このブログのどっかに書いたような気がするが、なにかにつけて戦前封建主義の代表格として例を挙げているうちのじーさんは、子供に金や手間をかけることを悪としている。甥たちの教育に際して、習い事は「先生にするわけでない(じいさんの意識の中でセンセイ(議員)は世襲制度)のに」と「見分不相応」とみなして非難し、親参加の学校行事などは、「昔の学校は親を巻き込んで子供をこんなに遊ばせておかなかった」「わざわざ遊びに手間取らせて」と自分たちの食事の世話をする人間(義姉)が一時的にでもいなくなることを非難する。


この人の頭の中に、先進国の子供にふさわしいように文化的に、ひ孫に充分な教育を受けさせて、十分に遊ばせてのびのびと育てるという意識は皆無だ。

子供は自分たちに礼を尽くし奉仕させる、金を稼いでくる「労働力」の未完成品、という感じだ。

たまに何か形程度に「買ってやったり」することはあるが、それも世間体(他のうちで孫に何か買ってやったとかいう話を聞いて)を気にしての恩義背がましいものだ。

本当に愛情を持って何かしてやりたいって思ってやるのなら普段の態度で分かるって。


戦前の教育を受けたからといって全部じーさんのような感覚になるとは思わないが(本当に孫がかわいくて仕方がないといった祖父を持つ同級生と自分を対比して惨めな気持ちになったこともある)、こちらのエントリーを見て、やはり子供を「労働力手前の厄介者」とみなし、年長者(年寄り)を優先に優遇すべきといった感覚は現存としてあるのかも知れない、と思った。


なぜ少子化になったか?  ( Dr Blue


日本人の子供観は戦前の「生めよ増やせよ」で兵力の元として出産を奨励していた時分とさして変わりないのかな、とも思う。

少子化が問題となっているのだって、「増え続ける老人の介護や費用を支える労働人口の低下」が言われるのだし。


もっと、子供に対して未来への希望とか、文化の発展とか展望とか、期待することないのかね。

一人の子供ですら希望を持って育てられない国で、どーやって二人三人と子供を「生んでいただこう」と思っているのだ?

ちょっと手当て出しゃ喜んでホイホイ子供を生むと思ってるようなショーシカタイサクダイジンの言うことを聞いてると、うんざりする。

かめ? さん の 猪口邦子は、どうしても金で片をつけたいらしい にTB。

日本人は子供を大事にする民族だって明治維新のあたりには言われてたし、山上憶良の句もあるのにねえ・・・いつからこんなんなってしまったんでしょ。