謁見の間を出ると、レインはキサラギにある部屋へと連れて行かれた。その部屋に、レインは見覚えがあった。そこは、以前、エルミが捕らえられていた部屋と、同じ造りの部屋だったのである。
 そのため、レインは首を傾げてしまった。さらに、そこには医者が一人おり、寝床にレインを寝かせると、その医者はレインの怪我の治療を始め出した。
(……?)
 レインは余りの驚きのために、抵抗する事もせずにそれに従った。そして、レインの怪我の治療が終わると、今度はレインの元に食事が運ばれてきた。
「おい! 一体、何の茶番だ?」レインはその食事に惹かれつつも、それを運んできた召使いの腕をつかみ取った。
「え? へ……、陛下からの御達しで……」召使いは恐怖に震えながらも、そうレインに答えた。
(読めねえ……。あの野郎、何を考えていやがるんだ?)
 レインは召使いを突き飛ばすと、取り合えず食事を胃に詰め込む事にした。そして、運ばれてきた食事を全て平らげると、レインは寝床に横になった。
(体力を回復しなくちゃ、話にならねえからな)
 しばらくして、レインは眠りに入った。そして、レインが目覚めたのは、次の日の朝であった。
 まだ、体の節々が痛かったが、レインは目覚めるとすぐに、側に置いてあった朝飯を平らげた。そして、しばらくして現れた医者に黙って怪我の状態を診て貰うと、レインは再び寝床に横になった。
 が、レインは眠れず、その間、ただ思案に暮れるだけとなった。今まで、全く繋がりもしなかった事柄が、繋がりかけていた。が、その事柄を繋ぐ線が、レインにはまだ見えなかった。
(何かが、足りねえ。なぜ、エルミは血脈の短剣にあそこまで恐怖し、帝国は欲したんだ? そして、なぜ、俺達一家を帝国は皆殺しにしようとしたんだ?)
(魔性の末裔……。キサラギは確かに、エルミの事をそう言った。そして、ジルヴァストの二匹目が見つかったってのは……?)
(エルミも俺も何も感じない、あの森をなぜリックスは……? そして、あの時の声は……?)
 と、レインは寒気を覚え、身震いした。すると、その瞬間、レインのいる部屋の扉が開かれ、レインは驚きの余り飛び起きてしまった。
 部屋に入ってきたのは、四人の機面兵であった。そして、レインが反射的に身構えるよりも速く、その内の三人はレインを囲み込んだ。
「くっ……? 何をする気だ!」次の瞬間、レインは両腕と頭をつかまれ、寝床に押し倒されてしまった。
「静かにしろ。すぐに、楽になる」そう言うと、残った一人がレインに近づいていった。その機面兵は、右手に小さな小瓶を持っていた。
 そして、その機面兵はその小瓶の蓋を引き抜くと、レインの鼻に近づけて匂いを嗅がせた。すると、途端に、レインに目眩が襲ってきた。そして、レインはゆっくりと意識を失っていった。
「汝に問う。汝の名は……?」と、機面兵がレインに聞く。
「レ……、レイン……」レインの口から、微かな声が零れた。
「ならば、レインよ。汝の主君の名は……?」
「いな……、い」
「それは、違う。汝の主君は、ジルヴァスト陛下也……」
「俺の主君は……、ジルヴァスト陛下……」レインが鸚鵡返しのように、そう呟く。
「ならば、レインよ。今、ここにて誓うが良い。陛下の命令に絶対服従し、自らの死をも厭わないと」
「俺は陛下の命令に絶対服従し……、自らの死をも厭わない……」
「ならば、目覚めるが良い」機面兵はそう言うと、レインに再び小瓶の中の匂いを嗅がせた。
 すると、次の瞬間、レインは目覚めた。が、その目は虚ろであった。そして、その表情からは、レインらしさと言う物が全くと言って良いほど感じられなかった。
 それを見ると、三人はレインから手を離した。が、レインは全く起き上がろうとはしなかった。
「陛下が御待ちだ。ついてくるが良い」機面兵がそう言い、部屋を出ていく。
 すると、レインはゆっくりと起き上がり、黙って小さく頷いた。そして、機面兵達の後を黙ってついていき、レインは謁見の間へと辿り着いた。
 そこには、ジルヴァストとキサラギがおり、レインの到着を待っていた。そして、ジルヴァストの右手には、血脈の短剣が赤々と怪しく光輝いていた。
「キサラギ」ジルヴァストはそう言うと、キサラギに血脈の短剣を投げ渡した。
 すると、キサラギは黙って頷き、ゆっくりとレインに近づいていった。そして、レインの真正面に立つと、キサラギはレインの左胸に向かって、ゆっくりと血脈の短剣を突き刺した。
「ぐっ……」その瞬間、レインは目を見開き、キサラギに力無く寄り掛かった。
 そして、しばらくして、レインの左胸から血脈の短剣が抜け、音を立ててレインの足下へと落ちた。一方、レインはふらふらと後ろに後退り、立っているのがやっとの様子であった。
 そのレインをジルヴァストは微笑を浮かべ、そして、キサラギは興味深そうに見詰めていた。
「ぐ、ぐあっ……!」レインは左胸を両手で抑えた。
 と、レインは四つん這いになった。そして、見る見る内に、レインの体が大きくなっていった。さらに、レインの体を青色の体毛が包み込んでいく。
「こ……、これが……」それを見て、キサラギが目を見開く。
 やがて、レインの着ていた衣服も破れ、レインの体全体が体毛に包まれた。それから、しばらくして、レインの体の変化が終わり、レインは巨大な青い狼の姿と化したのであった。
「ふははははは! これで、世界は我の物となるのだ!」その瞬間、ジルヴァストは高らかと笑った。
 と、その笑みが突然、ジルヴァストの顔から消え去った。魔獣となったレインの口が半開きになり、笑ったかのように見えたからである。
「礼を言うぞ。愚かなる物共よ」魔獣がそう唸る。だが、その言葉を解せる者は、その場にはいなかった。
(また、あの声だ……?)
「喜べ。最初の犠牲者……、いや、最初に淘汰されるのは、貴様等だ!」
(体の自由が効かねえ! なっ?)
 と、魔獣が四人の機面兵の内の一人に、襲いかかっていった。その素早さは尋常では無く、次の瞬間、その機面兵は魔獣の凶悪な前足によって、横に薙ぎ払われていた。その一撃で、機面兵の顔は砕け散り、見るも無残な死体へと化した。
「な……?」一瞬遅れて、キサラギが驚きの声を上げる。
(こ、この私が……、目で追う事もできなかったとは……?)
「急がせただけ、純度が低かったか!」ジルヴァストが眉を顰め、そう叫ぶ。
「次は貴様だ!」
 と、魔獣がジルヴァストの方を向いた。
(くっ……! これは……、これは……、夢なのか?)
 レインは目の前の光景に、目を逸らしたかった。が、今のレインにはそれすらも、できなかったのであった。
「私が相手だ!」と、キサラギが叫び、懐から黒い玉を取り出した。
 そして、キサラギは魔獣の目の前に立ちはだかると、その黒い玉を魔獣の足下に向かって投げつけた。すると、次の瞬間、黒い玉は床にぶつかって砕け散り、濛々と煙を噴き出した。そのため、あっと言う間に、謁見の間は煙に包まれたのであった。
「己! 愚か者共が!」
 と、今まで、黒色であった魔獣の瞳が、血のように赤く変わった。すると、途端に謁見の間の様子が、レインにはっきりと見えるようになった。そして、まだキサラギが目の前にいる事に、魔獣も気づいたのであった。
「消え失せろ!」
 魔獣はそのキサラギに向かって飛び掛かり、その巨大な口で噛みつこうとした。が、キサラギはそれを避けようともしなかった。
「ぬっ?」
 魔獣は歯ごたえに疑問を感じ、キサラギを吐き出した。すると、キサラギだと思っていた者が、最初に薙ぎ倒した機面兵だと言う事に、魔獣は気づいた。と、背中に何かが当たったのを感じ、魔獣は背後を振り返った。
 すると、謁見の間の出口にキサラギがいる事が、魔獣にはわかった。そして、魔獣の足下には、星形の鉄板が転がっていた。
「私はここだ。ついてくるが良い!」その魔獣を見るとキサラギはそう叫び、謁見の間を駆け出ていった。
「この鼠が!」
 魔獣はその謁見の間の出口を睨つけると、口を大きく開いた。そして、次の瞬間、魔獣はキサラギを追いかけて、謁見の間を駆け出ていった。
「危険だ! あれを生かすな! クグツ! グシャナ! あれを殺せ! ガイトス! クサナギを持て!」ジルヴァストはそう叫んだ。
 すると、三人の機面兵も謁見の間を駆け出ていった。そして、ジルヴァストも謁見の間を出ていき、謁見の間は静けさに包まれたのであった。