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2017-05-28 14:28:06

川越電気鉄道(埼玉県/川越久保町-大宮) その3

テーマ:川越電気鉄道
●川越電気鉄道の三回目です。今回は全長12.8Kmプラス始発駅まで2Km、
更にプラスαの距離を徒歩で辿る探索を選択、前回までで約5Kmほどを
歩いた訳ですが・・・もうかなり疲れたんですケドww では続きをどうぞ。^^;

 
コスモスが綺麗ですね。今は「沼端(ぬまばた)駅」を探しています。
この付近にあったと思われますが、やはり場所を特定できません。

 
仕方がないので距離標で推測するとこの付近の右手ということになるの
ですが・・・で、ふと見たら「沼端」の文字が。うん、ここにしよ←いい加減 笑

 
この後、「でんしゃみち」は約700mの一直線となります。この付近は豊かな
田園風景が広がる地域、ひょっとしたら当時とあまり変わらない景色かも?

 
そして直線を終えると緩やかに方向を右へ変えます。「いかにも」という
築堤跡・・・ではありませんでした。うーん、まんまと騙されましたわ。^^;

 
この付近の空撮を見てみましょう。間違えたのが点線部分。が、本当の
場所はその南側でした。それにしてもこの編集まで気づきませんでしたわ、、、

 
ということで、当然写真も撮り損ねましたのでここはひとつ、「Google Map」の
お力をお借りすることにしましょう。笑 ハァ、バッチリ写ってるじゃないの~。

 
では先へ進みましょう。「ダミー廃線跡」と「本物」はスグ先で合流します。
そしてその合流直後でした。「確かこの辺にあるハズなんだけど・・・あ"っ!」

 
「こ、コレか・・・」 お分かりいただけたでしょうか? 分からない方、
今一度よーく見てください。この目の前にある「レンガの橋台跡」を!

 
実はこの橋台跡は、この「川越電気鉄道」に唯一残る遺構です。しかし
この造り、ガーターを載せる部分までレンガだったということでしょうか?

 
西側の橋台です。良く見ると何やら鉄筋のようなものが突き出ています。
これはガーターを固定するものなのか、それともそれ以外なのか理由の・・・

 
分かる方、お待ちしております。笑 そして写真は東側の橋台跡で注目すべき
は角度。川と進行方向の角度が直角ではないので、角が斜めになっています。

 
同じく東側の橋台跡です。悲しいかな、今載せているものはガーターでは
なくゴミ捨て場のH鋼ですが、残っているだけでも有難いと思いたいですね。

 
こちらも東側の橋台跡・北側の部分で、別角度より撮影しました。
経年劣化のせいでしょうか、さすがに上の部分は削れてしまった感じです。

 
更に同じ橋台跡を別角度から。それにしても、この川(?)の改修時に、
良く取り壊されなかったですね。そう思うと、本当に貴重な遺構です。

 
ではそろそろ先へ進みましょう。実は、先ほどの「遺構」から数10m先に次駅
「黒須駅」がありました。推定線は、遺構から真っ直ぐに引っ張ったものです。


こちらが「黒須駅」跡です。今はコンビニとなりました。そして推定線を更に
真っ直ぐ引くと、その先に見える廃線跡とバッチリ繋がり気持ちイイです。笑


ということで、その3は以上となります。次回は「荒川を渡る」編です。
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2017-05-21 12:45:57

川越電気鉄道(埼玉県/川越久保町-大宮) その2

テーマ:お知らせ
●埼玉県の川越市へ来ています。前回は「喜多院」の北側にあたっと
される始発の「川越久保町駅」を出発、その先約200mの「成田山前駅」
までを辿りました。今回は知る人ぞ知る渋滞のメッカ(笑)、国道254号を
渡り国道16号線と合流、その先を目指します。では続きをご覧ください。

 
こちらは「成田山前駅」を出てすぐの県道15号線上です。この付近、
「常時大渋滞地帯」のようで、歩いている自分の方が早いくらいでした。

 
ではこの付近の古地図を見てみましょう。これは次駅までの地図です。
この大渋滞地帯も、当時は国道も無く周囲は殆ど田畑だったようです。

 
さぁ、関東圏にお住まいの方はかなりの方がご存知かもしれない「小仙波
交差点」にやって来ました。路盤は図のように敷かれていたと思われます。

 
歩道橋を渡り、小仙波交差点を過ぎました。この先、国道16号線と合流します。

 
国道16号線と合流しました。ここからは渋滞こそ無いものの、やはり常時
交通量の多い道路です。ちなみに、路盤はこの道路上のどこかです。^^;

 
小仙波交差点から1Km少々、九十(くじゅう)川という川がありました。
一見見落としそうなこの場所、何故注目したかというと、実はこの横に・・・

 
こんなのを発見したからです。笑 「いやぁ古そうな橋だなや~」と思って
良く見てみると、大正13年の施工だそうな。今から92年も前の橋ですヨ!

 
横から見ます。橋台は手直しはされていますが、ほぼ本来のままかと。

 
橋台のアップです。コレ、車に乗ってたら絶対に気付きませんね。
こういうのはずっと残っていて欲しいですし、文化財に指定っしょ。笑

 
では本題へ戻ります。同じ川、川越電鉄側の橋台跡を探します・・・が、
それらしいものは全く見出せませんでした。ま、そりゃそうですわな。笑

 
先へ進みましょう。先ほどの川から200mほど進んだ地点です。ここは
「伊佐沼(いさぬま)」交差点といい、ここで電車は左へ折れました。

 
では古地図で確認しましょう。左側端付近が今居る「伊佐沼交差点」で、
左へ折れた直後に駅が、そしてその先もご覧の通り、駅が描かれています。

 
ではまずは目先の駅の確認から。図によれば、この付近に次駅「二ノ関
(にのせき)駅」があったそうですが、ここからでは良く分からないので・・・

 
もっと現地へ行きましょう。ここが「二ノ関駅」跡と思われます。ちなみに、
前に見えるスロープですが、これは国道16号線を潜るアンダーパスです。

 
駅を出ます。すると程なくして左手に大きな池が現れます。でもコレ、
池ではなく「伊佐沼」と呼びます。そう、交差点名にもなっていた沼です。

 
そんな沼を見ながら先に進むと、間もなく次駅「沼端(ぬまばた)駅」に
到着となります。かつては進行方向右側に存在していたそうですが・・・


ということでその2はここまでとなります。次回は「黒須駅」までを辿ります。
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2017-05-14 14:28:26

川越電気鉄道(埼玉県/川越久保町-大宮) その1

テーマ:川越電気鉄道
●まとまった時間が取れなかったので少々お休みをいただいておりました。
残すストック物件もようやくあと三件です。な、長かったw ではご覧ください♪

●データ 【所在地】埼玉県川越市~さいたま市大宮区 【運営キロ】12.8Km
【開業】1906年(明治39年)4月16日 【廃止】1941年(昭和16年)2月25日
【魅力】全般を通して特に危険な箇所は無く、初心者の方でも好きな方法で
辿れる廃線跡です。ちなみに自分は徒歩で探索しました。 【訪問日】15.09.21


●埼玉県中部にある小江戸とも呼ばれる町、川越市へやって来ました。
今回探索する路線はその名も「川越電気鉄道」。その他、「西武大宮線」とも
呼ばれていたようですが、「埼玉県で初の電気鉄道」とのことなので、
このブログでは「川越電気鉄道」を表題とさせていただきました。

さて本題です。今回は川越から大宮を徒歩で目指すことにしました。
実は自分、この時は体力づくりに励んでいたということもあり(今もですが 笑)
その効果のほどを試すにはモッテコイの距離(12.8Km)だと踏んで今回はこの
「徒歩」を選択しましたが、果たして最後まで辿り着けるのかっ !?w ではどうぞ。

 
ではいつも通り、地図で今回辿るルートを確認しましょう。川越から大宮
まで総距離12.8Km、徒歩での探索です。あくまで営業キロですけどね。汗

 
大宮駅から電車で乗り継ぎ川越駅へ到着、そしてその川越駅から既に2Km
ほど歩いてスタート地点までやって来ました。この「川越市中央公民館」が・・・

 
スタート地点の旧「川越久保町駅」跡とのことですが・・・あ、ありました、
ありました。この跡地のことが書かれているという案内標を見つけました。

 
案内標には「埼玉県下で初の電灯供給を開始」したこと、そして
「この電気を用いて電気鉄道を走らせたこと」が書かれていました。

 
また、「川越久保町駅」の構内図も書かれていました。小さくて分かり辛い
のですが、構内を周囲を一周して折り返すという面白い駅だったようです。

 
駅を出ます。電車は反時計回りで外周を回り、ご覧のような経路を
辿っていたと思われます。この内側(左)には車庫もあったそうです。

 
ではここで前半戦の停車駅をご紹介しましょう。荒川手前までを記して
います。「川越久保町」から出発すると、5つの駅を経て荒川を渡ります。

 
では現地写真へ戻ります。こちらはまだ「川越久保町駅」の南西側です。
この先に「当時の面影が残されている」とのことですが・・・お?あれかな?

 
どうやらコレのことのようです。この「丸み」を帯びた90度の曲がり角です。
駅外周を走った同線ですが、4つの角のうち残っているのはここのみです。

 
南西の角を曲がると、あとは大宮へ向けてひたすら西へ向かいます。
ちなみに、ここから次の交差点まではまだ「川越久保町駅」の構内です。

 
同駅の南東側へ来ました。このように線路があったと思われ、大宮
(奥)から来た電車は左へ曲がり、ホームのあった北側へ向かいました。

 
同じ交差点から、ホームのある北側向かう路盤跡を見ています。

 
では駅を出ましょう。この細い通りが廃線跡で、写真では分かりませんが
この道は少々上り坂です。そしてこの先で現在の県道15号線と合流します。

 
その合流地点です。そしてこの付近に最初の駅「成田山前駅」があったそう
ですが、今はご覧のようにどこにあったのかは特定することができません。

 
横を見れば古そうな土台が。あくまでただ古そうというだけですが。笑
ちなみに、開業当初は「成田山不動尊前」という駅名だったそうです。

 
ということで、位置は特定できませんが、この付近が「成田山前駅」と
させていただきます。この先で、写真のように県道15号線と合流します。

以上でその1は終了です。ちなみにですが、この「成田山前駅」、駅名は
この「成田山川越別院本行院」からきている訳ですが、地図上で見ると
始発の「川越久保町」駅の方が近く見えるものの、実はホームが同駅の
北側にあったため、僅かにこの「成田山前駅」の方が近かったそうです。
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2017-04-16 18:07:43

お知らせ

テーマ:お知らせ

●ゴールデウィーク明け程度まで、お休みをさせていただきます。スマヌ。m(_ _)m


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2017-03-26 02:00:00

東武根古屋線(埼玉県/小川町-根古屋荷扱所) その1

テーマ:東武根古屋線
●データ 【所在地】埼玉県小川町 【運営キロ】4.3Km
【開業】1926年(大正15年)9月5日 【廃止】1967年(昭和42年)4月1日
【魅力】廃線跡は全て道路へと転換されており、距離的にも短いこと
から初心者の方にも簡単に辿れる廃線跡です。 【訪問日】15.11.03

●埼玉県の小川町へやって来ました。実は前回レポートした
「東武東上線旧線」の終了後にやって来ました。参考までに移動
時間は前回終了地点から(東松山市)車で一時間足らずでした。

実は自分、この根古屋線の存在を知らず、古地図を眺めている時に
偶然、
「妙な曲線」を発見、「なんぢゃ?ごるあ?」となったのがキッカケでした。笑
で、さっそく調べてみると、先駆者様のレポートが幾つも・・・という次第です。

いやぁ知らんかったですわ。^^; ということで、今回のこの「根古屋線」、
距離も短いので「徒歩による探索」としました。とはいえ、4.3Km×往復+α
という距離になりますが、まぁ大丈夫か、ナ。笑 とにかく行ってみましょう♪

 
こちらは「東武東上線」小川町-竹沢間、「小川町駅」を出て約1Km弱の
地点です。ここから分岐、南下して行きました。当時の面影はありません。

 
分岐直後は建物に遮られますが(上記の建物)、その裏を見れば
ご覧のように、今は道路へと転換された廃線跡が続いています。

 
さっそく進んで行きましょう。と、いきなり「橋」が現れました。
橋と言えばやることはひとつ、どこか良く見える場所を探します。

 
橋台跡の確認です。うーん、・・・たぶん直されてますねぇ。どちらかといえば、
その横にある石積みの壁の方が気になります。これは当時のままクサイです。

 
では進みましょう。実は分岐してからというもの、ずっと緩い左カーブが
続きます。冒頭で偶然発見した「妙な曲線」とはこの部分だったのです。

 
「妙な曲線」は90度以上方向を変え、北西から南方へ方向を変えます。また、
この付近は登りが続き、大した登りではないのですが長いので堪えます。^^;

 
そしてながーカーブが終わって直線に入ると、やがてこのような切り通しが
出現します。雰囲気がありますが、やや(幅が)広いのが気になりますね。

 
拡張したのでしょうか。全線単線の線路には幅が広すぎますからね。
ちなみにこの付近が坂の頂上となり、この先は緩やかに下り始めます。

 
歩道橋下、頂上付近に怪しい石垣を見つけました。どうも出発当初から
このような石垣が目に付きますが、これだけあると関係がありそうですねぇ。

 
先へ進みましょう。出発してから約1Km、まだまだ元気でです。笑
頂上を過ぎた廃線跡は今度は緩やかに下りながら右へ折れます。

 
出発してから1.1Kmの地点です。ふと脇を見ればまたしても石垣。
やはりこの路線、石垣を多用した造りになっていた可能性が大です。

 
出発してから1.4Kmの地点です。まだ下っている状態ですが、右側の
地面はまだ数メートル下にあり、この付近が築堤状なのが分かります。

 
ではここで「これまで」の&「この先」の状況を地図で確認しましょう。
こちらは全線の状況と各駅の置かれていた地図です。全4.3Kmです。

 
そしてこちらがこれまで辿ってきた廃線跡です。ご覧のように、
これですから。「好きなら」ばすぐに「怪しい!」って気付くしょ?笑 

 
こちらは分岐(出発)地点の空撮です。分岐直後は切り通し(?)&築堤
だった様子ですが、先ほど通った時にはもう殆ど面影はありませんでした。

 
そしてこちらが廃止から7年後の空撮。まだまだ当時の面影を
残しています。道路(廃線跡)もまだ舗装されていないようです。

ということでその1は以上です。この「根古屋線」は三回構成の予定です。
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