浮かれたり、浮かばれなかったり、 | 映写のおっさんダイアリー
思えばワタクシ、昨年の今ごろは娑婆にはいなかったわけで、そらもう正月気分もへったくれもありゃしませんでした。
なのでこの度の年末年始はその分を取り戻そうと大層気合いが入りまくりまして、例年ですと天そばどん兵衛で済ませるはずの年越し蕎麦を、わざわざ某有名蕎麦店まで食いに行き、クソ寒いなか一時間も大嫌いな行列に並んだあげく、足元見やがってこの野郎、一杯2000円もしやがる天ぷらそばを大混雑の中ありがたくいただいて、食い終わったらさっさと店を追い出されちまって、あれれ、どうしよう、むー、よし、こうなったら紅白だ、大晦日といえば何つったって紅白だぜ、と、実際は全く興味のカケラもない 『紅白歌合戦』 を実に二十数年ぶりに観賞、細川たかしがアレック・ボールドウィンのようになってしまっていてビックリしたり、キムタクが加藤鷹みたいになっていてビックリしたりしているうちに、紅組だか白組だかどっちだかが勝って終了、さあ今度は 『ゆく年くる年』 だ、と思ったのですが、紅白のせいで頭の中がレッツ・カーニバル! な状態だった為、よせばいいのに 『ジャニーズ・カウントダウン』 なんかを見てしまいまして、坂本昌行がイ・ビョンホンのようになっていてビックリしたり、マッチが葉加瀬太郎みたいになっていてビックリしたりしているうちに睡魔が襲来、近所の寺の鐘の音に、チッ、うるせえなあ、夜中に鐘なんか突いてんじゃねえよクソ坊主、などと悪態をつきながら、よろよろと眠りについたのでありました。


明けて元日、スーパーで買ったチャチなおせちセットとお屠蘇がわりのワンカップ大関でお正月気分を強引に演出し、めんつゆの残りで作ったやる気のないお雑煮もいただきまして、どうにかこうにか前年のリベンジに成功! と、己を無理やり褒め称え、はっと気付くともうこんな時間、さあ今度は仕事だ仕事だ、と、2秒で映写のおっさんモードに気分を切り替えまして、正月映画で賑わう劇場へと向かったのでした。

まあ結局映画館なんて、盆も正月もありゃしないですからね。
かきいれ時だし、普通にお仕事っすよ。
こんな生活をもうかれこれ三十年近くも続けているわけです。
だから正月休みだのお盆休みだのって意味わかんないし、有給休暇なんて外国の習慣だと思ってました。
退職金ってのは死んだらもらえるもんだと思ってましたし、年収とかって何それ? 時給でしか計算できねえよ、バーカ、ってなもんです。
ボーナスですか?
そらボーナスぐらいもらってましたよ、あはは、新宿昭和館の頃、勤続二十年で12000円 (!) 。
しかも最初は2000円からスタートっすよ、小学生のお小遣い並みっすよ。
そっからコツコツとキャリアを積み重ねていって、到達したのが12000円。
しかもそれが上限っすよ。
それ以上は上がらないんですよ。
ったく、やってらんねえっすよ。
ボーナス何カ月分とかって企業の話聞くと、軽く眩暈がしますよ。
12000円だといったい何カ月分なんでしょうかね?
0.07カ月分とか?
ビックリだよ。
あまりにもミクロでビックリだよ。
つか悲しいよ。
悲しみのあまり、思わず叫びたくなっちまうよ。
うきぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!

はあはあ……

すみません、若干取り乱してしまいました。

しかしまあ、そうはいっても映画館なんてのは実に何というか気楽な稼業でもありまして、賃金がベラボーに低くってもあまり文句の言えない部分も正直あります。
確かに大晦日も正月三が日も薄給で働くのが当たり前、というところだけを取って見ると、 『あゝ野麦峠』 みたいな号泣必死の過酷な労働環境を思い浮かべてしまい、厚生労働省はいったい何をやっているのだ! このような不当な搾取は断じて許すまじ! えいえいおーっ! ってな具合にシュプレヒコールのひとつもカマしてやりたくなるところですが、実際のところ新宿昭和館では、三が日というと全従業員が朝から晩まで絶え間なく酒をかっくらい続け、客よりも酒臭い息をぷんぷんさせながら酩酊状態で働いていまして、上映開始時間を間違える、上映が終わっても客電をつけない緞帳も下ろさない、場内清掃もしない、受付で爆睡、呂律の廻らぬ状態で接客、ロビーで羽子板勝負、場内に響き渡るぐらいの大声で喋りまくる、常連客にお年玉を要求、等々、傍若無人の限りを尽くしていまして、とてもじゃないけど 「哀れな労働者」 には程遠いダイナミックな惨状が毎年々々繰り広げられていたのでした。

まあ昭和館は極端だったとしても、正月の興行界というのは、やはり特別なお祭りムードに包まれていまして、ほとんどの劇場で元日は開場時間を遅らせて新年会を開き、そのままちびちび飲み続けながら初仕事、というのが当たり前の光景でした。
現在でも、シネコンはさすがに無理かもしれませんが、それ以外の映画館では三が日には普通にちびちびやりながらお仕事しているのではないでしょうか。
だからもし、お正月の映画館で、酒臭い従業員や受付嬢がいたとしても、三が日ぐらいは大目に見てやっていただきたいものです。
どうかよろしくお願いします。


さて、あれは90年代の半ばでしたか、大晦日に昭和館の夜警仕事をこなし、翌朝元旦、従業員一同による新年会を館内ロビーで催しまして、いい気分で酔っぱらったところで、夜の仕事に備えて俺はひとり昭和館を後にしました。
昭和館を出て左手の道を甲州街道に向かってとぼとぼ歩いていると、現在はパチスロ屋になっている場所の辺りに、昭和館の常連客であるホームレスのおっさんが寝っ転がっていました。
うわあ、このクソ寒いのにこんな所で寝てたら死んじまうぞ、と思い、声をかけようと近づいてみると、おっさんの顔は真っ白で、鼻の辺りに手を近づけてみると息もしていない。
おっさんは、もうすでに息をひきとった後でした。

おっさんよお、何もこんな日に死んじまうこたぁねえじゃねえかよ。
世間様がこんなに浮かれている日によ。
正月だってんで、どいつもこいつもはしゃぎまくってるって日によ。
まあ、そんな事言ったって、日にちなんか選べねえか。
それでもせめてよ、正月らしく餅でもノドに詰まらせて死ぬんだったらともかく、こんな所で一人で凍え死んじまってよ、誰にも看取られずに何やってんだよ。
もう少し待ってれば昭和館も開場したのにな。
中は暖房が利いてるからさ、どっかのコンビニでおせち弁当でも買ってきて、紙パックの月桂冠でも飲んで寝てられたのにな。
なかなかうまく行かねえなあ、おっさん。
まあ、このまま放ったらかしておくわけにもいかないし、カラスにでもつつかれたらかわいそうだから、警察には連絡するけどさ、でもどうせ身元不明なんだろ。
おっさんがどこの誰なのかなんて分からないんだろ。
生まれたときには親がいたんだし、ひょっとしたら今だって何処かに家族がいるのかもしれないけど、それでも無縁仏になっちまうんだろ。
まったく目も当てられねえよなあ、おっさん。
何十年も生きてきたっていうのに、最期は野垂れ死にじゃあ目も当てられねえよなあ……。

このおっさんは、ひょっとしたら数年後の自分の姿かもしれないな、なんて思うと切なくなったりもするのですが、現実には今の俺は暖房の利いた部屋にいて、三度三度のごはんも当たり前のように食べているし、現実にはそんな今夜もどこかでホームレスのおっさんが凍死しているわけです。
実際、昭和館の常連客の宿なし連中は、凍死しないようにひと晩じゅうアチコチを徘徊して過ごし、昼間は昭和館で寝たりしていました。
深夜に徘徊する体力がなくなったら、その時はもう御陀仏です。
「最近あの人見かけないねえ」
「ああ、あのおっさん、こないだ西口で死んでたよ」
なんて会話が、昭和館では日常的に繰り広げられていました。
宿なし連中曰く、 「真夏以外は寒くって外では寝られない」 そうでして、さらに夏は夏で暑さにヤラれて命を落とす者もいる。
そのうえガード下にいてもオラオラと排除されてしまって、これではもはや行き場なし。

豪邸に暮らす元太陽族の都知事さんの頑張りもあってか、新宿西口もだいぶ綺麗になってまいりました。
「目に見えないもの」 は 「存在しない」 ということみたいなので、現在の新宿はホームレスも減って、実に清潔で安全で理想郷のような街になったようです。
あとは、ヤクザと外国人と失業者とフリーターと同性愛者と風俗店と税金払えないビンボー人を総て排除し、低俗なマンガとアニメと映画を根絶すれば完璧ですね。

つうことで、今年もよろしく~。


映写のおっさんダイアリー

鶴岡武雄 『犬とおばさん』 KP-24301 \1,800

1.湯ぶね
2.少年易老学難成
3.blues walk
4.love song
5.されど私の
6.ロックンロール
7.ねずみ男
8.古いワゴンとハイライト
9.犬とおばさん

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