やってしまった。大量のデータが吹きとんだ。
前から調子の悪かったHDDが、ついにお亡くなりになってしまった。

「わかってるんだけど忘れるというか、やらないんだよなあ。バックアップを」
「どんなデータが消えちゃったの」
「過去のメールや写真さ。かれこれ10年分くらいあったかなあ」
「それって、いますぐに必要なものだったのかしら」

そういわれるとそれらのほとんどは数年以上、参照することがなかった。
HDDの整理をするときに見なおす程度で、メールは年賀時のアドレス調べくらいだ。

「まあ、そんなものよね。私なんて忘れっぽいから、いまのことしか覚えてないもの」
「男は収集癖がつよいからなあ。とりあえず何でも残したくなる」
「それって子供をつくれないことが原因かしら。あらゆるものをキープしとけってね」

たしかに自分の築いた歴史を肉体を介して、直接的に伝えられないことがあるかもしれない。
過去に執着するのは、それだけ未練がふかい証拠だ。諸行無常の心理には、ほど遠い。

「理屈ではわかるんだけど、モノという形でのこっていることに安心を感じるんだよな」
「それが女の場合は子供になるわけね。不妊症の方には申し訳ないけど」
「SF小説だったら、記憶はすべてデータ化されてPCに保存されるんだろうさ」
「でも、それもいつかはクラッシュするわけよ。しがみついても、しょうがないってことよ」

人間はもとより生物の本能として、経験の引きつぎが生きる意味の大半といってよい。
はたして、どれだけのことを成しえたのだろうかとボンヤリ考えていると、彼女が口をひらいた。

「すくなくとも、私の体にはあなたが刻まれているから安心して。そしてあなたの体には・・・」

生まれたばかりの赤子は、母親の匂いで母乳にたどりつくそうだ。
そういう意味では、他の女性としっかり区別がつく。記憶という名の天然メモリは永遠だよ。