当にわかるよね。私もちょっとびっくりしたわ」
「初心忘れるべからず、か。慣れの感覚はおそろしい」
「恋愛も当たり前になっちゃったら、それでおしまいってことかしら」
「なんか浮気を推奨するようで嫌だなあ。少なくとも俺は許さないぞ」

写真でうつしだされる顔は、あくまでほんの一部を切りとったにすぎない。
刻一刻とかわる表情をすべて把握することは、自分自身でもできないだろう。

「だから、一番いい瞬間を残しておきたいのよ。期限の長いパスポートなら、なおさらね」
「よし。じゃ、いっちょ俺が撮ってやるか。さあ、笑ってわらって」

世の中で最高の表情は笑顔に決まってる。だから君は俺の心に入国できたんだよ。