☆ 日本経済新聞11月24日朝刊の「法務インサイド」(法務報道部 前村聡記者)は興味深く,また読み応えのある記事だった。記事そのものも面白かったのだが,そこに引用されていた「商事法務」誌のコラムを見つけたので,読みながら感想を書いてみたい。また,それに続いて「法務インサイド」で紹介されている早稲田大学上村達男教授の意見にも考察を加えたい。
(資料)旬刊「商事法務」No.1846(2008.10.25)スクランブル
「カネボウ事件東京高裁判決とTOB規制」
(要旨)
・東京高裁判決がM&A業務の実務家に与えた影響は以下の諸点である。
①金融庁の解釈を突如として覆した点
平成18年改正前の旧証券取引法において,上場会社が発行する株券等を市場外で買い付ける際,TOB規制に関する適用免除の例として「株主数が25名以下の種類株」かつ「株主の全員が同意している場合」は,その会社の発行する全部の株式を対象にTOB(公開株式買い付け)を実施する必要はなく,売り主と買い主の相対(市場外)で株券等の譲渡(=売買)を行ってもよいとする例外規定の適用を否定した。
②強制公開買付規制の適用免除(上記説明参照)が受けられない場合,買い主は①の種類株以外の株式を所有する他の株主全てに対してTOBで買い取りを勧誘しなければならないと暗に示した。
③よって買い主である投資ファンドは原告である一般の株主に対して,①の株式相対取引に参加できなかった原告が被った不利益分(相対取引での売買価格と原告が実際に売却した金額との差額)の損害賠償義務を負う。
・この判例には以下の問題点がある。
①について:判決文中の「株券等」の解釈をめぐる内閣府令と証取法施行令との間に矛盾が生じうるという指摘(極めて法技術論的なもので内容は省略する)
②について:前記①の矛盾点により,これも証取法施行令に反する
③について:それまで適法と解されてきた行為についてたとえ裁判所がそれを法令違反と解する場合でも,過失まで認定することは過去の最高裁判例に触れる(反する)疑いが濃厚である。
・最近の東京高裁の判断は,M&Aの実情にあまりにも理解が薄いのではないかと疑われるものが散見される。このような状況が続けば,司法制度について無理解な一部の経済人や有識者が最近主張している「金融裁判所」設置論にも道を拓くことになりかねないと強く懸念される。
☆ 実務家としてこれを読んだ時,納得出来る部分も少なくない。筆者はYMY氏とあるが「曖昧」のこじつけだろうか?ここでの問題点は,一度実務的な解釈基準まで作りあげたものを司法が簡単に反故にすることへの怒りのようにも思えるが,そうした感情論的な部分を差し引いても傾聴に値する。
☆ 問題点を強引に凝縮すると「株式」あるいは「種類株式」とはどういう地位にあるのかというところに帰着する。比喩で言うところの「お金には色はついていない」とは異なり,株式には種類がある。それは出資の方法を多様化する目的からといえる。株式はまず資本を出資する者がいて,出資した資本の持分という形で表される。これが普通株。普通株にはバランスシート上の剰余金の分配を受ける権利(配当を受ける権利と会社を解散した時に残余財産の分配を受ける権利)と会社の運営に関与する権利(簡単に言えば株主総会で議決権を行使する権利)とがある。後者はいわゆる「会社の支配権(支配証券)」であり,普通株式の正当な所有者である株主に固有の権利である。
☆ この普通株に制限を加えたり,権利を書き換えたりして作ったものが「種類株」である。支配証券としての「種類株」中,最強のものが「黄金株」であり,「黄金株」をもつ株主がいる会社では,その他の株主の権利は少数株主の権利にほぼ等しい(専ら分配を受ける権利に限定されているに等しい)。一方「支配証券」としての機能を弱め,「分配」に重点を置いた「種類株」もある。例えば「優先株(優先出資証券)」がそうだ。このように株式には「普通株」と「種類株」が存在する。言い換えれば「いろんな色のついた株式」がある。
☆ これを前提に議論を進めれば,本来違うものであるはずの「種類株」に等しくTOBをかけろという東京高裁の判示は,M&A実務家の立場からすれば「暴論」以外の何でもないということになる。つまり彼らの立場で言えば「何のためにわざわざ「種類株」を発行したのか?」ということになる。
☆ ちなみに最初に引用した日経新聞記事でも金融庁の「例外解釈」(以下の場合にはM&Aにおいて全株式を対象にTOBをしなくてもいい)についてこのように紹介している。
> 金融庁も「例外規定」の解釈について「異なる種類の株券がある場合には,種類ごとに25人未満(の全員の同意によりTOBをしなくてよいという解釈)であればよいか」という質問に原則として「株券の種類ごとに適用を受ける」としている [引用中()内は筆者追記] 。
=続く=