金さんのこと | かけがえのないゴルフ人生

かけがえのないゴルフ人生

DGA(日本障害者ゴルフ協会)の事務局長をしています。お給料はなし、24時間のボランティアです。たくさんの素晴らしい障害者ゴルファーからもらう勇気と元気が活動の糧。障害者ゴルフの活動と日々見たこと感じたことを綴ります。

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3月に開催した第3回中国四国障害者オープンゴルフ選手権の会場に愛媛新聞運動部の宇和上記者が訪ねて来ました。

宇和上記者はこの大会に初めて参加した金潤煕 (キン・ユニ)さんを取材していると言い、「まだ記事になるかどうかはわからないんですが」と付け加えました。

私は記事になるかどうかも分からないテーマを追う新聞記者の心意気が個人的に好きで、一にも二にもなく取材を応援していました。

その記事が陽の目を見て、5月初旬、5回連載で愛媛新聞に掲載されました。楽しみにして読んだその記事は大変興味深いものでした。その概要をご紹介したいと思います。

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この大会で初めてDGAの活動に参加した金潤煕さんは愛媛県の出身。松山商業高校の主軸打者として甲子園の土を踏み、その後は川崎製鉄神戸で社会人野球に打ち込み将来を嘱望された選手でした。

当然、プロ野球のドラフトの対象にもなりましたが、在日韓国人の彼が日本名の使用を断るとプロ野球からの誘いはこなくなったそうです。金さんは幼い頃からお父さんに「民族としての誇りを持て」と教えられていたので、本名で通したかったのです。

プロ野球への挑戦を諦めなかった彼は自由の国アメリカに新天地を求め、マリナーズに入団しました。活躍が期待されましたがそこでも在日韓国人という立場がよく理解されず、就労ビザが下りなくて、結局は解雇されてしまうのです。やむなく野球を諦めて帰国。故郷で自営業を営んでいました。

2年ほど前、38才のある日、金さんは突然意識を失って倒れ、気がついた時には身体が全く動かなくなっていました。

急性散在生脳脊髄炎(ADEM)という難病。数万人に一人の割合で発症する怖い病気です。約1ヵ月の間、病院を転院し、何とか命はとりとめましたが、スポーツ選手としてならした運動機能は無惨にも破壊されていました。絶望・・・社会復帰のイメージもわかず閉じこもっていました。

そんな金さんを励まし続けたのが婚約者の島本亜依さんでした。金さんは島本さんのためにも生まれ変わった気持ちで立ち直ることを決め、リハビリも兼ねてゴルフを始めました。

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金潤煕さんのゴルフは独学だそうです。しかし、どこにも力の入らない、いいリズムでクラブを振っています。

聞けば、ベン・ホーガンに心酔し、著書を読みながらスタンス、グリップ、姿勢などホーガンの教える基本に忠実にスイングを構築してきたそうです。

「いいゴルフをするのに本当に必要なのはほんのわずかな基本的動作をすること」とホーガンはいい、身体の動きに制約のある金さんは勇気づけられたのです。

実はベン・ホーガン自身も交通事故で怪我をして障害を抱えていたようです。このことは金さんに聞くまで私は知りませんでした。

もちろんホーガンの基本を実践したからと言って、誰もが金さんのようなスイングが出来るわけではなくて、彼のスポーツ選手としての経験とずば抜けた運動能力が味方しているとは思うのですが。

昨年11月頃からはお友達とコースに出られるようになりました。そして第3回中国四国障害者オープンゴルフ選手権があることを知って参加することにしたのです。

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婚約者の島本亜依さんと金潤煕さん。

金さんは初参加とは思えない素晴らしいスイングで、スコアも88(45 43)と立派なもの(総合順位5位)でした。もっともご本人は不満なようでしたから、むしろこれからの進歩が楽しみです。

「ゴルフ」が絶望の縁にあった、難病のスポーツ選手を救った実話。やっぱり「ゴルフは素晴らしいスポーツだ」と思わせるいい話しです。

(この記事は愛媛新聞の記事を参考にして書かせていただきました)