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2017-02-26 13:08:37

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その10

テーマ:長野電鉄屋代線
●長野電鉄「屋代線」の探索もついに10回目を迎えました。ちなみに、
これまでの最長は名鉄「 美濃町線 」の全11回でしたが、今回は少なくとも
これに並びそうです(もう結果はでていますが 笑)。ただ、掲載枚数が
16→20枚へ増やしておりますので、ボリューム的には完全に「過去最長」と
なっています。ということでその10へ参りましょう。ではご覧くださいませ。


 
「綿内(わたうち)駅」へ到着しました。「信濃川田駅」同様、ここでもすぐに
駅名標が無くなったのに即気付きました。駅名標がないと何の建物・・・

 
なのかイマイチ摘めず、駅名標の重要さを知ります。で、現役当時の
同駅こちら。これだけのインパクトですからね、スグに気付きましたよ。笑

 
とにもかくにも、駅舎が健在なのには一安心でした。駅舎は開放されており、
中を通ってホームへ出てみると・・・このような光景が。これって「信濃川田・・・

 
駅」に車輌が無いだけで よく似て ますね。現役当時はご覧のような
二面二線の駅で、やはりここでも南側のホームが解体されてしましました。

 
上の写真は須坂方面でしたが、今度は屋代方面を見てみましょう。
このように完全な更地と化してしまいました。かなり広い敷地ですね。

 
それもその筈で、この駅でも一線留置線を有していたため、やや広くなって
います。ホームで隠れていますが左奥にありました。後ほどご紹介しましょう。

 
こちらは「屋代行」の電車がやって来たところです。今は無き南側ホームに
入線する直前です。日も落ち始めたため、ヘッドライトも目立ち始めました。

 
そしてこちらが現在の様子です。もちろん同じ位置からの撮影です。
ご覧の通り、ただただ広い敷地が広がっているだけになってしまいました。

 
先ほど入線した屋代方面の電車を撮ろうと振り返ると、偶然にも須坂
行きの電車もやって来ました。何とも良いすれ違いシーンを撮れました。

 
しかし、そのシーンはもう二度と撮ることはできません。そして、これまでにも
このような広い敷地が多くありましたが、今後これらはどうなるのでしょう・・・。

 
では「渡内駅」駅舎内の様子を見てみましょう。上部には当時、「ぼくのわた
しのすきなもの」と題して、小学生くらいでしょうか、絵が飾られていました。

 
そして現在、ご覧のような寄せ書きが貼られていました。ううっ・・・「ありがとう」
の文字が乱舞しております。思わずウルッと来ちゃいますねぇ、こういうの。。。

 
こちらは既に解体されてしまった南側、屋代方面のホーム待合室
全景です。今では盛り土さえ無くなり、完全な更地となってしまいました。

 
駅西側(屋代方面)へ行きましょう。こちらは「先ほどご紹介する」と
言った側線です。詰所のような建物が2つ(3つ?)ほど建っていました。

 
側線の末端部分です。貨物線用のホームとして使われていたようです。
これで側線があった駅は、「松代」「信濃川田」に続いて3つ目ですね。

 
南側の待合室を覗いてみましょう。他の駅の待合室同様、同じような
造りの待合室でしたが、掲示物が少なくやや閑散とした様子でした。

 
それでは最後に駅東側(須坂方面)の写真を見てみましょう。当時、この
位置に「19キロポスト」がありました。今はどこへ行ったのでしょうか・・・。

 
そして「アフター」がこちら。右奥にも側線があった関係で(本来は西側の側線
と繋がっていた?)かなり広い敷地です。それでは次の場所を目指しましょう。

 
前駅「綿内駅」を出て約1.5Km、次駅を目指す途中にこのような橋を
発見しました。調べてみると「権五郎(けんごろう)川橋梁」というそうな。

 
そして「アフター」がこちら。まぁ想像通りと言いましょうか、架線柱と
レールが失われましたが、バラストやガーターはまだ健在でした。

ということでその10は以上となります。そして次回はいよいよ・・・
最終回となります。あと2駅、「井上駅」と終点、「須坂駅」までを辿ります。
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2017-02-19 12:31:35

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その9

テーマ:長野電鉄屋代線
●初の試みとなる「ビフォー&アフター(廃止前&廃止後)」形式で
今回のレポートを作成しています。そのため、通常は一回につき16枚
写真を掲載しておりましたが、今回は20枚に増やして掲載しております。

「現役時」の訪問日は2011年12月3日で、この時撮影したものは「青囲み」で
掲載しております。そして廃止後は2016年3月21日の撮影です。ではどうぞ。


 
前回の続き、「信濃川田(かわだ)駅」の探索を続けます。現役時は
このような対向式ホームを持つのどかな風景の広がる駅でした。

 
そして現在の様子がこちら。南側のホームは解体、かろうじて残る盛り土と
樹木がその位置を示してくれています。当時のまま残る右半分と対照的です。

 
今度は須坂方面を見てみましょう。現役当時はこのような景色が
見られ、左側にも貨物用の側線がありましたが、廃止後はというと・・・

 
こうなりました。やや位置がズレましたが、今残っているレールは須坂
方面のものです。側線もホームこそ失いましたが、レールは健在です。

 
その側線も含めた屋代方面へ渡る踏切の当時の写真です。今では
レール以外、これら全ての施設を見ることはできなくなってしまいました。

 
それでは名残惜しいのですが、そろそろ駅を発つことにします。写真は脇の
道路より勾留されている車輌を写したもので、左のヤツなんて古そうですね。

 
こちらは駅を出て約500m、最初の踏切です。少々変わった踏切で、右は道路
一本なのに対し左側は二手に分かれています。首都圏では問題になりそう?笑

 
更に進むと、右手より「上信越道」が現れ並走します。そんな場所に
あったのがこちら、「保科川橋梁」です。現役当時の絵はこちらです。

 
現役時の写真をもう一枚。なんせ現役線だし、隣は高速道路だしで、近く
まで行くのは少々気が引けました。電車もいつ来るか分からんかったし。^^;



 
そして廃止後です。想像通り・・・でした。前後の築堤もご想像通りでOKです。

 
「保科川橋梁」から進むこと約500m進むと、次駅へ到着となります。が、
一度振り返って屋代方面を見ると、先程の橋梁へかかる築堤が見えます。

 
次駅到着直前の踏切です。他の踏切同様、鉄道施設の類は全て
撤去されてしまいましたが、何故かここはレールはそのままでした。

 
そして現役時の写真がこちら。道路だけを見れば当時と変わりません。

 
ではお待たせしました。振り返って次駅を見ましょう。
次駅は「若穂(わかほ)駅」で、一面一線の小さな駅でした。

 
そして現在です。ちょっと見てビックリしましたね。これまでは更地にされて
いたのに対し、こちらは何やら開発中のようです。続報があれば宜しくですw

 
では現役当時の「若穂駅」を偲びましょう。これまでとは違う完全な木造の
待合室でした。ちなみに、この駅が一番最後に出来た駅(1966年)でした。

 
内部の様子です。内側もこれまでとは感じが違います。造りは
これまで通りと同じ、周囲を椅子で囲った形となっていました。

 
一枚のポスターに目が止まりました。廃線反対のポスターです。
そういえば、「松代駅」でもチラシを配っていたのを思い出しました。

 
ホームへ出ましょう。屋代方面を見ています。奥には先ほど
探索した「保科川橋梁」のトラス上部が僅かに見えています。

 
反対側、須坂方面です。右の築堤は「上信越道」のものです。
この後、電車は緩やかに進路を左へ向け、北へ向かって行きました。

その9は以上となります。次回は・・・まだ最終回ではありません。^^;
でも終盤戦で、二面二線のホームを有した駅、「綿内駅」の探索編です。
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2017-02-12 13:01:29

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その8

テーマ:長野電鉄屋代線
●2012年に廃止となった長野県にある「屋代線」の廃線跡へ来ています。
長い旅となっている探索も、いよいよ後半戦へ入ります。前回は「大室駅」を
出てすぐにある「関崎隧道」の前で終了しました。では続きをご覧ください。


 
奥に「関崎隧道」が見えますが、その前に。こちらはその直前にあった
簡易踏切です。今ではレールや架線柱は撤去、トラ柵も外されています。

 
ではトンネルへ参りましょう。改めまして、こちらが「関崎隧道」屋代方です。
これまで見てきた二つの隧道と同じ作りで、石材ポータルの隧道です。

 
出口が見えませんのでもう少し寄ってみると、見えました。右カーブして
いるため、奥の右側が明るくなっています。ちなみに長さは106.61mなり。

 
銘板も残っていましたが、やはりここも新しいものが剥がされて下の
古い銘板があらわになっていました。写真はその新旧比較です。

 
一歩中へ入ってみます。ここにも何やら書かれています。なるほど、
ちゃんと待避所もあるようです。内壁もこれまで同様、同じ造りですね。

 
カーブ(ほぼ)全景が明らかになりました。ここも綺麗に片付けられています。

 
トンネル中間付近へ来ました。「予告通り」、待避所が出現しました。
中には枕木やらスコップやらがあり、雰囲気的には暖炉のようです。笑

 
長さは100m少々なのでこのトンネルもすぐに反対側へ抜けられました。その
反対側(須坂方)へ出た直後の絵がこちら。この先もまだ右へ折れています。

 
当然、振り返って須坂方のポータルも確認します。やはり同じ造りでした。

 
では「関崎隧道」の探索はこれにて終了、次の駅を目指します。
写真は屋代方の出口です。なかなか良い感じの切り通しです。

 
「関崎隧道」を出て1Km少々進むと次駅、「信濃川田(かわだ)駅」に到着と
なります。ムムッ!? まず最初に気付いたのが駅名標が無くなったことでした。

 
それでも立派な駅舎が残っていたことには感動でした。「松代駅」が残って
いたので、「ここも・・・」という期待もしていましたが良かったです。写真は・・・

 
現役当時(20121年12月撮影)の駅舎内の風景です。「松代駅」と似ている
けどそれとは何か違う、静かで時間のゆっくりと流れる空間という感じでした。

 
そうそう、この扉。ギシッギシッという感覚分かります? そう、まさに
ソレです。笑 これがまた良い味を出してましてねぇ。これは私が・・・

 
廃止後に訪問した時でも体験できました。そして表へ出るとこのような光景
が。ね、タマらんとでしょ?笑 こういう駅で通勤通学、してみたかったなぁ。

 
ここで「現代」へと戻ります。何故か車両が留置されています。これは個人
的な想像ですが、ひょっとしたら駅も残されていることから「博物館」的な・・・

 
何かをやろうとしているのではないでしょうか。それにしては
「放置期間」が長いですが・・・。写真は現役当時の「屋代方面」です。

 
そして現在はどうなったのかというと・・・こうなりました。ほぼ同じ位置
からの撮影です。レールがあるのは車輌のある駅構内のみでした。

 
こちらは対向式ホームの南側にあった待合室の内部です。
他の駅同様の造りでしたが、掲示物が若干少ない感じがしました。

 
そしてその南柄ホーム(屋代方面)から見た北側ホーム(須坂方面)が
こちら。勝手を承知で言いますが、これだけは残して欲しいですねぇ。。。

ということでその8は以上となります。次回は同駅の探索の続きと
次駅「若穂(わかほ)駅」までを辿る予定です。まだまだ続きますよ~。^^
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2017-02-05 13:02:14

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その7

テーマ:長野電鉄屋代線
●「屋代線」の廃線探索も中盤戦です。長編となっている同線の探索も
今回でもう「その7」となりますが、参考までのこれまでの最長は
名鉄美濃町 」編の11回でした。さて今回はこれを超えるのかっ!?
え?「そんなことはどうでもいいからとっととやれ?」ですと?了解です!笑
それでは前回途中だった「金井山駅」からスタートです。ではご覧ください。

 
「金井山(かないやま)駅」待合室の様子です。こちらも同じような造りの
駅ですが、どなたが置かれたのでしょうか、椅子はクッション付きでした。

 
それでは駅を出ましょう。次の目的地(既に見えていますが)へ
向かう途中にこのような遺構を発見。立派なガーターと橋台です。

 
そしてその目的地ですが、それがこちら。離山(はなれやま)隧道です。
短いトンネルですが、こういうのを見ると 樽沢隧道 を思い出しますね。

 
ではビフォー&アフターへまいりましょう。こちらが現役時です。殆ど変
わらない印象ですが、徹底的に違うのがこの時は「入れなかった」ことw

 
まぁ近付こうと思えば近付けましたが、「この時(廃止後)に来ればいいや」と
遠くからで我慢しました。で、その隧道が目の前に。ようやく入ることができます。

 
トンネル脇の銘板です。ん?何か文字が違うな?と思ったら、現役時は
古いヤツの上に貼ってあったのですね。ちなみに長さは45.263mナリ。

 
内部の様子です。現役時を知りませんので比較することはできませんが、
恐らく「想像しているとおり」で良いと思います。しかし綺麗に片付いてますね。

 
僅か45mの隧道なので、もう対面(須坂方)へ出ちゃいました。
しかしこちら側は現役時には来ていないので、初めて見る光景です。

 
振り返って抗口を確認します。おぉ、こちらの抗口の方が立体感が
あることで迫力がありますね。左側にはやはり銘板も残っています。

 
では「離山隧道」の探索は終了、次の目的地へ向かいます。日も落ちてきた
ので先を急がねばなりません。写真は屋代方、架線柱は左側にありました。

 
「離山隧道」を出て350m進むと、次の駅へ「大室駅」へ到着となります。
こちらの駅もご覧の通り、綺麗に片付け・整地されていました。

 
それでは現役時の「大室駅」をご覧いください。もう恒例の簡素な待合室に
ホームという造りでしたが、ややホームが短かったという印象があります。

 
そして今はこうなりました。ただ路盤跡は残っているので、想像力を
働かせることはできます。ではその想像力を働かせていただいた上で・・・

 
現役時の絵をご覧になって答え合わせをしていただきましょう。どうです?
合致しましたか? 廃線マニアの皆様でしたら全員「ビンゴ」でしょう!笑

 
それではしばし現役当時の「大室駅」を堪能していただきましょう。
こちらは上の写真、同じ位置から振り返った屋代方面の写真です。

 
こちらは、一旦ホーム下へ降りて駅全景を撮りました。

 
待合室の様子です。これまで訪問してきた待合室とほぼ同じ造り&内部
ですが、ここの待合室だけは四方を囲むように椅子が設置されていました。

 
それでは駅を出ましょうか。写真は同駅より屋代方面を見た絵です。
この付近は築堤上になっていましたが、奥のユンボ、取り崩してる !?

  
駅を出て350mほど進むと次の目的地です。「屋代線」には3つの隧道が
ありましたがこちらがその3つめ、最後のトンネルとなる「岡崎隧道」です。

 
現役時代の写真を見てみましょう。個人的に好きな絵で、姿勢を意図的に
低くして撮った記憶があります。ちなみに制限速度は「50Km/h」ナリ。

ということで第七回目は以上となります。次回は同隧道の探索と次駅、
ターミナル駅風の「信濃川田駅」までを辿ります。ちなみに残す駅はあと
5駅、まだまだ続きますがどうぞごゆっくりお付き合いくださいませ。^^;




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2017-01-29 14:45:42

長野電鉄屋代線(長野県/屋代-須坂) その6

テーマ:長野電鉄屋代線
●2012年まで、長野県千曲市から須坂市までを走っていた「屋代線」の
廃線跡へ来ています。探索は中盤戦入り、前回は「松代(まつしろ)駅」
の探索中で終了しましたので、この続きからご覧ください。ではどうぞ。


 
駅前は「現役時そのまま」だったのですが、駅舎をくぐりホームへ出てみ
ると、その「激変ぶり」に驚かされました。これまでとは違った変貌ぶりです。

 
「大きいホームが2本あり、ターミナル駅」的な様相を呈していた同駅でした、
が・・・これは駐車場なのか、砂利が敷かれ広大なスペースになっていました。

 
「立派な駅だったのに・・・」 この時はその言葉しか出てきませんでした。
それでも、この南側のホームと駅舎は残されているのですから感謝・・・

 
しないといけませんね(まだ保存と決まった訳ではありませんが)。
写真は、ほぼ同じ位置から撮った同駅です。ね、立派な駅でしょ?

 
それでは現役当時の写真をいくつか。こちらは、今では解体されてしま
った北側のホームです。二面三線の駅でした。奥が屋代方面となります。

 
こちらは駅全景で、奥が須坂方面です。この駅、変わった駅だったそうで、
例えば通常は右側が屋代方、左が須坂方なんですが、これが逆だった・・・

 
そうです。その他にもあるそうなので、詳しくはウィキにも出ておりますの
興味があればご覧ください。写真は駅構内の転轍機で、この場所で操作・・・

 
していたようです。ところが、廃止後に行ってみると・・・正直、この絵を見た
時はショックでした。「そりゃないぜ」って。この後どうなるのかが気になります。

 
現役時にはこんなスローガンもありました。既に廃止は決まっていたの
ですが最後の抵抗か、チラシなども配って存続活動を行っていました。

 
こちらは南側ホームから須坂方面を見た写真です。電車は駅を出ると進路を
北へ変えて行きました。目の前の踏切は、2・3番線ホームへ向かう踏切です。

 
そして同じ位置から見た現在の絵です。後ろを見れば同じ場所ということが
分かります。近くの城跡&公園用の駐車場確保にやむを得なかったのでしょう。

 
ではそろそろ駅を出発しましょう。次駅へ向かう途中に見たい橋があるので
確認をしていきます。それがこちら、「蛭川(ひるかわ)橋梁」です。1970年製也。

 
そして現役時代の写真がこちら。当たり前ですが、鉄橋って
枕木とレールを乗せただけの単純なものなんだな、と思います。

 
前駅から3.1Km進むと次駅、「金井(かない)山駅」に到着となります。
前駅は立派な遺構がありましたが、今度は再び更地がお出迎えです。

 
どんな駅だったのか。当時の写真で振り返りましょう。これまで同様、短い
ホームに待合室という簡素な造りでした。相対式の時代もあったようです。

 
運賃表です。イチ、ニ、サン・・・残すはあと6駅か、と。ほぼ中間点ですね。
ちなみに上の路線は「長野線」で「長野~湯田中(ゆだなか)」を結びます。

 
ホーム上から屋代方面を見ます。この先はのカーブは、屋代方面から
来ると、右へ45度以上という大きなカーブを描いて同駅へ到着しました。

 
そして現在・アフターです。当然同じ場所からの撮影です。
何故か残された「自転車置き場」が、何か物悲しげに見えます。

 
逆方面、須坂方面を見ます。このようにこれまで同様、小さな待合室の
ある駅でした。ただ、ここの待合室には「屋根」が付いていたようですね。

 
そして「今」です。右の家々が「この場所で間違いのない」ことを教えて
くれています。構内がやや広いように見えますが、これはかつては・・・

貨物駅で二面二線の駅を構えていたからでしょう。ちなみに、現役当時でも
既にもう一つのホームがありませんでした。ということでその6は以上です。
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