きつねのはなし
森見 登美彦
 森見登美彦の新刊「きつねのはなし」の読んでふと思い出したことがある。
少し前、近所できつねを見たと大騒ぎになった。どこからやってきたのか知らないが、民家の植木鉢や家庭菜園を荒らしたらしい。犬やねこの仕業だったら、それほど問題にはならなかったが、きつねということで、なにか化けてでるのではないか、悪いことが起こらなければよいのだがと心配したことがあった。きつねは神社にも祭られる神格化された動物で、どちらかといえば縁起はよくないほうである。へびなど崇拝される動物たちのなかでも、きつねは狐の嫁入りといわれるように美しさをもちながら、奇妙で薄気味悪い。
 この物語の妖異性は、随所に登場する狐の面の存在でより引き立っている。端整で美しい筆致のなかでも美しくもあり妖しくもある物語に仕上げた完成度の連作の短編奇譚集。「太陽の塔」で注目の集めた森見登美彦の成長がうかがえる傑作。
 森見デビュー以来、一環して京都を舞台に書く作家である。こっくりさんをはじめとしたきつねの百物語も京の都市伝説からはじまったとするならば、森見のこの作品は決して作り話ではないような予感がする。身が震え上がるような恐怖ではないが、なにか不気味悪い読後感が残る。新潮社のキャッチコピーがうまいのでそのまま使うが、ここに平成の泉鏡花が誕生した。