「せっかく脚本あがったってのに……。」

「それはよかったね。」

「何で部活にきてないの。」

オマエの脚本を待ちかねてたのはオレだけじゃない。部活が動くのをオレなんかよりずっと待ちかねてたヤツはたくさんいる。

「……何で勝手に消えてんの?」

 

「消える」って……。

消えたつもりなんてない。消えたように見えたのは……

 

 

バシッ

「痛っ!!何す……!」

 

「悪かったな。存在感なくて。」

「……部活サボっといて……。」

部活部活って

「じゃあ、やめる。」

まるでヒステリー妻。

「そしたらもういいいだろ。」

むしろ愛人か?

「消えたって別に……。」

代わりなんていくらで……

 

ッツ!!

 

……痛……。

……?

 

 

気づいたらびしょ濡れになってた。

「このまま教室に行くのはまずいか。」

冷たいというより痛い。そのくらいの大雨。そんなことも気づかなかった。

「……大丈夫か、自分。」

 

 

それでも雨を避けようとは思わない。雨やどりする場所はいくらでもある。だからこそどこへ行けばいいのか決められない。

「ああ、」

い~っつもこんな感じだったわ……。

どうせいつの間にかどこかに落ち着くことになる。

いつもそうだったし。

 

選択肢はたくさんある。でも選ぶ前にどこかでどうにかなってる。それは……

オレの方が選択肢だからだ。

 

じゃあ。選ばれない可能性も?

 

 

 

 

「だ~れだ……。」

「……。」

ただでさえ視界が暗いのに……。

こんなベタで悪趣味なことをする人間の心当たりはありすぎるくらいあるけれど……

 

「あれ……?泣……」

 

パンッ!

 

振り返ったら、破裂音と水しぶき。

「……痛。」

ビリビリしてきた。

これは……張り手を食らった……?

 

 

「いったあ……。」

何でそっちまで痛がってんだよ。

「立て続けに二発やるとけっこうこたえるわねね。」

殴った方が手が痛いって、どれだけヤワなんだ。

「何やってんの……サクラ。」

うずくまられると見えないだろ……。

 

ここ数日、さんざん脳裏に浮かんだ顔。

 

「昨日は味酒もいつの間にか消えてたし。」

そういえばアイツのクラスにはこの部活バカがいた。その目をかいくぐってサボるのは至難の業。

「そこまで空気な存在感極めなくても……」

オーディションの日にサボる。そんなこと、一番許せないのはむしろコイツかも。

 

 

「八つ当たり先まちがったかな。」

「八つ当たり?!」

「あ。」

まずい。この単語使ったら認めることになる。

 

「サクラに八つ当たっちゃったの?」

「いや、味酒の方。……いや、八つ当たりじゃないもん!おサボりを注意しただけだもん!」

「あー、そりゃグーだね。」

「聞けよ。」

 

「最近おかしかっただろ、味酒。」

何だ、気づいてたのか。こんな時期には劇のことしか目が向かないのかと思ったけど。

「それに追い打ちかけたらそりゃあ……。」

 

 

「たしかに、八つ当たり先が大間違い。」

「だから八つ当たりとかじゃ……」

「直接こっちに来てくれたらよかったのに。」

「ハア?」

「腹立つならその相手に直接やればいいだろ。」

「なんでそんな子供っぽいこと……。」

「よそに当たるのはもっとガキくさい。」

……なんか説教臭えな。そもそも英田の分際で何偉そうな口……

「あ。」

ちょっと待て。

説教じゃねーぞ、これ。

 

 

「何でご褒美くれてやんなきゃなんねーんだよ……。」

元凶中の元凶に対して

「……チッ」

チッじゃねえよ。

 

 

「何してんの。朝っぱらから。」

「あら~、英田サン。ごきげんよ~。」

やっかいな雨と闘ってやっとのことで学校に到着。そしたらもっとやっかいなものを見つけてしまった。

 

「ひどいことするわよね~、女優の顔に。」

こちとらさっきまで濡れないように必死だったのに、あえて手洗い場でタオルを濡らしてやがる。しかも唯一の商売道具(顔)腫らして。

「今度は誰を怒らせたの。」

「オレが悪いの前提かよ。」

「違うの?!」

「そうだけど……。」

なんだ。やっぱりか。うっかり驚いて目が覚めてしまった。

 

 

 

「で、何やらかしたの?」

「……見てた?」

「見てないけど、さっきすれ違った。サクラと。」

「グーで殴ったわよ、あのヤロウ。」

「へ~、現場見たかったな。もうチョイ早く来ればよかった。」

「オイ。」

ビンタなら想像つくけどグーって……それってよっぽどだな。

 

「サクラまでおかしくなったら困るんだけど。」

やっと脚本があがって劇作りが始まったばかりなのに。

「オレの心配はしてくんないの?」

「心配してほしいの?」

 

昨日負けた相手に

 

 

「役が決まった。」

ということは

次の作品に自分の役はない。

 

「仕方ないね。」

オーディションの日。特に理由もなくそこにいなければ、当然そうなる。

「自分は特別だと思ってた?」

嫌な笑い方だな。

〈特別〉なんて、オレには一番縁のない言葉だよ。

 

 

「別に、特に思い入れもないし。」

 

全国レベルの部活に凡人が飛び込んだ。そりゃ、楽なわけがない。体力も気力も全投入したってついていくのがやっと。実際ついていけてたのかどうかもあやしい。

けれど「必死にやった」という実感はない。「情熱」なんて言葉はどう振り返ってみてもあてはまらない。

英田の執念深い熱の入れようなんて、絶対にまねできない。サクラの……自分も周りも見えなくなるほどの没頭ぶりなんて、理解すらできない。

 

 

だからあれはあれ、これはこれ。自分のレベルでそれなりの努力でこなしていくことにしてた。無理はしないし、いちいち周りを見て焦ったりしない。別に部活に限らず、いつも通りの普通のこと。

 

そもそも紅時にそんなことを言われる筋合いはない。これまでさんざんサボっておいて、昨日行ったからって何を偉そうに。そんなんだから英田に役をとられて当たり前……

 

「……あ。」

「あ?」

違う。

「八つ当たり?」

「はあ?」

「英田をとられたような気がしてるんだろ。」

コレだ。

「サクラに。」

それで紅時はオレを道連れにしようとしてる。

不安とは認めたくないモノがあるのは紅時の方だ。

 

「何でイキナリそんな……」

そういや一つだけ、オレには〈特別〉な力がある……らしい。

 

根拠は何一つない。けど

「オレの『この手の勘』はよく当たるんだよ。」