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2017-01-22 13:47:07

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その5

テーマ:お知らせ
●第五回目の「屋代線」編です。前回は「岩野駅」までを辿りました。
今回はその先2駅と橋梁跡を巡ってまいります。では続きをご覧ください。


 
「岩野駅」を出発後、次駅へ向かう途中に見つけた小さな廃ガーターです。
この「屋代線」、まだ廃線としては新しいので路盤を見失うことはありません。

 
こちらは、「絵になりそうだ」現役時に予め撮影しておいたポイントです。
これまで同様、完全に撤去が進み今では路盤跡のみが残る状況ですが・・・

 
当時はこうでした。この時は「このポイント、いいな」と思い撮影を
していた時に、ちょうどこの「須坂行き」の電車がやって来たのでした。

 
同じ踏切跡で、須坂方面を撮影しています。今では路盤のみですが・・・

 
当時の絵、「須坂行き」を見送った絵がこちらです。近くには7Kmポストも。
ちなみにこのキロポストってどこへ行くのでしょう?まさか廃棄はないよね?

 
では先へ進みましょう。辿り着いたのは次駅、「象山口駅」です。「ぞうさん」
ではありませんよ、「ぞうざん」ぐちです。今回は当時の絵からご覧ください。

 
こんな駅舎でした。これまで通り、小さな駅にありがちな、短いホームに
小さな待合室のある静かに佇む駅でした(目の前の通りは激しいですが)。

 
ホーム上です。ホームの高さよりも一段下にある待合室でした。

 
待合室の様子です。待合室の内部だけを見ていると、これまで辿ってきた
各駅の待合室と殆ど変わらないようで、まるで間違い探しのようです。笑

 
ホームへ出て須坂方面を見ます。路盤は右へ折れて次駅を目指しました。

 
それではここで現在へ戻りましょう。上の写真と同じ位置で撮影したのが
こちら、綺麗に整地されました。奥の路盤跡が無ければただの空地ですね。

 
今度は駅南側から八代駅方面を見ます。ご覧のとおりですが、この
目前の道路の通りが結構通りが激しくてねぇ。撮影に苦労しました。

 
では「象山口駅」を出ます。次の目的地は次駅・・・ではなくこちらです。
約500mほど先に存在する「神田川橋梁」で、枕木の跡がまだ残ります。

 
そして当時の様子がこちらです(上が屋代方、こちらが須坂方です)。

 
次です。「松代駅」へ到着しました。ちなみに、読み方は「まつだい」では
ありません。「まつしろ」と読みます。ところで、何やら廃駅とは思えない・・・

 
ような雰囲気が漂っておりますが、この時はタマタマこの近くにある
「松代城跡」にて催し物があり、その影響で人手が多かったようです。


現在においても駅名標が降ろされたのみで駅舎は現存、現役時と寸分変わ
ない様子を見ることが可能です。今でも残っているということは、保存対象?

 
こちらは駅舎内部・改札付近の写真です。開放されていました。
運賃表や告示事項等、現役時のまま案内物が今でも掲げられています。

 
で、その当時の様子がこちらです。この通り、変わりませんね。
左側に定期運賃表や告知・注意事項が掲げられておりました。

 
同じく駅舎内です。今はこのような掲示物は外されてしまい、
下の白い壁がムキ出しで、閑散とした雰囲気となっています。

以上でその5を終わります。次回はもうちょっとこの「松代駅」を
探索して、次の「金井山(かないやま)駅」までを辿ります。
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2017-01-15 11:03:48

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その4

テーマ:長野電鉄屋代線
●「屋代線」の廃線探索も今回で4回目です。4回目ですが、到着した駅は
まだ3/13。笑 「ビフォー&アフター」という企画上、写真の枚数も使うので
仕方のないことなんですが(一応一回の使用数を16→20に広げている)、
この長旅必須の「屋代線」編、どうぞ気長にお付き合いくださいませ。m(_ _)m


 
前回の続きです。写真では見辛いのですが、左奥(屋代方)に前回最後に
ご紹介 したガーター橋梁があり、そして直後にこの踏切跡があります。

 
現役当時絵の絵がこちらです。繰り返しになりますが、現役当時の写真は
水色囲みで掲載&2011年12月の撮影です。当時はこんな感じでした。

 
そしてこの踏切跡から振り返って須坂方面を見ると・・・どどぉぉぉん!
出ました、最初のトンネル「北山隧道」です。石材ポータルのようです。

 
そして現役時の絵がこちら。廃止後に外されてしまった銘板も当然掲げ
られています。「河東線」と書かれているのも特徴ですね。全長144mナリ。

 
現役時は当然入ることはできなかったので、ここで「廃線魂」を開放させ
ましょう。ていうか、そんな大それたモンでもないか。笑 ではいざ入坑♪

 
入坑直後の写真です。全長144mの割に出口が見えません。結構曲がって
いるようですね。しかし綺麗に片付けたものです。仕事キッチリ、感心です。

 
ふと脇を見れば・・・ぬっ?何やら色々と書かれていますが、「これ
までにトンネル内で見てきたものの総出演」という感じでしょうか。笑

 
では東方出口を目指しましょう。綺麗に塗り固められたコンクリート壁が
印象的でした。まぁ、それなりの補強、手直しはされているとは思いますが・・・

 
施工から90年以上が経過しているようには見えないトンネルですね。
右へカーブしながらトンネル中間地点へ来ると、唯一の待避所が出現。

 
さぁ須坂方の出口が見えてまいりました。こちら側出口付近には現役
時にも来たことがありません。どんな景色が待っているのでしょうか。

 
見えました。更に緩やかに右へカーブする路盤跡が続いているようです。

 
外へ出て須坂側抗口を確認しましょう。当たり前ですが、屋代方と
同じ造りのポータルでした。いやね、たまに違うヤツが居るのよ。笑

 
それでは見るものは見ましたので、次の目的地へ足を運びましょう。

 
前駅「雨宮駅」から進むこと2.1Km、次の「岩野駅」へ到着しました。
そして、「やはりここもか・・・」と。この絵を見ての第一印象でした。

 
こちらはほぼ同じ位置から見た現役時の「岩野駅」です。木の位置や
家の位置で同じ場所と確認できます。奥には5Kmポストも見えていました。

 
振り返って須坂方面を見ます。左側がややこんもりしているのは、ホームの
名残りでしょうか?不思議に、この絵を見る限りは廃線跡にも見えませんね。

 
では現役時の写真をどうぞ。当時の風景が蘇りました。
やはり「こんもり」している部分はホーム跡と考えて良さそうです。

 
現役時の駅舎の様子を見てみましょう。ご覧のように、簡素な作りの待合室
がポツンとあるだけでした。パッと見、駅名標が無いとコレはトイレですな。笑

 
駅ホームには、写真のような「運賃表」や薄く見え辛くなった「駅名標」、
「名所案内」などもありました(今回はスペースの都合で割愛しました)。

 
駅舎内部の様子を見てみましょう。どこにでもあるような普通の
小さな駅の待合室という感じでした。木製の長椅子もありました。

ということで今回は以上です。次回は「松代(まつしろ)駅」までを辿ります。
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2017-01-08 20:11:04

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その3

テーマ:長野電鉄屋代線
●長野県北部、屋代から須坂までを2012年まで疾走していた
長野電鉄「屋代線」の廃線跡を辿っています。前回は「雨宮駅」へ
到着したところで終了しておりましたので、こちらの続きからどうぞ。


 
こちらが「雨宮駅跡」です。現役時は良く見る普通の小さな駅に思えましたが、
こうして更地となった駅跡を改めてみると、やはりそれなりに大きいのですね。

 
それでは現役時の「雨宮駅」の様子を見てみましょう。撮影は
2011年の12月です。当時の写真は全て水色囲みで掲載しています。

 
今度は「屋代方面」を見ます。この奥の方から手前に扇状に広がって
くる感じが、何とも駅跡らしいですね。それにしても結構広い敷地です。

 
こちらは現役時のホーム、最西端から屋代方を望んだ絵です。ところで
気付いた方居ます?右側のホームのようなもの。何を隠そう、本当に・・・

 
ホームでして、貨物輸送が盛んな頃に利用されていたそうです。特異な
対向式ホームですね。笑 写真は駅の最東端から屋代方面を見ています。

 
今度は須坂方面を見てみましょう。説明の必要はありませんね。
今でも路盤跡はしっかりと残り、この先の道を誤ることはありません。

 
そしてほぼ同じ場所から現役時に撮った写真がこちら。奥から電車が
やって来ます。もう二度と見ることのできない風景に虚しさを感じます、、、

 
駅構内東側より屋代方面を見ています。繰り返しになりますが広いです。
ホームが二本あった(レールは3本)のですから、それなりに広い筈ですよね。

 
それでは現役当時の「雨宮駅」を振り返っておきましょう。
須坂方面からやってきた電車が雨宮駅へ到着したシーンです。

 
位置を変えて。小さくて見辛いと思うので、写真の中に書かれている文字を
書くと、「NAGADEN」「屋代」「ワンマン」「02」「3522」などの文字が見えます。

 
それではそろそろ駅を出発しましょう。今度は約500mほど先にある橋梁跡を
目指します。写真は「雨宮駅」に唯一残っていた遺構、小さなガーターです。

 
目的地へ到着いたしました。「沢山川橋梁跡」です。お~、まだ残っていて
くれたようです。ちなみに読み方は「タクサン」ではなく「サワヤマ」です。^^;

 
現場到着です。やはりレールや架線柱などは綺麗に取り払われて
しまいましたが、微妙に残る二本の「鉄路の跡」が良い味をだしてます。

 
では現役時の写真へまいりましょう。こんな感じでした。しかし、今は
まだ残っていますが、状況的にみて撤去もひょっとすると早いのかも?

 
銘板もありました。1988年ということが、一度付け替えているようですね。

 
そして上の写真とほぼ同じ位置から見た現役時の写真がこちら。
こうして改めて見ると、奥行きを表す架線柱の存在って大きいですね。

 
振り返って屋代方面を見ます。ここは先ほど「電車がやって来るシーン」で、その
電車が居た付近です。そして木の陰隠れていますが、後ろに「雨宮駅」があります。

 
やや位置は違いますが、同じように現役時の屋代方面を見た絵を
見てみましょう。橋の手前やカーブということで護輪軌条も見えます。

 
更に進むと、再び「上信越道」の交差する付近にガーターが。
こちらの橋梁名は現地で調べ忘れたため分かりません。スマヌ。

 
そして現役当時の絵がこちら。ここでも護輪軌条が見られます。
そして同じ場所から振り返ると・・・おっとお時間が来てしまいました。^^;

ということでその3は終了となります。次回は次駅「岩野駅」までを辿ります。
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2017-01-01 18:42:37

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その2

テーマ:長野電鉄屋代線
●早速ですが・・・本年もよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m では本編へどうぞ・。

●長野県にある「屋代線」の廃線跡へ来ています。廃止は2012年4月と、まだ
新しい廃線跡です。ではその2、「屋代駅」を出たあとの廃線跡からスタートです。

 
こちらは次駅、「東屋代駅」手前の廃線跡です。説明の必要はありませんね。
上を走るのは「北陸新幹線(当時は長野新幹線)」で、「新旧」線が交差する・・・

 
意味深い絵です。そしてこちらが現役当時の写真です。この風景、たまに
出くわす光景ですが、真っ先に思い出したのが「 くりはら田園鉄道 」でした。

 
前の写真から50mほど先、次駅「東屋代駅」直前にある踏切跡です。既に
路面は手直しされていますが、レールのあった場所を探るのは容易です。

 
そしてこちらが現役時の写真です。当時=現在+レール+遮断器ですね。

 
ではお待たせ致しました、次駅へ参りましょう。前駅「八代駅」から1.3Km
進むと「東屋代駅」へ到着です。まず第一印象は「あぁ、やっぱり・・・」でした。

 
「八代駅」の状況から、撤去が進んでいるとは思いましたが、完全に撤去・
更地となっていたことに対しての感想でした。こちらは現役当時の写真です。

 
それでは現役当時の「東屋代駅」を懐かしんでまいりましょう。こちらは駅舎
です。え?民家だろって?ノンノン、ちゃんと上に駅名標があるでしょう?笑

 
というかホントに民家ですよね、コレ。^^; 確認は取れていませんが、実際
に住んでいた方が駅の業務を行うというパターンだったのかも知れません。

 
「ホームで電車を待ってみました」シリーズをやってみましょう。
たぶんこの辺りで良いと思うけど。で、実際に待ってみると・・・

 
こうです。笑 それにしても、見事に片付けちゃいましたねぇ。シミジミ、、、

 
先方、須坂方を見ます。ご覧の通り、綺麗さっぱり片付けられて
しまいましたが、現役時代を見るとちょっとビックリしますよ。

 
それがこちらです。もちろん、ほぼ同じ位置からの撮影です。
思いきり「駅」です。笑 これほど変わってしまうものなのですね。

 
こちらは駅舎内部、改札付近のようすです。本当に普通の民家に取り
付けただけのような感じです。「鉄ちゃん」の部屋にありそうですねぇ。笑

 
それではそろそろ駅を出発しましょうか。まだまだあと11の駅が待って
います。こちらはホーム東側(須坂方面)で当然、まだ駅名標もあります。

 
駅を出ましょう。基本的にずっと路盤跡は残っており、辿ることは容易です。
そんな路盤跡を辿っていると・・・デター!小さなガーターが連続して登場です♪

 
暫くすると、廃線跡は「上信越自動車道」の下を潜り、国道403号線と
交差します。その交差する地点がこちら。ここは完全に手直しされて・・・

 
おりましたが、現役時代のようすを押さえておきました。正解はこうです。

 
そして「東屋代駅」を出て1.6Km、次駅「雨宮駅」へ到着しました。が、
やはりここも全てが撤去済みでした。ただの空地へと変貌していました。

 
同じ場所から現役時に撮った「雨宮駅」をご覧いただきましょう。
残しておいても仕方がないのは分かりますが、やはり残念ですね。

第二回は以上です。次回はこの「雨宮駅」の探索&橋梁2本のご紹介です。
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2016-12-25 11:33:52

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その1

テーマ:長野電鉄屋代線
●色々とありましたが、本日よりブログ活動を再開させていただきます。

とは言っても先日より お知らせ  している通り、「新たな探索は現状不可能」と
なっておりますので、これまでに(2016年4月以前)溜まっている物件のみを
ご紹する形となりますがよろしくお願いします。ちなみに暫くはこれまで通り、
「毎週日曜日の更新」予定です。改めまして、今後ともよろしくお願い致します。

では再開一発目、直近最後に探索した「長野電鉄・屋代線」編をご覧ください。

●データ 【所在地】長野県千曲市~須坂市 【運営キロ】24.4Km
【開業】1922年(大正11年)6月10日 【廃止】2012年(平成24年)4月1日
【魅力】町中や住宅街、田園風景の奥に見える山々、そして多くの橋梁や
トンネルもアリと、多くのものが詰まった路線でした。【訪問日】16.03.21

●今回は、廃線跡としてはルーキーとなる長野電鉄・屋代線(長野県)の
探索です。実は今回、初の試みとなる「ビフォー・アフター」なる企画を
試みてみました。もちろん、「廃線前」と「廃線後」を比較したもので、
これにより掲載枚数が膨らみますので、通常は一章につき16枚を掲載
しているのですが、今回に限り一章につき20枚の掲載をしてまいります。

さて、この長野電鉄屋代線ですが、本来は「河東(かとう)線」の一部だった
そうですが、通称で「屋代線」と呼ばれていたことから2002年より同名に
変更されたそうです。ちなみに、今回は「ビフォー・アフター」ということも
あり、過去最長になる予定(今はナイショですw)です。ではご覧ください。

(※「ビフォー・アフター」の画像は「水色囲み」で掲載しております。
また、これらは全て2011年12月3日に訪問・撮影したものです。)

 
ではいつも通り、「屋代線」のルートを確認しておきましょう。今回は左下
「屋代」から右上「須坂」を目指します。全長24キロの長旅のはじまりです。

 
やってきたのは「須坂駅」です。廃駅ではありません。現在も長野電鉄
「長野線」の駅として稼働中です。この奥側に「屋代線」はありました。

 
では中へ入ってみましょう。手前が現在線「長野線」のホームで、
そしてその奥に見えるのが廃止となった「屋代線」のホームでした。

 
跨線橋へ移動、そして「屋代線」のホームへ・・・と思いましたが、ここで
通せんぼです。まぁ当然ですね。ご覧のように現在は行くことができません。

 
ではここで初の試みとなる「ビフォー・アフター」へ参りましょう。
廃止前はこんな感じでした。2011年12月3日に訪問・撮影したものです。

 
今度はホーム跡へ向かいましょう。とはいっても、前述のように先へは進め
ないので跨線橋上から撮影します。あら~、なんも無くなっちゃいました・・・。

 
当時はこうでした。ね、「なーんも」ってくらいに何も無くなってしまい
ました。まさか奥にあった「木製の待合室」まで壊してしまうとは・・・。

 
その木製の待合室があった場所がこちら。かろうじて土台跡だけは残って
います。やはり「木製」ということで早めに片付けられてしまったのでしょうか。

 
それではしばし、当時の駅の様子をご堪能ください。
ホーム上にあるもの、屋根のトタン板以外はほぼ全て木製でした。

 
「待合室」です。こんな感じで、土台にホームが無ければ
一古民家と間違えそうです。なんと趣のある待合室でしょう。

 
中の様子です。ご覧のように、椅子の部分まで木製でした。細かい落書きも
多数ありましたが、この雰囲気であればこれも良いスパイスかもしれません。

 
位置を変わって松本方面を見ます。ご覧になられている皆様も
「ガラッ!」と戸を開ける音が伝わってくるのではないでしょうか?

 
ホームへ出ます。現役当時、北側ホームの先端部分に
「0キロポスト」はありました。残念ながら今は撤去されてしまいました。

 
現代へ戻りましょう。今一度「屋代線・八代駅」のホーム全景を見ましょう。

 
ホームのレールは撤去されてしまいましたが、その隣にはまだレールが
残されていました。ポイント左部分が屋代線のレールと繋がっていました。

 
ご覧の通り、ホーム脇のレールは既に撤去済み、バラストもありません。

 
それでは「屋代線・八代駅」に別れを告げ出発しましょう。24.4Km先の
「須坂駅」を目指しましょう。写真は最初の踏切(一番奥が廃線跡)です。

 
踏切だけを見れば、なんの変哲もないタダの踏切ですが、その前後を
見ればその違いは一目瞭然です。ご覧の通り、レールがありません。

 
では当時の写真と比較してみましょう。こんな感じでレールはありました。

 
おまけに「八代駅」方面の絵も載せておきましょう。この路盤跡、タマら
ないのですが、現役時を知っているだけに複雑な気持ちにもなります。

ということで第一回目は以上となります。次回は二つ先の「雨宮駅」までを
辿ります。ちなみに冒頭でも述べましたが、今回は超長編となる予定です。
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