1490年、聖女マッダレーナの日、10歳のジャコモ(サライ)が来て私と共に住む。。
泥棒、嘘つき、頑固、食いしん坊。。。
二日目にジャコモ(サライ)の下着2枚、靴下1足、上着1着を作らせる。代金として取っておいたお金を財布から盗む。確信はあるのだが、彼に白状させるのは一苦労。。。。
~ダ・ヴィンチのノートより~
現代でいえばまさに飛行機、ヘリコプター、自動車、戦車、船、ロボット等など、今まで実に様々な発明をして人々を驚かせてきた万能の天才レオナルド。しかし、さすがに今日は落ち込んでいた。
「人力を超えた強力な動力がなければ、私の発明もしょせん絵に描いた餅だ!」力任せに机に叩きつけられた手稿が薄暗い部屋の中を舞った。長い間かけて書き留めた図面やメモ達が、今はすっかり色あせて感じられる。
昨日行われたミラノ公国の実力者、ロドヴィコ・イル・モーロ公爵との話し合いでも散々な言われようだった。「人力で動かす戦車など、だいたい馬よりも早く走れるのかね?すぐ敵に囲まれてしまって、周りの歩兵はおろか、中の兵隊どももとても安全とは言えない!まったく何をやっているんだね。君は芸術家なんだから訳の分からない発明などにうつつを抜かしていないで、さっさと騎馬像の製作に取り掛かってくれたまえ!いったい何年待たせるつもりなのかね!!」
ロドヴィコ・スフォルツァ(イル・モーロ)公爵
ゾロアストロやアッタヴァンテを始めとする、より抜きの弟子達が忙しく働くアトリエを通り抜けて、レオナルドは石畳の通りに出た。人々で賑わう広場に夏の日差しが降り注ぎ、正午を知らせる鐘の音が鳴り響く。この街には8年前、レオナルドが30歳の時にやって来たのだ。そしてイル・モーロに仕えながら「白テンを抱く婦人」「岩窟の聖母」といったミラノ中の評判を呼んだ傑作を生み出してきた。
この頃、ドイツのグーテンベルグが発明した印刷機のおかげで人々は本を読むことが出来るようになり、スペインから出発したコロンブスが新大陸を発見するという、これまでの常識くつがえす大きな出来事が起こった。また一方では芸術家ミケランジェロやラファエロ、天文学者コペルニクス、宗教改革のルター達も大人になる準備を始めていた。変化への大きな期待感で活気づいたルネサンス時代の光景が広がっている。
「この泥棒め!待たんかーっ!」広場の向こう側で声が響いた。次の瞬間レオナルドの体にドンっと衝撃が走り、悪戯っぽいきれいな目をした子供と目が合った。その瞬間、レオナルドは反射的にその子供の手を掴んでしまった。「レオナルド先生、そいつを捕まえてください!店の野菜を盗んだんです。」「離せよーっ!」「こら、暴れるな!盗った物を出しなさい!」「盗ってないよーっ!」レオナルドはこの子供の脚を持ち上げると、一気に逆さまにして揺すり始めた。すると子供の服から野菜がごろごろと転がり出した。「これでも盗ってないというのかね?」あっけに取られた子供にレオナルドが問いかけた。「見慣れない顔だな。それにその服装、いったいどこから来たんだ?」「未来から。」「何だって?」「この嘘つきめ!」店の主人は吐き捨てるように言った。「先生、こいつはさっきから自分は未来からやって来て、その国には自力で走る馬車や鉄で出来た鳥のような乗り物があるとか何とかホラばかり吹くんでさ。そのうち野菜を取って逃げ出しやがったんです!牢屋にぶち込んでやる!」「まぁ、待ち給え。とりあえずその野菜は私がもらうとしよう。行くぞ。」店主に素早く小銭を手渡すと、レオナルドは子供の手を引いてアトリエに連れ帰った。
「さっき店主が言っていた、自力で走る馬車や鉄の鳥ってどういうことだね?」レオナルドはこの不思議な子供の目を覗き込んだ。「自動車はね、タイヤが四つ付いていて、光るライトが付いていて、人を乗せて街の中を走るんだ。街には沢山の自動車が走っているよ。そうだ、絵を描いてあげるよ。」傍らに落ちていた紙を拾い上げ、子供は赤チョークで描き始めた。一見現実離れしたその下手くそな自動車の絵を見ているうちに、レオナルドは妙なリアリティを感じるのであった。「なるほど。では鉄の鳥も描いてくれないかな?」「いいよ。飛行機はね、こうやって鳥みたいな大きな羽が付いていて、ここに大勢の人が乗れるんだよ。すごいスピードだから海の向こうへだって一日で飛べちゃうんだ。」「この筒みたいなものは何かな?」「それはエンジンだよ。エンジンがあるから飛行機は高い所をとっても速く飛べるんだ。仕組みは良く知らないけど自動車にも付いてるって。そうそう、エンジンが付いていなくて、自分でこぐ自転車っていう乗り物もあるよ。こうやってペダルにつながったチェーンでタイヤが回るんだよ。」レオナルドは無言のまましばらくそれらの絵を眺めた後言った。「ところで君の家はどこなんだね?そろそろ帰らなくては。パパやママが心配しているだろう。」「分からない、ぜんぜん思い出せないんだよ。名前も思い出せない。。。」子供は今にも泣き出しそうな顔をしている。「そうか、今日はもう遅いからここに泊まっていくと良いだろう。」
アトランティコ手稿fol.133vに残された自転車のスケッチ
突然現れた奇妙な子供の寝息を聞きながら、レオナルドは蝋燭のほのかな灯りが照らし出す漆喰の壁を眺めていた。「エンジンか。悪くないアイディアだ。」
翌朝レオナルドはその子供の服を作らせに広場に出掛けた。代金を払おうとして財布を取り出すと、中にあったはずのお金がないではないか。「こらーっ!人のものを盗むのは悪い子だぞ。返しなさい!!」しぶしぶお金を返す子供を見ながらふと閃いた。「そうだ、良い子になるまでは、おまえをサライ(物語に出てくる小悪魔の名)と呼ぶことにしよう。」
続く…

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