ボリ子通信Θ第3号 | 旧・どブログ

ボリ子通信Θ第3号

「ティワナク文化&遺跡」


(カラササヤ宮殿)

ティワナク(TIWANAKU)っていう街の名前を聞いたことありますか?ラパス市からバスで2時間くらいのところにある、世界遺産にも登録されている遺跡がある街です。ティワナク文化は、アイマラ文化と言ってもいいのでは?っと思うほど、ティワナク地域にはアイマラ語を話すアイマラ族が多く住んでいます。

実は、先輩隊員が中心となって、協力隊音楽チームが編成されているのですが、あたしもその臨時要員として、時々参加してます。あたしの担当は、主に歌とケーナ(アンデスの縦笛)です。

この音楽隊の活動は、不定期で、要請があると出動するのですが、3月19・20日の2日間、ティワナクの大学が主催のお祭りの一部で、日本の歌やボリビア音楽を演奏しに行ってきました。

ティワナクに行くのは、これが3回目。
でも、今回は遺跡には行く時間がありませんでした~。
うん、残念だ。

ティワナク文化は、紀元前1580年頃から1172年ごろまで栄え(これは、本によって相当違いがあります。歩き方には紀元前400年から紀元800年って書いてあるけれど、ボリビアの書籍ではもっと長く、上記の期間が書いてありました!)、石造技術においてはインカ文化にも引けをとらないほどだそうです。なので、インカの祖先を生んだ文化とも言われているそうです。特産物であるジャガイモの輸送やリャマの飼育等で農業経済を可能にし、ボリビアだけでなく、ペルー南部、アルゼンチン北部、そしてチリ北部にまで影響を及ぼしたといわれています。

遺跡はまだまだ発掘が終わっておらず、遺跡といったらアンコールワットのようなものを想像していたので、私にはなんだか物足りない感じがしましたが・・・、それでも、巨大一枚岩の門(太陽の門)はちょっとした驚きがありました!!あと、有名なのが、人間の形をした、モノリートと呼ばれる立像。


(太陽の門)


(モノリート)

ティワナク文化及び遺跡は、まだまだ謎だらけだそうで、考古学者の人たちにとっては、とても魅力的だそうです。なぜ、3800mもの高地にこのような文化が築かれたのか?モノリートは何を意味しているのか??本当にまだまだ謎だそうです。

今回、初めて遺跡の側にあるティワナクの町にいき、町の教会で演奏会をしたんですけど、教会があまりに立派でびっくりしました。でも、この教会を立てるために使われた石はなんと、遺跡から運ばれたとのこと。スペインからの征服者が、遺跡の石を運んできたそうです。だから、遺跡がなんだか寂しいのかなあ?っと思ってしまいました。

みなさんもぜひボリビアに来たら、ティワナクにも足を運んでみてください!!ちなみに、ボリ子は6月21日に行われるアイマラ正月のセレモニーを見るため、ティワナクにまた行く予定です☆一緒に行きたいって行ってくれる人がいたら大募集です。

おまけ:アイマラ語で挨拶をしてみよう!!!
 元気?:カミサキ?
 元気だよ:ワリキ

友達と日本語を話していると、アイマラ語を話せるの?って聞かれることが良くあります。耳に入ってくる発音が似ているらしい・・・。
他の会話が全く話せなくても、上の挨拶をするだけで、みんなとの距離がぐっと縮まる気がします。アンデス高地にいらっしゃる際は、どこかにメモっておくと便利かも。

月末月曜担当:ボリ子