帰郷

「チッ、チッ、チッ、チッ」
「カチッ」
「ジリリリリリリ!」
「リリリリリリリ!」……
「バチッ!」
 けたたましい音を鳴らし安眠を妨げるその物体を、布団から伸び出た右手が叩くようにしてその機能を停止させた。
 この目覚まし時計は一種の保険としてセットしていたもので本来鳴るはずは無い、起床すべき時間には携帯電話のアラームがセットされおり、外出する準備を済ませた俺が、鳴る前にこの目覚まし時計は停止する予定……だった――。
 寝坊したのである。
「ふぅ」
 小さくため息をついて
「やっぱりな」と思いながらベットから体を起こしていく。
 この目覚まし時計は上京してすぐに購入した物で、毎日では無いがここ4年の間、必要になる度に
「携帯電話アラームと目覚まし時計の2重セット」を試しているが、一度も携帯のアラームで目を覚ましたことは無い。
 ベットから体を起こしたところで今さっき叩いて止めた目覚まし時計を覗き込んだ。10時00分……10時01分
 ちょうど覗き込んでいるところで1分経過した、分針が進む事で目覚まし時計が壊れていないのを確認し、ベットから抜け出して外出の準備を始めた。
 歯を磨き、ひげを剃り、顔を洗い、タオルで顔を拭き、手早く着替えを済ませる、財布の中に新幹線のチケットが入っていることを確認してポケットに詰め込み、ベットの脇に落ちている携帯電話を拾い上げ時間を確認した。10:26
 寝坊はしたが予定通りである。
 玄関に出て、靴を履き、下駄箱の上にあるキーホルダーを拾って部屋を出て鍵を閉めた、エレベータの前まで廊下を歩き、[↓]ボタンを押して、また時間を確認した。10:29
「10時29分、、、駅に着いたら45分、、50分発の電車に乗って11時半には東京駅に着いて、」と、
 頭の中でスケジュールを組み立てながら新幹線の時間には間に合う事を確認していく……エレベータに乗り込み、12階にから1階につき、マンションを出る頃には、十分な余裕をもって新幹線には間に合う事は確認し、お昼ごはんをどうしようか、などと考えながら駅までの道のりを歩き始めた。
 上京してから、初めての帰省、なにか気の利いたお土産でも買っていこうかと思っていたが、目を覚ました瞬間にその予定は脆くも崩れ去っていた、元々予定通りに行動するのは苦手で、特技も無い俺が、歳不相応なこのマンションの最上階に住んでいるのは幸運でしかない。
 
 ――4年前、就職で上京したがいい加減な性格なため、上司からの評価は非常に低く、入社して1年が経過する頃にはフレッシュなお荷物社員となっていた。
 そんな俺が仕事に熱を入れることができるわけも無く、時間ギリギリに出社し、定時に帰る、家ではTVかパソコンを見ているばかりの生活を続けていたが、ある日からネット上での株式売買を始めた。
 始めのうちは、ギャンブル感覚で、知識がある人から見れば殆ど適当な売り・買いをしては、上がり下がりする数字に一喜一憂していたが、経済に(というより学業全般だが)造詣が深いわけでもない俺が、そんな事をしても儲かるわけはなかった。
 当然のように生活は苦しくなり、仕事にはますます手がつかなくなり、家賃を滞納し、会社を退職(実質クビだが)したところで覚醒した。
 経済新聞、ニュースを洩れなくチェックし、取引の際に妥協は一切しない、毎回絶対の確信を持って取引を行い、予想と違う動きがあった場合は原因を分析し即座に軌道修正。
 後が無かった俺は死に物狂いでそれを続け、パソコンの前で机に屈するように眠りに付き、悪夢にうなされて目を覚ます事も少なくはなかった。
 悪夢のほとんどは、大きな損失を出して自殺するというパターンで、自殺の方法は様々、飛び降り自殺の時は
「ビクンッ」と、足を急に伸ばして目を覚まし、机に伏せて寝ていた俺は足の指を机に強打し、小指の骨を骨折した事もあった。
 退職してから1年経が経ち、悪夢を見る頻度が減ってきた頃には預金残高が見たことも無い数字になっていた。
 必死でやっていたとはいえ、小さな損はあったが、大きな損は無く、今思い返してもここまで勝ち続けて来れたのは幸運としか言い様が無かった。
 今では資産の殆どを手堅い証券に充てて、生活に最低限必要なお金だけを手元に置いて生活している、身寄りも無く物欲もあまり無い俺にはこれで十分だった。