なんだか、今日は朝からテンション高めで、しかも、そのテンションが仕事にいい感じで反映すればいいのだけど、実際にはなぜか普段よりかなり強く東京に戻りたくて仕方ない状態だった。


仕事自体は可もなく不可もなくという感じ。


帰っても、特に誰と会う予定もないし、いつもどおりの楽しいわけでもない週末なのだけど、なぜかすごく戻りたい。


東京が好きって訳でもないし、どちらかというと、人が多すぎていまだに嫌なのだけど。


毎週、品川駅で山手線に乗りかえるときに、人で溢れかえっているのを見てつくづく嫌になってしまう。


あのタイミングがまさに西から東に移動してきたのだと明確に感じるときだと思う。


でも関西でも御堂筋線の梅田とか、朝の南海高野線の堺東とかで電車に乗ろうとすれば結局同じような人混みの煩わしさを感じるのだろうけど。


自宅の中だけが好き。
ということなんだろうなと思う。


まあ、東京には、世界中で東京にしかないものっていうのもたくさんあるし、基本は好奇心旺盛なほうで、こころが受容可能な状態のときには、それがここちいいのだけど。



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関西生活がはじまってから、また、関西弁が身につきはじめた。


最初の頃は週末にリセットされていたような気がするけど、だんだん染み込みはじめたような気がする。


僕は京都出身だけど、府の北部の方の生まれで、高校卒業まではそこで暮らしていたので、いわゆる京言葉が身についたのは、高校を出てからのこと。


その後、堺、大阪市内、京都市内と移り住み、すっかり関西弁が身に付いた。


関西弁は他の地域の人が聴くと、少し気の強い、荒っぽい言い方に聴こえるらしく、それを知らない関西人は、東京では、少し暴力的な物言いの人として解釈されていたりする。


僕もそうだし、姉の旦那さん(大阪でも特に言葉のきつい南部の岸和田の出身)も、東京に転勤してから、そう思われるから、気をつけるようにしていると話していた。上の姉の場合、もともと気が強く、いらちでキレやすく、かつ頭の回転が速く、早口で喋るのに、自分でそういう意識がないので、相当特異な存在と見られていると思う。


あの人の勢いは誰にも止められない。旦那さんを除いて。


もちろん人によるのですべての人には当てはまらないとは思うけど。
例えば、私の下の姉とか。
ただ下の姉は甲子園や堺に住んでいたのに、ほとんど関西弁が身につかなかった稀有な存在だけど。


逆に東京生まれで東京育ちの人が関西に来ると、人によっては、接する人のエネルギーの強さみたいなものに参ってしまうみたいで、今の仕事場のKさんも、はじめての関西での仕事で、最初はかなり戸惑った、というようなことを話していた。


まあ、生まれも育ちも東京って人の中には、「東京は日本のスタンダード」と勘違いしている人もいるので、そういう人はなおさら困惑し、反発さえするのかもしれないなと思った。


とにかく、関西弁はいろんな意味で濃く、粘り強い言葉なのだと思う。


下の姉の娘は、接する時間は姉のほうがかなり長いのに、父親の岸和田弁を正当に継承している。


彼女の辞書に「たくさん」という言葉はなく、「ぎょうさん」という言葉はある。


彼女は、いま、千葉で小学校に通っているが、どれくらいのインパクトを持って周囲から受け止められ、また、影響を及ぼしているか、興味深い。


周りまでちょっと関西弁が混じった言葉を話しているぐらいのことは可能性としてあるだろうなとは思う。


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明日でこの携帯ともお別れ。

アドレス帳やメール・写真等は移行できるけど、2年くらいかけて、この携帯が学習した変換候補までは移行してくれない。


ちなみに、私の携帯で今、「う」と打つと、三番目に「うつ病」が出てくる。
「く」と打つと最初に「薬」と出てくる。


なんだかなぁ。