「しかしなんだなあ。なぜ風呂あがりのビールに、じゃこ天は合うんだろう」
「あなただけじゃないの。たしかにおいしいけど、そんなに感慨深い顔をするほどでもないわ」
「この濃すぎる味のじゃこ天を洗い流すようにビールをあおぐ。生きてる実感がたまらない」
「そこは明太子とかじゃ、ダメなのかしら」

それは日本酒だ。まったくわかっていない。
安っぽい食材には、ビールがとてつもなく相性が良いのだ。
そういえば、ひと昔前は気軽に酔うのにワンカップ酒が主流だったが、
いまや発泡酒や第三のビールにかわった。ビールさえも飲めない層がふえたということか。

「知らぬ間にカーストができてしまっただろう。格差社会のなんたることよ」
「ワインもずいぶん安いのが出回ってるけど、やっぱり味に雲泥の差があるわ」
「ビールは最初の一杯が命だからなあ。あとは酔えりゃ何でもいい」
「あの苦味は舌を麻痺させるからね。だから、みょうに味の濃いものを食べたくなるのよ」

ポンと膝をうちたくなった。なるほど、この安っぽさの欲求はホップのしわざなのか。
だからビールがメインの酒席では、カロリー高めの肴を頼みがちになってしまう。
肥満へのパスポートは、アルコールの種類によって行き先が変わるわけだ。

「あなたも、そろそろ代謝が落ちはじめるころじゃない。どう、ワインにかえてみては」
「理屈ではわかるんだけどさ。体が求めるんだよ、この苦味を」
「不思議よね。子供のころは、あんなに苦手だったはずなのに」
「それだけ麻痺させたいストレスをためてるってことさ、大人はね」

台所にたった彼女が、コップ一杯の水をもってきた。

「まずは一息いれて。麻痺させたままのあなたにさせたくないから」
「じゃ、口うつしでたのむよ」

それはいや、と笑いながら赤ワインをたしなむ彼女。
ツマミがないので濃い会話を求める俺が
じゃこ天がわりになっているのかも。