週刊ポスト 9月2日号に


大変興味深い記事が 載っていました。


皆様に ご紹介したいと思います。


(以下 週刊ポストより)



「反小沢」 は 「日本の歪んだ民主主義政治の象徴」 


と喝破するのは、


長年にわたって 日本政治を研究してきた


カレル・バン・ウォルフレン氏 (アムステルダム大学教授)だ。


官僚と大メディアが 血道を上げる 「小沢抹殺」 の


背後には 何があるのか。



私は(ウェルフレン氏) 30年以上にわたって 日本政治、

 

そして 日本と国際社会との 関係を 取材・研究してきた。


その立場から 自身を持っていえることは、


現在の日本は、 民主主義国家としての命運を


左右する 重要な転換期を 迎えているということである。



その最大のキーマンが 小沢一郎氏だ。


私は 現在の日本政治において、 


本当の意味での改革を 成し遂げられるのは


彼以外に ないと考えている。




しかし、 民主党の代表選が いよいよ始まろうとしていた時、


小沢氏に対して 再び 官僚や新聞・テレビメディアによる


攻撃が強まっている。


私は 『誰が小沢一郎を殺すのか?』 (角川書店刊)


の中で、 繰り返される 「反小沢キャンペーン」 が、


いかにアンフェアで 悪意に満ちた 「人物破壊」 を


目的としたものであるかを 論じた。




もちろん 他の国でも、 政敵に対する


ネガティブキャンペーンは ある。


だが、 小沢氏に対する攻撃は 93年の政変(※1)以来、


18年の 長きにわたって 続いてきた。


これほど長期にわたって 個人を標的にした 「人物破壊」 は


世界に類を見ない。




日本では 少しでも 小沢氏を 擁護する発言をすると、


大メディアから 「小沢の犬」 という評価を受ける。


それ故に 日本では、 「小沢支持」 を堂々といえる


知識人が 現れない。




断わっておくが、 私は94年以降、


小沢氏とは ほとんど会っていない。


むしろ、 会った回数でいえば 菅首相や


鳩山由紀夫・前首相の方が はるかに多く、


何度も 議論を交わしており、 政治的にも 私は


〝小沢サイド〟に 立つ人間ではない。


私が訴えたいのは、 検察と大メディアによる 小沢氏への


「人物破壊」 は、 一政治家のスキャンダル報道に


とどまらず、 日本の民主主義を 後退させる


ものである ということだ。




私は昨年12月に 日本に滞在した時、


小沢氏を支持する一般市民が 検察への抗議デモを


広範囲に行っていた。 だが、 新聞、 テレビは 


それを決して 取り上げなかった。




また、 去る 7月28日に行われ、 約10万人が


インターネットで視聴した 小沢氏と私の対談も、


大メディアは 完全に無視した。


その場で 小沢氏は 「官僚主導の政治から、 


政治家主導、 国民主導の政治に 変えなくてはならない」


「その代り、 国民の代表である政治家は


自分自身の責任で 政策を決定、 実行しなくてはならない」


と語った。 しかし、 そうした 重要な発言も、


メディアが報道しなければ 国民の政治的現実とはならない。




逆に、 些細な政治上の出来事が 過大に誇張されて報道された場合、


それは 重要な政治的現実として 国民の脳裏に焼きついていく。


一昨年以上 続けられてきた 「小沢資金疑惑」 の報道ぶりは、


小沢氏が 国家への反逆行為を 起こしたとか、


あるいは 凶悪なレイプ犯罪を したかのような


暴力的な 書き方だった。




しかし、 読者は 新聞記者が書いた意見を、


自分たちも持つべきだと思い込むようになる。


強大なメディアは こうして情報を独占し、


〝政治的現実〟を作りだして、


国民世論に 重大な影響力を与えてきた。




なぜ、 小沢氏に対して 異常な 人物破壊が繰り返されるのか。


それは 小沢氏が過去18年間にわたって行ってきた


政治行動が理由にある。


小沢氏は 政治改革運動を掲げて 93年の政変を起こした。


他の先進国では、 国家の目指す方向を決定することが


政治家の役目であると 当然のように見なされるが、


日本では そうは見られない。


政治権力を握っているのは 官僚だからである。


小沢氏の行動は、 国家の代表である政治家が


統治する政府をつくろうという試み、


それが 国民に抜本的な政治改革の必要性を 認識させた。




だが、 政治のシステムを 抜本的に変えようとすると、


官僚、 政治家、 大メディアなど従来のシステムの


中にいる人間たちは、 自らの既得権が 脅かされることへの


恐怖感を持つ。


日本の背後にいる アメリカにとっても それは同様だ。




そのため、 政権交代が 現実味を帯び始めると、


小沢氏が率いる 民主党に対する 妨害が始まった。


民主党が 自民党と違う行動を取ること自体、


彼らには 脅威である。 これが 現在も続く


検察・大メディアによる 執拗な 反小沢キャンペーンの


背後にある 力学である。




そして 民主党は 09年の総選挙で 政権を取った


にもかかわらず、 官僚とメディアによる 恫喝に屈した。


私は 日本で最初に出版した


『日本/権力構造の謎』 (早川書房刊)で、


日本の 政治システムにおいて そうした 「脅し」 が


機能していると述べたが、 民主党へのそれは、


まさに 国民の代表者に対する 恫喝だったといえる。




現在の首相せある菅氏も、 かつては官僚ではなく


政治家が 国を主導すべきだと 強く主張していた一人だ。


薬害エイズ事件で 厚生官僚を相手に戦い、


人気政治家になった彼も、 スキャンダルに


見舞われて 失脚した経験を持つ。


その菅氏が 首相になった途端、


「脱小沢」 路線をかかげて 改革の同志を遠ざけ、


メディアから脅されているかのような兆候が見え、


私は 非常に落胆した。


恐らく菅首相は、 そうした立場をとれば


メディアが自分を応援してくれるだろうと思ったのだろう。


が、 結果はどうなったかといえば、


メディアの論調に乗ってしまった結果、


党内の結束は乱れ、 改革は挫折し、


彼にとって何ら得るところはなかった。


こうした流れを民主党がかえることはできるのだろうか。





答えは イエスである。


有能な政治家を 抹殺しようという動きが


いかに愚かなことかを 知らしめるため、


国民の 代表だる国会議員として 


まとまった行動を 取るべきだ。



そのためには、 小沢氏本人の行動も重要となる。





現在の小沢氏は、 非常に難しい状況にある。


どんな行動をしても メディアから


否定的な解釈を 受けるだろう。


主流のメディアは これまで同様、


しばらく 出ないようにして、


ネットメディアなどで 発信するしか方法がない。




おそらく小沢氏は、


大メディアに対して 怒りを感じているだろう。


しかし、 政治家としては その怒りを表すべきではない。


小沢氏に必要な行動は、 国民と民主党の議員たちに


政治改革の原点を 冷静に説くことしかない。


実際、 私との対談での小沢氏は 実にチャーミングであった。





彼は党内の誰よりも、 民主党の力学を 理解している。


幹部たちの 強みも弱みもよく知り、


自分の大局的なビジョンに どこから反対の声が


上がるかも わかっているはずだ。





日本の政治を 官僚の手から取り戻すという


民主党が 掲げた改革は、


こうした 辣腕政治家にしかできない。


菅首相、 前原誠司氏、 岡田克也氏といった、


官僚やメディアの顔色を うかがうばかりで、


政治の方向性を 打ち出せない 政治家の主導下では


それは 期待できない。


小沢氏は それができるのは もはや自分しかいないと


自覚すべきである。





ただ、 その小沢氏が 党内で力を発揮する体制を


つくるために、 民主党の議員たちには、 


告訴を取り下げさせて 小沢氏の裁判を やめさせる行動を


取るべきだと 提案したい。





そんなことをすれば 大メディアは、


「司法への政治介入だ」 と批判するだろう。


だが、 それに対して 民主党議員たちは、


「我々は 国民に選ばれた 選良としての


権威を行使し、 官僚による間違い、 


司法による行為を 止めなければならない。


政治を統治するために 我々が必要とする人物を、


馬鹿げた理由で 転覆させようとする


あなた方こそ 腐敗している。」


と反論し、 国民に判断を 委ねればよい。




9月には 小沢氏の元秘書の 裁判の判決が出る。


一昨年の12月、 検察が 「小沢氏が有罪だという 証拠はない」


といったにもかかわらず、 朝日新聞は、


「有罪の証拠が 十分でないことと、 


有罪でないということとは違う」


という趣旨の論説を書いた。


これは メディアの傲慢さ そのものである。




検察や大メディアは、 小沢裁判の判決が


彼らに 不利なものであったとしても、


小沢氏が 脅威であることに 変わりはないから、


批判を 止めないだろう。


彼らは 55年体制の 古い政治システムを守るために、


民主党が 「もうひとつの自民党」 になることを望んでいる。


民主党の 反分の人たちも、 未来の 民主党の目的である


「政治主導」 を忘れているように 思える。





一方で 民主党には 高い意識を持った議員も多い。


仮に小沢氏が 今度の代表選に出られないとしても、


「政治主導を進めるべき」 と主張する 政治家は 出てくるだろう。


だが、 ここで 小沢氏が 検察と大メディアの望む通りに


日本の政治から 完全に排除された場合、


政治主導の 志を持つ誰が 民主党の代表になっても、


同じことが 繰り返される。





官僚と メディアの暴走を止め、


日本で始まった 新しい政治を定着させるのは


今しかない。 


日本の国民が 選挙で選んだのは 政治家であって、


検察や大メディアではない。





小沢氏は 私との対談で、


「現在の 総無責任状態が続くと、


日本には 永久に 民主主義が根付かない」 と語った。


その意味でいえば、 国民の代表者 (小沢氏) に対する


官僚や メディアの抹殺行為を 終えさせること。


それが 日本人と民主党議員に 課せられた 「責任」 なのである。



皆様は どう思われますか?



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