After World's End ~ウォーゲーム~
『1』か『0』か。
それは裏か表かということに良く似ている。それは在るか無いかということに良く似ている。
俺たちが良く使うコンピュータも『1』か『0』かということを使っていて、この世界も一番初めには『1』か『0』かが重要になってくる。
何を考えるにしても、何を定義するにも、在るか無いかが問題だ。
無いものをいくら考えても証明はされず、無いものを定義したところで信用性は無い。
『0』に何をかけたとしても結局答えは『0』。
何も無い。
俺の目の前で起きているこの惨劇ははたして『1』か『0』か。
答えは『0』だった。
何をかけたところで『0』だったはずの可能性にメアリーという新たな存在、ウイルスという脅威が乗算ではなく加えられたということなのだろう。『0』に何をかけても『0』であり続けるが、そこに加算されたとき、それは変化する。
そう。
何を考えるにしても、何を定義するにも『0』に対してでは意味を成さないが、『0』の事象に対して『何か』を加え、対象を作り出せばいい。もとは『0』であってもそこには『何か』がある。
俺の中に未完成のパズルがあったとしよう、完成することのないパズルの一つ一つのピースはほとんど隣り合うことがない。
目の前で起きた事故、メアリーというコンタクトアクターとの出会い、ウイルスの発生と感染拡大。
非日常的なこのピースはばらばらだった。俺という枠の中で隣り合うことの繋がりあうことのないものだと思っていたが、今そのピースがそれぞれ繋がるようにはまっていく。ぴったりと寄り添うように……。
「メアリー、今目の前で起きていることは現実か?」
「カメラ、周りに向けて……」
俺は携帯を耳から放して、カメラで取るように周辺を映す。
橙と赤の中に黒が混じる気持ちの悪い世界がそこにある。火と煙、車と人、救うものと救われるもの。
一つ一つをゆっくりとかみ締めるように見ながら携帯を持ち上げあたりを確認していき、ある程度見せた後、再び耳に携帯を当てる。
「これは現実か?」
「……YES」
メアリーはたった一言。その一言を少しの間を空けて、ためらうかのように俺に突き刺す。
「帰るぞ」
俺はそういって歩き出す。地下鉄は使えないと聞いた。自転車も今はない。まともな道もない。まるでどこかの戦場のような風景を俺は足早に歩く。何も見えない、何も聞こえていないように思えるだろう、「助けてくれ」という声や苦しそうなうめき声、ブレーキの甲高い金属音と人の悲鳴。まだ聞こえる壊れたクラクションの騒音と野次馬や救助に来た人の喧騒。俺は全てを無視して歩く。歩きながら俺は強い口調で言う。
「帰ったら聞かせろ。ウイルスについて」
「わかった」
確認の声を聞いたところで俺は耳から携帯を放しパチンッと閉じる。壊れるのではないかという力で携帯を握り締めたまま、俺は真っ直ぐメアリーのいる家へと向かうことに集中した。