人間達はこの場に自ら近寄ろうとはせず、いるのは地下清掃の作業員ばかり。
勿論ワンダーズもここには行きたくない。
だが依頼が来ては仕方ない。カビが所狭しと生え揃うこの異臭の場に、ラオンとドクロが現れた。
ここは工業地帯の下に存在する、地下通路の一つ。
あちこちに、鼠が通ったものであろう小さな穴が空いている。特にこれといって怪しい物はないが、その割に道幅が広く、ポッカリと開いたような空間が、静かに、そして不気味に広がっていた。
今回頼まれたのは、ここに潜んでいる地下蜘蛛を倒す事。
地下蜘蛛達は無数に群がり、この地下通路の人々の作業の妨害をしているらしい。テクニカルシティの経済事情に支障をきたす前に、ここから追い出してほしい、との事だった。
「蜘蛛退治なんぞ業者に頼めよな。相手にならねえ」
ラオンは蜘蛛達に出会う前から既に面倒な顔をしている。ドクロも最近張り合いを感じていないのか、不服そうな顔をしていた。
こんな陰気臭い場所に来てまで蜘蛛退治とは…二人が苛つくのも仕方ない事だ。
だが二人は思い知る事になる。これが自分達にピッタリな案件である事を…。
しばらく進んでいくと、一つの扉が見えてきた。
鉄製のその扉は、見るからに重そうな重量感がある。ずっしりと佇む扉に手をつけながら、ドクロが言う。
「この先に蜘蛛が多く出没するらしいわ」
「まあナイフで脅せば何とかなるだろ。余裕だ」
蜘蛛など日頃見慣れている。ドクロは特に躊躇いもなく扉を開き、ラオンも余裕そのものの表情。
…そんな二人を待ち構えていたのは。
人間ほどもある蜘蛛の群れだった。
「っ!?」
一体の複眼と、視線があう。
何十体もの大蜘蛛が、こちらを向く。
大急ぎで扉を閉め、逃げ出すドクロとラオン。大蜘蛛達は扉を難なく突き飛ばし、突撃してくる。
先程まで広く感じた通路が一気に狭く感じる程の大群。蜘蛛の不快な足音が辺り一帯に立ち込める。
二人は天井のパイプにしがみつき、蜘蛛の突進を回避する。蜘蛛達は追跡に夢中になっていた為か、そのまま通り過ぎていった。
まだ遠くの方から足音が聞こえるが、何とかやり過ごせたようだ。
あんな怪物がいるとは聞いていない。依頼主に文句の一つでもつけたいところだが、同時に自分達に頼んできたのも納得した。あれでは業者もお手上げだろう。
あの大きさ、あの数。下手に相手をするのは危険だ。
ならば、やつらの発生源を探るしかない。根っこに挑むのだ。
恐る恐る先程の扉を開くと…蜘蛛は残っていなかった。
床を見ると、そこには大きな穴が空いている。やつらはここから現れたのだろうか。
虫が現れたであろう穴だ。不本意だが、行くしかない…。
「ラオン…お先にどう…」
「おらっ!行け!」
ラオンはドクロを突き飛ばす!見事に穴に落ちるドクロ。
「きゃー!!」
穴はそこまで深くはなく、すぐに床に落ちる。
怒りの声をあげようとするが…体に染み付いた異様に粘ついた感覚に、心が冷える。
「うわ…」
そこは、無数の糸で埋め尽くされた回廊だった。
言うまでもない。蜘蛛が巣を作っているのだ。
鳥肌のあまり、ドクロはその場から動けなくなる…。
「へへーっ、悪かったな」
笑顔を見せながら、ラオンが後に続いて降りてくる。
「うわ…これは酷いな」
ラオンも顔をしかめたが、ドクロほどの反応ではない。
足を震わせ、その場から動けないドクロを見て、ラオンはウインクする。
「こんなもん、私らの敵じゃねえだろ」
彼女はポケットからナイフを取り出し…振り回しながら直進!
無数の糸が瞬時に引き裂かれ、通路は元の姿を取り戻した。
無数のパイプが顔を出し、薄暗い通路…先程と変わらぬ光景だ。
「ほら、行くぞ」
ドクロを引っ張るラオン。早い所最奥を目指そうと進むが…。
どこに潜んでいたのか、二人の前に二体の大蜘蛛が降りてきた!
牙を震わせ、複眼がこちらを睨んでくる。土足で巣に侵入してきた不届き者を前に、二体は興奮している。
ドクロは両手を黒く光らせながら、ラオンに言う。
「ここは任せて。ラオンは先に!」
「なんでお前糸は駄目なのに蜘蛛本体は平気なんだよ…」
言われるがままに駆け抜けていくラオン。
大蜘蛛は噛みつこうとしてくるが、ドクロの手から放たれた光弾が先手をとった。
吹っ飛ぶ蜘蛛達を横目に、ラオンは長い通路をひたすら走る。
途中、あちこちに糸が張り巡らされ、道を塞いでいた。それらも問題なく切り進めていく。
よく聞くと、後ろからドクロの靴の音が聞こえてくる。彼女も追いついているのだろう。
「おっと、また扉か」
ラオンはある扉の前で足を止める。やはり糸に塞がれているが、問題なくナイフで切り裂く。
「片付いたわ。やつら、ようやくどこかへ退散してくれた」
ドクロも横に並んでくる。一先ず今は敵はいないだろう。
が、この扉を開けた先にはまた新たに敵が現れる…ラオンは、そんな予感がしていた。
「ドクロちゃん、気をつけろ」
「ラオンこそ」
息のあった合図だった。
僅かに残った糸を振り払いつつ、鋼鉄の扉を開く。
扉の先には…。
非常に広い空間の真ん中に、今まで以上に巨大な蜘蛛が佇んでいた。
「出たーーー!!!!」
息を合わせて抱き合う二人。
その蜘蛛…ボス蜘蛛は、かぎ爪のついた前足を振り下ろしてくる!
コンクリートの破片が散るなか、二人は飛行して回避。
咄嗟にパイプの上に乗ったのだが、ドクロは西側、ラオンは東側のパイプに着地した。
反対方向に飛び乗ったお互いの姿を確認し合う。
ボス蜘蛛は、今度は二人同時に突き刺そうと、両足を振り下ろしてくる!
パイプを直進して駆け抜ける事でかわしていく二人。ボス蜘蛛はその場から動かないまま、前足を動かすだけで二人を追尾し続ける。余裕を感じさせるその様子が、二人を苛つかせた。
「畜生、テメェ刺し蜘蛛にしてやる!」
ナイフに紫電を纏わせ、刃の威力を高めていくラオン。そして、ボス蜘蛛の隙を見て頭部に飛び込む!
だが流石は蜘蛛。口から糸が吐き出される!
何とか回避するが、飛行のバランスを崩して落下するラオン。ドクロは彼女を助け出そうと下に飛び降りるが、蜘蛛の前足が二人を襲う。
「くっ…面倒な相手ね」
ドクロは左手に魔力を込め、蜘蛛の足を受け止める。巨大かつ頑丈な前足が、ドクロの細い腕に受け止められる。
魔力を使っている技なので消耗は大きい。何度も使えない技だ。
この自由が効きづらい場所でこの巨体を相手するのは骨が折れる。何とかこいつを外に放り出せないか…。
「…ドクロちゃん、私に任せろ」
ラオンが呟く。何か策があるようだ。
「良い方法、あるの?」
「ああ。見てろ…」
ラオンは立ち上がり、ボス蜘蛛を見上げる。ボス蜘蛛は前足を振り上げ、二人に狙いを定めていた。
その狙いから逃れるように、ラオンは真上に向かって飛行。ボス蜘蛛の禍々しい赤い複眼が、それを追う。
「おらっ!」
天井付近に辿り着くと、彼女は天井にナイフを突き刺す。
そのままナイフに紫電を纏わせ、一回転。天井は勢いよく抉り取られ、円上の穴が出来上がっていく。
天井に大穴が開き、地上の太陽光が差し込んでくる。その光を見た瞬間、ボス蜘蛛は明らかに動きが鈍くなる。
久方ぶりに見た日の光に目を覆うドクロ。ラオンは着地まで完壁にこなし、ボス蜘蛛を見上げる。
「出入りは簡単なこの地下通路。にも関わらず、こいつらが地上に出てきたという報告は一切なかった。つまり、こいつらは地上の光が苦手な可能性があった訳だ!!当たったようだなぁぁー!!!」
戦闘を有利に進められるのも、弱点を突くのも気持ちいい。仲間が近くにいるなら尚更だ。
ラオンがポーズを決める中、ボス蜘蛛は凄い速度で地上に這い出し、街に出て、身にかかる日光から逃れるべく、森の方角へと向かっていく。
しばらくして、他の蜘蛛達もそれに続いていく…。ボス蜘蛛の逃走を察知したのだ。
これでようやく解決のようだった。
しかし、問題はその後に起きた。
地下通路に空けたあの大穴。あれを管理者が見逃すはずがなかった。
その後、二人は大目玉を食らうのだった…。