ディひターの感想文

ディひターの感想文

読んだ本とかの感想を主に描いていきます。あくまで「主に」なので、ときどき他のことを書くかも。

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毘沙門天ゆるいこ氏の、『PLASTIC PRIDE』。

社会人百合6編から成る短編集です。
そういや百合の小説って読んだことなかったな。漫画はあるけど。



『プラスチックプライド』


教師と教え子の、いわゆる禁断の恋。
百合に限らず、教え子が先生への憧れを抱いて、進んでいく話はよくあるけど、教師側からの視点で語られるのは初めて読みました。
女性同士というのが(未だに残念ながら)禁断と言われる風潮にある中で、さらに恋愛関係に落ちてはいけないという間柄。二重の葛藤の中で描かれているストーリー。
5ページ下段の、"禁食。禁煙。禁酒。"の流れで、教え子の名前が『襟原』な件に意味があるのかな、と深読みしてしまう。

最後には物理的に離れ離れになり、関係性が変わるということで、ここから進展があるのかな、という予感を散りばめて、話は終了。
『プラスチックプライドⅡ』に続く、ということで。
このまま、語り手の教師はタイトルにあるプライドを抱きながら手紙を出していくだろうし、襟原にからかわれるような返事をもらい続けるんだろうな、と。



『我楽多酒房、宵の果て』


これを読んで、自分も小説を書くからだと思うけど、一人称について強く思うところがありました。。
女の子をメインで二人以上出す際に、二人とも『私』と呼ばせると、どっちがどっちか分からなくなりがちなので、片方を『あたし』にしたりする。
若者キャラやいわゆる萌え萌えな作品であれば、特徴的な語尾や言葉遣いで誤魔化せるけど、これは二人とも立派な社会人なので、苦労したんじゃないかな、と勝手に深読み。

で肝心の話ですが、居酒屋の設定が面白い。
おひとり様のみ、仕事の話禁止。自分も行ってみたい。普段はついつい仕事の話ばかりしてしまうから。

仕事ではいわゆる敵同士みたいな間柄でも、それを抜きにして話をすれば、意気投合するというのはきっとよくある話で、それを実現させてくれる『仕事の話禁止』設定が非常にありがたい。
お酒を飲んで仲良くなって、そのまま懇ろになるというのは、読んでいてまっすぐに「素敵だな」って思いました。
翌日も仕事で、ちゃんと関係性が弛緩したみたいだし。収まるところに収まったというイメージ。



『遠くまで』


傷心旅行モノ。
親友が『祥子』ということで、ここはちょっと読み方が知りたかった、とは思いました。『しょうこ』なのか『さちこ』なのか。ルビをつけると紙面のバランスに四苦八苦することになるんですけどね。
会話のテンポと食べ物と足湯の描写がリアルで、この6編の中で一番スラスラ読み進められました。

昔からの友達と一線を越えて、関係性が進んでいくというのは、王道にして至高ですね。ニヤニヤしてしまいます。
友達以上恋人未満という関係性が、一番ニヤニヤしてしまいます(二回目。



『双方向性カミングアウト』


デザイナーとその担当営業さんのお話。仕事の必死さが如実に表現されていて、百合とか関係なく胸が締め付けられる思いがしました。
そういえばこの話も、お酒の力を使ってますね。
本能をむき出しにさせるためのスパイスなので至極当然ですが。

鈴木ちゃんかわいい。一生懸命な小動物系でもあり、小悪魔みたいに強気なトコもあり、バリバリ仕事もできる。この二人は相性良さそうですね。


『四コマみたいなあたしの日常』


後半で相手方の視点からも語られるのが良かったです。
店長の態度の真相がちゃんと後半で明らかになれるので、読後感もさわやかでした。

他の話は恋に落ちていく段階の場面というのに較べて、この短編だけは付き合って暫く経過してからの話だったので、少し毛色が違いましたね。
連続して読むことを考えると、話の内容から考えるともう1~2本前に置いた方が少しアクセントになったな、とは。ただこの書き方がおそらく作者が一番決めたかったところだから、この順番なんでしょうね。

職場とプライベートで関係性が逆転するのも、恋愛モノの王道ですよね。これもニヤニヤしてしまう。



『プラスチックプライドⅡ』


『プラスチックプライド』の三年後。
手紙だけでやり取りしててからの再会なので、そりゃ二人の気持ちは盛り上がりますよね。
落ち着くべきところに落ち着いて、ハッピーエンドで良かったです。

最後の短編がこれで、本全体として綺麗にまとまっているなと思いました。




久々に綺麗な短編集を読みました。
短く話をまとめるというのは難しいので、私はつい笑いや痛々しさに走るんですけど、描きたいものを書けていて、とても読みやすかったです。

蒼山サグ氏『ステージ・オブ・ザ・グラウンド』読了。
このタイトルでBUMP OF CHICKENが頭に浮かんだ人は、きっと私と同世代。

電撃文庫でスポーツものって、いつ以来読んだんでしょう。
ひょっとして初めてかもしれない。
え、ロウきゅーぶ? あれはロリコンものです。

幼馴染と再会して、野球をもう一度始めるという、これ以上ないほどにストレートなストーリー。
ピッチャーの剣くんはストレート投げられないんですけど。

発売間もないので、あまりネタバレは控えますが。
スポーツものって字で表現するのが難しいところがありますよね。
そして文章量が決まっているから、チーム競技だと、一人一人を掘り下げるのが難しいです。
実際野球なら、自チームで最低9人は必要。
おそらくこの作品の野球部員は、25人ほどいる、と説明されています。
もちろん全員は出てきませんが、核となる5人がやはり1冊では限界かな、と。
今後も続巻が出れば、増えてはいくでしょうが。

197ページのせいで、一番盛り上がるシーンが読めてしまったのは、少しもったいないかもしれません。
その前に伏線は貼られていたし、247ページに持ってきても良かったのでは・・?

個人的には、162ページからの、幸斗と渚のやり取りにゾッとしました。いい意味で。
幸斗は理解できてなくて、渚の高校での振る舞いと考え方に。

トータル的にも、非常に面白い作品でした。積んでたのが勿体ない。
滝本竜彦氏のデビュー作である、『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』を読みました。
何も昨日今日読んだというわけではないのですが。『NHKにようこそ!』の作者の作品ということで手に取ったのが、今からもう10年も前の話です。
実際に手元の文庫本を開いてみると、『平成十七年五月二十日 八版発行』と書かれています。個人的に思い入れの強い作品です。


ストーリーを簡単に言ってしまうと(このブログでは各作品についてのネタバレを気にしません)、主人公である山本陽介は、セーラー服をまとった美少女、雪崎絵理と出会い、チェーンソーを振り回す不死身の男と戦う話です。
……うん、これだけだと何が何やら。
でもその、「何が何やら」こそが、この話の持ち味なのです。


次作の『NHKにようこそ!』で岬ちゃんが言うところの、「神様」こそが、この作品のチェーンソー男に匹敵するのでしょう。悪の象徴。悪めいたもの。倒すべき相手。
絵理ちゃんは家族を交通事故で亡くし、独りで暮らしている。夜な夜なチェーンソー男と戦いながら。父も母も弟も、何も悪いことをしていない。なのに何故、死んでしまったのか。
その理由を求めた結果が、チェーンソー男です。

「この世の中に、そんなわけのわからない哀しいことが起こるのは、どこかに悪者がいるからだって。どこかで悪者が悪いことをしてるに違いないって思ったの。その悪者は、たぶん悪者らしく黒い服を着ていて、切っても突いても死ななくて、アメリカのホラー映画みたく、チェーンソーでも持ってるんだと思ったの。そしたら、本当にいたの。その悪者が。チェーンソー男が。想像通りのチェーンソー男が、あたしの目の間に現れたの」

絵理ちゃんにとってのチェーンソー男は、悲しみの果ての怒りの矛先です。
哀しみに落ちた時に、人はその拠り所をどこかに求めます。もし彼女の家族が、事件に巻き込まれて亡くなっていたとしたら、彼女は犯人を捜して復讐するために仇討にでもなるか、或いは警察や検察官を目指していたかもしれません。しかし行き場のない悲しみ・怒りはどうすればいいのでしょうか。
彼女はチェーンソー男と出会うことができ、彼を悪者と見立て、戦いに身を置くことになります。


さてそんなチェーンソー男が偶然にも見えてしまった山本は、さて、チェーンソー男を悪者だとは見ていません。いや、「仮面ライダーに出てくる悪役」くらいの悪者には感じていたのでしょうが、実際に彼は何かをされたわけでもありません。
彼女の味方に付いたのは、怪しい男と一つ年下の美少女、という構図があったからに他なりません。女の子の味方をする、と言ってしまえばそれまでですが、事実それだけのことです。

だから彼は、チェーンソー男の正体にも興味が無い。本気で打ち倒そうなんて考えてもいない。頭にあるのは、絵里ちゃんにかっこいいところを見せたい、ということ。そして訳の分からない非日常に足を踏み入れている現実が、楽しいということ。それだけです。

親友である能登が亡くなって、ただただ無気力に日々を過ごしていた彼は、そうした非日常がいたく魅力的に見えたのでした。
だから二人で戦っている状況を、心から楽しんでいる。


最後の戦いで、山本にとってチェーンソー男の正体が分かる。「分かる」という言い方は語弊を招くかもしれない、「気づく」の方が正しいかもしれない。
絵理ちゃんにとっては、チェーンソー男は「倒すべき悪役」。そして山本にとっては、「楽しめる非日常」。
能登がいなくなってからの寂しさを埋めるみたいに現れたチェーンソー男は、向ける感情が違うにせよ、二人にとっては生きる拠り所だったのだ。


そして二人は、戦いに身を置く中で、生きる拠り所を、チェーンソー男の他に見つけることになる。それこそ、読まずとも言わずもがな。生きている中で、しあわせを探し、見つけることでしょう。


そしてすべてはこの一言に集約することができるでしょう。
「生きているオレが羨ましいだろう!」