自然の摂理 | ドクター鈴木・あめぶろ研究室

自然の摂理

 梅雨時である。この時期は天気予報は楽なのか。毎日「ぐづついた天気」と予報をしていれば当たるのかもしれない。本当にじめじめして梅雨である。


 今日通勤途上にいつも聞くNHKのラジオ天気予報で思わずハッとした。


 今日も明日も雨、と予報をひとしきり言った後、お天気キャスターがこんな一言を言ったのだ。



 この時期洗濯物が乾かずいらいらすることもあろうかと思います。でも、今雨が降らなかったら夏に水不足になります。梅雨の時期は雨が降る、だから夏場も水がある、そう思えばいらいらもちょっと和らぐかもしれませんね。



 もっとも今雨が降ったからといって夏に水不足にならない保障はないが、それでも、確かに空梅雨だったら夏の水不足は目に見えている。


 お天気キャスターのこの一言は実に大きな意味を持っていると思う。梅雨には雨が降る、ごく当たり前のことなのだが、だから夏場に水を飲むことができる。これが自然の摂理なのだ。


 自分の生活を反省しようと思う。日ごろの生活は、あまりにも自己中心的である。晴れた空が欲しいときに雨が降れば確かに天気を憎む。でも少なくとも日本の多くの地域では、日本人が文化的な生活を送ることができるずっと前から、「梅雨時には雨が降る」という自然があったはずだ。だから、この時期雨が降ることは当たり前である。


 雨が降れば晴れて欲しいと思う。

 晴れが続けば水不足が心配である。

 ドライブに行けば渋滞がないことを祈る。

 サッカーの試合があれば勝って欲しいと思う。



 自然は自然の大きな力で動く。われわれの勝手な考えでその節利を変えることはできない。それはそのまま受け入れなければならない。



 ブラジルに2点差で勝つ!


 それが自然の摂理への挑戦であるということは疑う余地がないのか。スポーツであるから努力で何とでもなる、所詮人間のやることではないか。中田英を男にしてやりたい。


 無い物ねだりなのかなあ。「自然の摂理の挑戦」ではなく、「努力することが報われる」事例であって欲しいなあ。


 早寝しなければならないのでサッカーを観戦できない。とても残念である。ではそういうことで。