誰もが、自分ののことだけで忙しく生きている現代では、年賀状が年に一回のお互いの消息を知る上での貴重な機会である。


ところがQ翁の年代になると、年賀状の度に、不安が募る。昨年まで、元日に間違いなく届いた年賀状が届かないと、あれこれとつい悪い想像をして気をもむことになる。


パソコン印刷で、、自筆の文字がないと、これは息子さんか誰かに頼んで印刷してもらったので 本人は大丈夫なのかと余計な憶測をすることになる。


Q翁の叔母は今月めでたく満100歳を迎える。年賀状とは別に、年末にお葉書を頂戴した。


Q翁などより、遥かにしっかりした文字で、近況が書かれていて、ただただ驚くばかりであるし、あやかりたいと思うが、こればかりは神に委ねるしかない。。


叔母の手紙には12月には末娘の孫の結婚式に出席したこと、100歳になるので、周囲の人が色々とお祝いのことなど気を使って言ってきて、うるさくて閉口します。逃げ出したいような気分です。とも書いてある。印刷された写真は、実に若々しい。


娘さんと同じマンションに一人住まいで頑張っている叔母を思うと、Q翁も弱気を言っている場合ではないな などと励まされる。


Q翁は小学校同窓会の幹事を仰せつかっているので、毎年年賀状で安否を確認している。


本年は、Sさん、Nさん、SIさん、SIMさん、SMIさん Oさん、H君の7名から返信がない。


昨日は早速、独居暮らしのSさんに電話したところ、昨年末から眼が急速に悪くなり外出もできない状態で、文字も書けず、年賀状は失礼しましたという。


「独居生活は継続できるのですか。」とQ翁が聞いたところ、できるだけ頑張らなければという。テレビも画面が2重3重になってしまうという。

それでもQ翁の電話に大変喜んでくれて、長電話となった。


船橋のNさんと高崎のSIさんは、すでに昨年から病状が芳しくないことが分かっているので、Q翁は電話をする勇気がない。おそらく病状が悪化しているのではないかと勝手な想像をしてしまう。


特に高崎のSIさんは永年小学校の校長をやられた方で、筆まめで、いつもこまごまと近況などが書かれてきたので、今年は一層気になる。


H君は、難聴から要介護1になったと聞いているので、、これも止むを得ないだろう。


昨日は、年賀状を見て、久しぶりに、従姉妹と長電話をする。同じ県内に住んでいても、一年間全く会話をしない間柄である。


話がはずんで、長電話を終わってから、従姉妹の妹達、3人の消息を聞くことを忘れたことに気づいた。皆無事なのだろうかと思う。


おそらく従姉妹たちも逆にQ翁は、まだ生きているのだろうかと思っているに違いない。


このように年賀状は、Q翁の年代になると、新年の挨拶よりは、安否の確認のチャンスになっている。


亡妻病気中に、大変ご心配を戴いた、大先輩からは、メールを戴いた。86歳だと思うが、毎年老人水泳大会で記録を残しておられるという。

90歳までは頑張るという、Q翁には及びもつかない気力にあふれたメールであって、後輩としては恥ずかしい限りである。


一言付け加えられた言葉から


遂に後期高齢者も横綱級になってしまいましたね。


尖閣防衛に出征したい。


心配したり元気を貰ったり、今年の年賀状である。