おはようございます!
なんとあわただしく過ぎたこの10月。
音楽畑に限らず、芸事で食べていくのは、「やえこっちゃねえ」
大変です。
ピアノ弾きもゴマンとおりますが、実際演奏だけで商業ベースに乗って活動できているピアニストは、中村紘子さんだけじゃないかとも、言われております。
私もご多聞に漏れず、到底教えることでは食べていけず、兼業をしております。
が、前の職場を1月に解雇になり、ずっと職を探しておりました。
9月に今の職場にご縁があり、10月から働き始めました。
初めての環境に、慣れないことだらけ、先輩たちにひとつひとつ、丁寧に教えてもらって、本当にありがたいです。
こうやって、自分の口を養うことを考えると、世の中には、芸事なんて何の足しにもならない、なんて平気で口にしてくれる人たちがいたりします。
でも、これって矛盾に満ちた、浅はかな発言だということ、ちょっと考えればわかります。
だって、人間だもん。
動物なら、芸事なんて必要ないし、考えることもないでしょう。
芸事には何の意味もないなんていうなら、どうして、字を習うんでしょう。
なんで、使いそうもない微分積分や、古文の文法を、学校で教えるんでしょう。それこそ、腹の足しにもなりそうにないことじゃありませんか。
ものすごく確率の低いプロへの道なのに、どうしてわざわざ子供たちを、野球やサッカーのチームに入れるんでしょう。
「そんなことしてなんになるの」
こんなことを言う人間は、きっと、何かにすべてをかけて打ち込んだことがないのではないかと、思うのです。
確かに、楽器でもスポーツでも、きついし、苦しいし、段階が進めば進むほど、難しさもわかってきて、レベルアップするのにものすごく時間も、労力も、情熱も、必要なパワーはとても大きいものですよね。
浅田真央ちゃんや、石川遼くん、宮里藍ちゃんだって、あれだけの成績を出すために、ものすごい時間をすでに訓練に費やしているじゃありませんか。
もうものすごい大変で、目標を現実にしたいがために、やっぱりみんな「苦しい」思いを味わう時間のほうが、圧倒的に長いでしょう。
でも、だからこそ、楽しい!!いろんな工夫そして、ない知恵を必死に絞って、ああでもないでもないと、何でこんなことやってるんだと自問自答しながらも、やっていく。
何でこんな苦しいことやっているんだろうな、と時々思いたくなるのをぐっとこらえて、目前のメニューに集中していく。高い目標を、必ずクリアすると信じて、ただ没頭することに集中する。
するとね、ある日、抜けるんですよ、トンネルから!!ぽんと、段階があがるんです。
パーッと視界がにわかに開けて、「あっここが私には足りなかったんだ!!」と、涙が出る瞬間がくるんです。
真央ちゃんや遼くんや、藍ちゃんにとっては、今は、一つ一つのタイトルを取ることでしょうし、人生の到達点、理想は、もっともっと高貴で遠い遠いすばらしいものなのでしょう。
今日を必死に生きることで、明日につながっていく。
だから、何事も、やめるのもったいないと、細々とでも、続けようと、思うのですよ。
ピアノ弾いてなんになる。踊りを習って何になる。そんなこという人は、人間やるのもめんどくさいと思っているのではないかと。
ピアノは、一年に何回かしか、人様のお役に立てている実感がないのですが、まあ、こんなものです。日々の生活というのは。
報われるためにやっているわけでもないし、芸能人じゃないから目立って、売れるのが目的でもない。人様のお役に立って、喜ばれるとありがたいけれど、ほめられたいと思ってやるのはそもそも心得違いなんだと。以前は、すっと人に認められることにあこがれていましたが、そもそもその姿勢が、間違っているんだなあと。
よく芸は身を助けるといいますが、それはやっぱり、己の口を養うということから見れば、それは芸能界のスターたちの日々でしょうと。
今ようやくいえるのは、生きるがために、芸事をたしなむのが人としては一番よいのじゃないかということ。
鈴木先生は、楽器を通じてこのことを教えたかったんですかねえ。
とにかく、朝が来たら、人としての一日をはじめなくてはいけません。楽しかろうが、苦しかろうが、大切な一日。
昨日もなく、明日もなく、「只今」に、生きる。今できることを、精一杯こなしていく。
この姿勢こそが、私にとっては、「芸は身を助ける」ということなんだなと、ここにきて思うのです。
感謝です。
では、続きはまた次回に。
今日も、いい日(^^)