マスター

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病棟往診で、各階を
走り回っている際に、
ある階の待合スペースから
漂ってくるエネルギーに、
グイと引き寄せられた。

そこには、窓から射し込む
逆光で、こちらから見えない
相手が座っていて、間違いなく
その人から引力が来ている。

このエネルギー、何だろう?
と思いながらも近づくと、
「あ、やっぱりおーちゃん!」
と相手は声をかけてきた。

懐かしい声だった。
なんと、10年前に閉店して
以来会っていない、ある
喫茶店のマスター。
検査入院するために、つい
先ほど病院に着いた、との
ことだった。

当時、その街で診療に従事
していた私は、とても
ストレスフルな仕事環境下…
現実逃避するかのように、
捜し求めて辿り着いたのが、
その喫茶店とマスター。

私の仕事のことに一切触れず、
たまに気分転換にいかが?と、
マスターの休みの日に、シー
カヤックに誘っていただいて
ご一緒したこともある。

その喫茶店は、私が街を離れて
数年経った30年目に、閉店した。

その後、お互いの10年が経った。

病室に移ってしばらくしてから、
訪室して色々話した。マスターと
私は、いつも今と今後について
しか話さない。

昔が懐かしいね、とか、
もう少しこうだったら、
とかいうノスタルジーは、
会話に全く出て来ない。

東川か…一度訪れたい町だ。
マスターがつぶやく。
私の連絡先を渡し、いつか
また逢えますね、と言って、
私は部屋を後にした。


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