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第7話「君が君であるために」



8月の陽射しは強く、焼けるような肌の痛みが疲れた体を刺激する。
喉の乾きが限界を迎えて地面に座り込んでいると、後ろから冷たい水の入った水筒を持って疲労を感じさせない平然とした表情のヒカルがやってきた。

「さて、と。準備運動はこれくらいでいいな」
「はぁ…はぁ…、これが…準備、運動…」
「案外ストイックだろ?」
「予想をウサギが飛び越すくらいには…」

被るように水を頭上へぶちまければ、炎天下でもそれなりに涼しい。
乱れた金糸から滴る雫を拭わずにマフラータオルを頭に乗せた。Tシャツがぴたりと張り付く感覚も今なら心地良いくらいだ。

さて、何故突然トレーニングなのかだが。
狩也がヒカルに頭を下げてから数日経ち、いつもこんな風に走り込みに付き合わされている。さすがの狩也も普段体力がないあのヒカルは偽者なのかと疑ってしまうくらいには予想外だった。
走るだけならこんな風に疲れるはずはないが、なにしろ長い。真夏に走る距離じゃない。一体なにをどうすればこの朽祈ヒカルという人物はけろっとしていられるのだろうか。

「こうやって意識してみると、先輩ってすごい人なんだな…」
「俺が?なんの冗談だそれ」
「そういうところです」

呑気にしているヒカルを見ているとどうにも自信が抜け落ちていく気がしてならない。本当にヨーロッパで活躍するプロデュエリストか疑問を抱いてしまいそうだ。

「俺もそんな風になれたらいいな」
「…狩也は焦りすぎだ、何事においても」
「えっ」
「さっきだってハイペースで走ったろ?誰も急かしてないしゆっくりで良いんだよ。自分だけ生き急いでも誰も得なんてしないからな」

ヒカルは水を飲んでから一呼吸置き、笑ってそう言った。
笑ってはいたが狩也からすれば笑えない。

あの人も、いつかの日々に生き急ぎ自分に疲れてしまった側の人なのに。

今笑顔でいられていることに対する疑問は止まない。
何故?どうして?もう大人だから?先輩だから?…きっと違うのだ。

「さぁて、もう一走りいきますか!」
「ま、まだ走るんですか!?」
「昨日食べたケーキのカロリーをまとめて消化するまではやめないからな」
「あ…あはは…」


~~~


「行けッ!ネヴラスカイ・ドラゴン、ノヴァブラストッ!!」

星の波動は照準に狂いなく武者と男を飲み込んだ。
瞳に輝く勝利への期待が一等星のごとく煌めく中で、夜桜舞い散る宇宙空間に影が現れた。

「…!?」

古い城の門前で立ちはだかる男は健在。それに加えて厳つい鎧武者も傷一つない。
どんな手品を使った脱出トリックでも今の攻撃から抜け出せると思えない。ならば何故か、答えはあまりに簡単でありながら驚くべきものだった。

「フィールド魔法《華園の城》が発動している時、モンスターは破壊されない。更に、互いのプレイヤーはバトル及び効果においてダメージが発生する場合、ダメージ処理を中断しカードを1枚ドローする。そのカードがモンスターカードだった時、ダメージが発生する」

《羅刹武者 暁》は《華園の城》が発動している時、自身が対象となる効果で破壊される場合《華園の城》の効果に依存して破壊されるか否かが変わるというものだ。

要するに狩也が与えるはずのダメージはまだ与えられてすらおらず、狩也がここでモンスターカードを引き当てることで初めてLPに傷をつけられ、暁を破壊するにはやはりモンスターを引くしかないのだ。

完全に運試しカードではないか。

そんなものに絶対的な信頼をおいてあそこまで堂々としていたなんて想像できていたわけがない。

「俺がモンスターを引けばお前の負けだ!わかってるな!」

「無論だ。尤も、貴様にモンスターは引き当てられんがな」

「なにッ…!?」

馬鹿にしたような笑みが敵から零れた。

当然ながらデッキ40枚はデュエルディスクの自動シャッフル機能でランダムにシャッフルされた状態だ。それは手でシャッフルした場合のイカサマを防止すると同時に完全に予測できない"運"の要素を強めている。
つまり敵の言った言葉はあくまでも予想に過ぎない。
透視能力があってもこの距離なら見えるはずもない、未来予知なんてことがあればデュエルは出来レースになること間違いなしだ。

ならば狩也も予想をブチ立てる。
"引けないはずがない"
と。

「さぁ引け、それが貴様の未来だッ!」

「ッ…ドロー!!」

狼狽えたのを隠してデッキの一番上を引き抜いた。

宇宙に吹くはずがない風が吹く中、捲ったそのカードの色は、 

「…魔法カード…!」

竜の波動は止み、星々の静寂が身に沁みる。
モンスターカード以外を引いたことで敵のダメージは回避された。貴重なオーバーレイユニットも引いた魔法カードも無駄遣いに終わったのだ。
だがまだオーバーレイユニットは一つ、いくらでも策は講じられる。

「くっ…カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
《Hand:2》

「私のターン!そうか、貴様は未来を掴めぬか」

「未来を掴む方法はいくらだってある!お前の決めたレール上以外に、いくらでも!」

「自身の愚かさに気付けぬ者ほど無様なものはない」

「自分の愚かさ…?」

狩也自身が人生を振り返り、もし愚かな行動だと位置付けるなら…と、我が身を振り返りかけたところで考えることをやめた。
答えは出ている、そんなものに心を乱せば十中八九敵のペースに飲み込まれてしまう。いやむしろそれが狙いなのだろう。

「言葉を紡がぬことが貴様の答えか。ならば力ずくで聞き出すとしよう。私は《羅刹武者 暁》の効果を発動ッ!オーバーレイユニットを1つ使い、モンスター1体を破壊、その攻撃力と暁の攻撃力の合計分のダメージを与える!」
《ORU:2》

「なっ!?」

なんと暁は、さっき狩也がネヴラスカイ・ドラゴンと《ヘブンリィボディの星》の効果を掛け合わせて撃ち込んだダメージ5200と同じダメージを単体で与えられる効果を持ったモンスターであった。
モンスターの特徴の類似に驚きたいところだが、先の説明通りなら敵自身のフィールド魔法の効果を受けることになるのだからワンターンキル自体に確実性がないはずだ。

「無論フィールド魔法の効果対象になることは承知している。だが私は貴様とは違い、己の道に欺瞞や嫉妬を持ち込まぬ故、一撃で沈めてやろう」

「なにが言いたいんだ…!」

「多くを語る必要はない。その身が刻んだ記憶に偽りがないと言うのなら、我が一撃━━━受けきってみせよッ!!」

男の言葉と同時にデッキから引き抜かれたカードの枠は橙、モンスターカードだ。

「嘘だろ!?」

先程といい今といい、一々どこか掴み取りづらい言葉を並べてはカードを引けるか否かを予想する男は2度目も予想を現実に変えた。
そしてそれが意味するのは、必殺級の一撃が襲い掛かるという絶体絶命のピンチだ。

「罠カード《フォトンスター・クロス》発動ッ!フィールド魔法《ヘヴンリィボディの星雲》を手札に戻し、このターン受けるダメージを半分にする!」

爛々とした幾億の星が上部から色を失い、宇宙は手札へと消えていく。
これで狩也が受けるダメージは半分。従って2600のみとなり、ワンターンキルは成立しない。
だが《フォトンスター・クロス》にネヴラスカイ・ドラゴンの破壊を防ぐことはできない。フィールドにモンスターカードはなくなる。

「ネヴラスカイ!!っ!!」
《Kariya LP:1400》

モンスター破壊の余波を受けて怯んだ瞬間、

「次ッ!暁、ダイレクトアタック!!無双刀剣ッ!!」

次なる攻撃の手は打たれていた。


~~~


白亜の城。
異空間の狭間に存在を隠した楽園は、城主と同じ純白が包み隠せぬ狂気を放っている。

「よくぞ復活なさいました、我が復讐の主よ!こうして出逢い、そして通じ合う事ができる…あぁ!なんて素晴らしい!」

「面倒な御託を並べるな、一々癇に障る女だ」

白い瞳をした異質な男。彼こそがこの空間の主であり、彼女らを束ねる長だ。
尤も、彼自身そんな組織に名を連ねた記憶はない。あくまでも便宜上、組織の一人として数えられているに過ぎない。

「しかし、本当に復讐の概念神としての力があるのか?」
「…疑っているの?アダム」
「そうではなく、昨日まで一介の人間であった存在が…こんな…」

退屈そうに金の髪をクルクル弄っている姿だけを見れば、「復讐の概念そのもの」であるなんて誰に言っても通じない。
アダムの疑いを孕んだ視線が届いたのか、彼は口を開いた。

「貴様の言うことも間違いではない。俺は本来の力を封じられている。先程外界に出向いたが…まさか、次元干渉に制限を掛けられるとは予想外だ」

「では、どうすればその力を解放できるのだ?」

「ふんっ…貴様らに全てを知る権利があると思うな」

立ち上がりそう吐き捨てて、広間を抜けた先の階段へと向かっていく。

「どちらへ向かわれるのですか?」

「どうやら人間は一度群れると離れられんようでな、様子を見に行ってやるだけのことだ」

向かう先には天に聳え立つ塔。

「━━全てを知ることができるのは、終末の時…たった一つ残される純粋な魂のみ」

呟いた言葉の真意を知る者はここにはいない。

そう、今は。


「今は知らぬままで良い。それが正しいのだから」

「…」

朽祈ヒカルは内心驚愕していた。
なにしろ見知った顔が知らない人物の性格やら言動を引っ提げてまた現れたのだから。

事を簡単に振り返る。
リコードイミテーション・イブに襲撃されたヒカルはそのまま交戦。
あと一歩で敗北という状況に追い込まれたがその時突如現れた謎の男・ヴァイスによってデュエルは中断。遊矢たちも駆けつけたが紆余曲折を経て拉致されるに至り、現在この白い塔に幽閉されてしまった。

ここまでわずか数時間ほどだが色んなことが同時多発的に起きたことによる混乱から落ち着きを取り戻すまでにはまだまだ時間を要しそうだ。

「お前は、どっちなんだ?」

「どちら、とは?」

「托都なのか、ヴァイスなのか」

「知れたことを。我が名はヴァイス、最初からそう言っている」

姿は同じだ。ただ一点を除けばいつもの托都とほとんど変わらない。
しかし、ヒカルはその姿すら見もしなかった。
たった少しの希望を以て投げ掛けた問いの返事は期待したものではなかった。

「今の問答は全く無駄。一体いつまで現実逃避をするつもりだ、未完の聖杯」

「…そうだな」

辛辣な言葉も普段なら考えられない。
優しくもないが厳しくもない、実に回りくどい不器用さは微塵も感じられない言葉の中には、内に秘めたモノだけが目的であることを示している。
見た目だけが一致した別人。友である彼をそう思わなくてはならないのは苦痛以外の何物でもなかった。

「だとしても、」

「…?」

「俺はアイツを信じてる。アイツは死んでも生きて帰ってくるような往生際の悪い奴だからな」

ヒカルが語る托都の往生際の悪さはなんの比喩でもない事実。
それを忘れない限り信じ続けられるのは2年前と何ら変わらない、否、それ以上に強固となった絆のおかげだ。

だからこそ、その絆があるからこそ、ヴァイスが言ったことを信じられなかった。…信じる他なかったのだが。

「人間は、疑心を抱きながらも誰かを信じようとする。いつどの時代においても愚かな生き物だな」

「愚かじゃない!この感情は、お前みたいな人でなしには一生分からない…!!」

「…好きにすればいい」

室内にあった影が消えて、ヒカルはバルコニーから離れた。

勢いで人でなしなどと言ってしまったが自分も大概人でなしだ。きっとまだ、その理由は分かっていないのかもしれない。

「矛盾してても、それでも…信じるんだ」


~~~


「ッう、ぐ…!!」
《Kariya LP:100》

想定以上のダメージに膝をついた。
見ればまたもや敵の手にはモンスターカードが握られている。
先に《フォトンスター・クロス》を発動しなければやられていた。

冗談じゃない━━━。

どれだけの強運なのか。そもそも敵のデッキのモンスターカードの割合はどれほどなのか。
余計な思考が勝利を上手く狩也から引き離そうとしているような錯覚に陥りそうになってしまう。

「どうした、女神にまで見放されたか」

「うるせえ…ライフが残ってる限り負けないんだよ。それに、一撃必殺が笑わせるっての!仕留めきれてねえからな!」

ライフポイントは強がれるほど残っているわけではないが、ここで気圧され足を竦ませれば敗北という崖下に突き落とされるのが目に見えている。
逆に言えば、"ライフポイントは残っている"のだ。
まだまだチャンスはある、作ることだってできる。

「ならば貴様の力を見せてみよ。私はターンを終えよう」
《Hand:2》

敵は完全に狩也に"敗北する"と思っていない。
もしかすれば、最早眼中にもないのかもしれない。手札を二枚も残していることからその可能性は高い。
悔しさが込み上げそうになりながらそれに耐え、呼吸を一つ。
そして、きらりと輝くアメジストのペンダントは眼前に掲げられた。

「そこまで言うってのなら俺だって、目に物見せてやるッ!!」

光に乱反射するのは翼の力。
錬金術が生み出した力の全て、その名は━━━、

「フリューゲルアーツ、解放(リリース)ッ!!」

《Arts Release Mode Nigredo》

フリューゲルアーツ。
かつて錬金術師・ルクシアが造り上げた決戦用技法を秘めた4つの"翼の力"。
それを解放するには、心の闇を理解し、分解、戦う力に再構築する強い心の持ち主だけ。
かつては遊矢もこの力のコントロールに難儀した。

「来るか、フリューゲルアーツッ!」

解放したのは黒化(ニグレド)フォーム。フリューゲルアーツ解放の第一段階。
デュエルディスクのあらゆる部分は黒色と化し、美しい紫の瞳をも染め上げる。発せられるオーラは禍々しく、闇そのもののようにも見えた。
これこそ心の闇の具現、力に変えたものの全て。彼はまさに"黒化"しているのだ。

「行くぞッ!俺のターン、ドロー!!」

フリューゲルアーツの力を解放したことでデッキにも大幅な変化が及ぶ。
狩也の場合、コスモ・メイカーに対し強力な力を発揮するカードが新たにデッキに備わっている。

「フィールド魔法《ヘブンリィボディの星雲》発動!そして、フィールド魔法が発動したことで速攻魔法《二対流星(ツヴァイシューティングスター)》を発動ッ!」

《二対流星》は、《ヘブンリィボディの星雲》が発動した時に発動できる速攻魔法。
《ヘブンリィボディの星雲》をそのまま破壊し、前のターンに破壊された「コスモ・メイカー」1体と、同じレベルまたはランクの「コスモ・メイカー」1体をエクストラデッキから特殊召喚できる強力なカードだ。

「呼び出すのは、《コスモ・メイカー ネヴラスカイ・ドラゴン》と《コスモ・メイカー ネヴラダーク・ドラゴン》だ!!来いッ!」
《ATK:2600/Rank:7/ORU:0》
《ATK:2600/Rank:7/ORU:0》

星雲の名を冠した美しき竜と、同じ輝きに闇を宿した黒い竜。
かつてトラヴィスに拐かされ手に入れた力すらも今ではこうして狩也の切り札の一員だ。

「ランク7のネヴラスカイ・ドラゴンとネヴラダーク・ドラゴンを、レギオンオーバーレイッ!!二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、レギオンエクシーズチェンジッ!!」

空に煌めく満天の星と、闇を宿した仄暗き星は両翼を力強く羽撃かせ天に開いた亜空間へと飛び込んだ。
そこから現れ出でるのは、星を創る星の竜。

「果てなき銀河より現れし星の海、光と闇の渦巻いて此処に現れろッ!!来いッ!《コスモ・クリエイター ネヴラシエル・ドラゴン》!!」
《ATK:3000/Rank:7/ORU:2》

まさに星の海、雲は大海のように広がり波打つ。翼の中に宇宙を創ったようなあまりに美麗過ぎる竜は、それでいて主を守る力強さも持ち合わせている。
これが、狩也が界の空で手にした白きカードの正体。

遊矢が使ったホープ・ブレードと同じ二体のモンスターエクシーズを使用したエクシーズ召喚で呼び出されるモンスター、それがレギオンエクシーズと呼ばれる存在の一種だ。

「ネヴラシエル・ドラゴンは1ターンに1度、相手にこのモンスターの攻撃力分ダメージを与える!この時、相手のカード効果は全て無効になるッ!」

「コストなしで、《華園の城》を掻い潜るか…!」

「食らえ!!スターダスト・ブレス!!」

「ぬぅッ!!」 
《Unknown LP:1000》

竜の息吹が男に直撃した。
いくら運試し効果であろうと無効にすれば大したことはない。

「ネヴラシエル・ドラゴンの効果!ダメージを与えたことにより、このターンの終わりまで攻撃力を2倍にする!」
《ATK:6000》

攻撃力は堂々の6000というトンデモ数値を叩き出した。
あとは暁を攻撃し、ダメージを通せれば狩也の勝ちとなる。確率勝負だがやらないよりもやる方が確率が高いのはバカだって分かる。

「バトルッ!ネヴラシエル・ドラゴンで《羅刹武者 暁》に攻撃!!」

「《華園の城》の効果発動!引くがいい、その手で未来をッ!」

━━絶対に外せない。

━━ここで外せば次はない。

「上等…!!」

信じるべきは自分のデッキ、自分の運命力、自分の運。
全てが重なれば勝てる。
指先をデッキトップに置き、心を落ち着かせる。

静寂の中で聞こえたのは誰かの声。
どこかで聞いた、似たようななにかで聞いた声がする。

負けたくない、負けたくない。

誰の声だったか。そうだ、これは"自分自身"の声だ。
あの灼熱の日に、後悔の始まりの日に望んだ言葉は今も憑いて回る。
既視感に焦りを感じ、汗が滲んだ。

「その様子では引けぬな」

男の声が残酷に告げる。

"そんなことない" "引かなくてはいけない"

迷いを無理矢理にでも晴らし、デッキトップのカードを力強く引いた。

片目でうっすらと見たのは、━━緑の枠。

「そんな…!」

たった一瞬の迷いで勝利の女神は狩也の元から飛び去ったとでもいうのか。
ほぼ確定的な勝利は呆気なく手元から離れてしまった。

「やはり貴様のような人間に、勝利など訪れぬか」

「なにを…っ!」

「力有るものが必ずしも勝つわけではない。己を信じる者を守り、己の信念を貫く者こそが真に強者と呼ばれる存在になるのだ」

「なにが言いたいんだ!!さっきからごちゃごちゃと!!」

「裏切り者には分かるまいッ!!敵であろうと味方であろうと、貴様は信念を曲げた罪人と違わぬわ!!」

「!」

裏切り者。その言葉は、狩也にとって切り離せないものであることを思い出さされた。

トラヴィスが引き起こしたC.C事件。
その一因にもなり、その際遊矢に起きた"ある出来事"の原因でもあった狩也は、トラヴィスになにをされたわけでもなく自分の意思で実行していた。
遊矢をそんな目に遭わせることになることは本人も予想していなかった、は言い訳だ。
世界を滅ぼそうとした組織に荷担した時点で裏切りのレッテルは貼られて当然だった。

正義という信念を曲げたわけではない、ただ遊矢を倒すという意味で悪になりきれなかった。

━━━遊矢を倒す、の理由すら最初から捻り曲がっていたのだが。

「故に、貴様は最初から敗北している。力を手にしただと?笑わせるな、貴様は弱者だ。己に敗北した憐れな存在だッ!」

「ッ!お前になにが分かるっていうんだ!!」

「あぁ、判らぬとも。だが、私は貴様のように中途半端な善悪の間を歩む者を嫌う。貴様のような奴が"有"であることを赦せるものかッ!!」

先程までの冷静沈着さは何処に失せたのか、激しい男の説教は狩也の胸の内に反響する。

手にした力が意味のないものだ、と言われた。
善悪が中途半端だ、と言われた。
自分に負けた弱き者だ、と言われた。

間違っていない。全て正しい。
今のターンでフリューゲルアーツの力を使って、ネヴラシエル・ドラゴンを完全な形で使いこなせたのか。
いいや、狩也から見れば上手くても他から見たら使いこなせてなどいなかっただろう。
もしかしたら先輩はもっと上手く、なんて雑念が入り込む。

「…だとしても…ッ!!」

「……」

「俺は自分を信じ、自分の正義のためにここに来た!それは自分にしかできないからだ!」

いつか聞いた声がまた響く。

『君の物語を紡げるのは、君だけだ』

空の狭間で誰かが言った。
未来を見失ってさ迷った狩也に優しく言った。

だから前に進むしかない、半端者でも真っ直ぐなら進めるはずだと諦めずに。

「━━そうか、ならば終わらせてやろう」

「…ッ!ネヴラシエル・ドラゴン!?」

男の声でハッとなって振り返る。

ネヴラシエル・ドラゴンが雄叫びを上げながら粒子となって消えていく。
何故なのか、答えは正面にあった。

「手札より《夜陣武者 双月》の効果を発動した。相手のモンスターが《華園の城》の効果によりダメージを無効化された時、そのモンスターを破壊し、このターンに私が受けたダメージを全て相手に与える」

「なっ!また、《華園の城》で運試しを!?」

「莫迦なことを。貴様とは違い、私は己を信じカードをも信じている。応えぬ事はない」

男の言うことはまるで妄想夢想のように運要素で全て辺りを引く理由を無理矢理作っているように感じられる。
だがデュエルモンスターズというものには"心"でもあるのか、プレイヤーが信じればそれにカードは応える。
そう、伝説の決闘者・武藤遊戯とその使用したデッキのように。

「ゆくぞ、ドロー!!」

一瞬の静けさ。
男はカードを捲り、それを確認する。

「…なにが来た…!?」

明かされないカードの種類、一体どれを引いたのか。




「どうやら、"私の勝ち"のようだな」




宣言通り、掲げられたのは橙枠のモンスターカード。


「なんで…!」

「消えるがいい、敗北者」

鎧武者が星の輝きを刀に収め、収束したエネルギーを一気に解き放った。
同じものでありながら強力なエネルギーに負けたネヴラシエル・ドラゴンは灰となって消えた。
そして、ダメージが跳ね返るということは、先に与えた3000のダメージがライフ100の狩也に襲い掛かるということだ。

「くっ…っ、うぁあああっ!!」

《Kariya LP:0》

勝負は決した。
黒き光は消え失せ、デュエルフィールドが消失したことで、体は雲に覆われたハートランドに放り出される。

「…ふんっ」

末路を見届け、異空間の扉を振り返った瞬間、

「…待て…!」

「勝敗は決した。貴様は、"また"負けたのだ」

「だとしても…、まだだ…まだ…!」

左目から流れた血涙は、フリューゲルアーツから引き起こされる負荷。
ダメージを受けて立ち上がりながらも、あまりに痛々しい狩也の姿に背を向けて、男は話を続ける。

「心意気は買うが…私には貴様とは違い、私を待つ者の元へ戻らねばならぬ」

「先輩は…!どこに…ッ!!」

「敗者に教えることはない」

扉の先に消えた男を見ているしかできなかった。

ぽつぽつと降りだした雨が擦り傷だらけの肌に滲みる。
雨がザーザーと音を変えた時には完全に膝をつき俯いたまま動けない。負荷で落ちていく血は拭えぬまま、地面に流れていく。

「くそっ…くそッ!…チクショウ…なんだって、いつもいつも…大事な時に…ッ!!」

血の涙はいつの間にか透き通った本物の涙になっていた。狩也はそれにも気づかぬまま独り言を繰り返す。

「俺は…ッ!」


『貴様は弱者だ。己に敗北した憐れな存在だッ!』


「…もっと、強く…!!」


~~~


「本当に、癇に障る」

「…今度は誰、…っ」

夜空を見つめていた瞳は敵意をもって振り返った先の女を見たはずだった。
しかし━━━、

「っ…あの錬金術師は本当に無能だったわ。よもや、レーヴァテインをも扱えないだなんて」
「ぁ…ッ…お、前…!」
「久しぶりの感覚はどうかしら?」

触れた口からなにかが入り込む気持ち悪い感覚に嘔吐(えず)きそうになった。

一瞬の出来事に理解する間もなかったが女が囁いた"レーヴァテイン"というワードに恐怖を抱いた。
レーヴァテイン、害をなす杖。裏切りの象徴。

精神に干渉し心を壊すモノ。

錬金術師・ヴェリタスが未完の聖杯を手に入れるため、ヒカルの精神を文字通り『壊した』異物。

トラウマが一気にフラッシュバックする。
全てが始まった夏の始まり、錬金術師にされたことが全て甦ってくる。
あの悪夢のような現実がまた繰り返されるのか、と考える暇は与えられなかった。

「あ、あ…ぁあああッ…!…や、やめ…入って…くるな…ッ!…っ…どう、し、て…!」
「欠片を"直接埋め込めば"取り除かれることはない」
「くっ…今、な、んて…いって……?」
「"貴方の人としての記憶を消すわ"」

遠く聞こえた声が妙にハッキリとしていた。

「貴方は未完の聖杯、余計な記憶や感情は必要ない」

黒ずむ意識から大事にしていたものが消えていくような気がする。

「信じるなんて感情は、道具には要らないものだから」

イブの微笑は歪み、崩れ落ちたヒカルを見下ろす。

全ては復讐のため、ヴァイスという神に未完の聖杯が従順であるために錬金術師に与えたレーヴァテインの原型を使い、計画をヴァイスが知らぬ間に進める。

「これで…これで良いわ…!!朽祈ヒカルという個をここで殺して、物語の幕を引きましょうッ!!」

歪んだ野望は加速する、更なる物語へ。






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【あとがき】

今回の一言「煽られスキルEX」
狩也は煽られるとすぐキレる(2話参照)。派手に前作の意趣返し食らってて笑うに笑えないけどこれはいつもの狩也。
何気にネヴラシエル・ドラゴンのオーバーレイユニット残っててまだまだヤバイ。

狩也と言えば煽られ役ってくらい最近煽られてる。
どことなく先輩の系譜を継いでいたり、仲間の影響を受けている辺りは狩也はきっと裏切り者って後ろ指差される存在ではないんだろうなって思う。むしろ托都の方がよっぽど…。
土壇場に弱いところはフリューゲルアーツ補正でも治らなかった模様、わりと致命的ですよ狩也さん。
そして片目絶唱顔。これはね、深いワケがあるんだ。
フリューゲルアーツは脳内に流す情報量が尋常じゃない、心の闇だけなら痛いだけだけどそういう情報過多で血管プチンもあり得るのデス。ちなみに痛いだけってのは黒歴史が刺さってるだけよ。
早速仲間割れしてるリコードイミテーション。ほんとコイツら纏まりがねえな。
ヴァイスに仲間意識がほとんどないことがチラチラ確認できましたが、あぁ見えて人間大好きだからです。一方アダムたちは人間嫌いです。つまり…。
ラスト、おいラスト。 ま た お ま え か 。
錬金術師に繋がりがあったこともバラされましたが本気でそれどころじゃない。
このあと一体どうなるのか…お楽しみに?(多分ヴァイスの中身はヒヤヒヤしてる)

次回!!最弱最クソ系女子ッ!!ピンクは○○ッ!!ルルンちゃん、登場です♡
ヴァイスとの邂逅から一夜明け、遊矢の身体に起きた異変の正体が明らかに…!?
そしてアミとレッカの前に現れるはリコードイミテーション最弱少女・ルルン!一体どこがどういう意味で最弱なのかは次回のお楽しみに♡

【予告】
片目が割れた人形が見た夢は、いつか"人の形"ではない"人"になるための虚構。
いずれ人より完成された人でなしになることに盲信することの許された小さな小さな贋作人形。
クルクル回る運命は更なる物語へ。
恋乙女と相対し涙を流す空の下、出でた二つの可能性。
それは、光も闇も番う無限の輝き。
第8話「私だけの言葉」


===


はぁ…血涙芸だ煽られマスターだと散々な謂われようだ…。

大体!俺だって好きでこんなキャラなわけじゃないんだッ!!

本当なら雪那とベタベタにくっついていたいし、先輩から色んな話を聞きたい。あと!慶太と遊びに行ってもいいかもしれない!

…遊矢はその…一緒に学校に行ってやってもいい…。

あぁやっぱ今の無しでッ!!無ししてってーッ!


===

【手紙を求めて…2】

「……」

あれだけ必死に隠すんだから、あの手紙にはなにかが書いてあるんだよな…。
でも処分しないということは大事なものかもしれない、例えば遊矢のお父さんからもらった剃れっぽい手紙をついつい嬉しくて残してるとか。
…ないな、遊矢はともかく托都だし。

「ま、もしかしたら後々なにかの拍子にひょっこり隠れたのが出てくるだろうし今は忘れてやるか」

ガタン!

「……」

見てない。見てないぞ。
棚にぶつかった拍子にひょっこり紙が落ちてきた気がするけど俺はなにも見てない。

「…ちらり」

ひっそり確認して戻そう。

うん、きっとそれがいい。

「…じー……」

じー…。


ピシャン!!!


「…見なかったことにしよう」



END