本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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尺八
 私は学生時代、留年した3年間に尺八というものに大層りまして、筝曲や山本邦山が創作した尺八曲に代表されるような、所謂、現代邦楽に傾倒しておりました。卒業してからは、暫く小松にいた間、芦城民謡会というサークルの仲間入りをさせてもらって尺八を習っていました。練習がいつも晩だったものですから、練習が終わると一人で2本の尺八を持って、近くの〝おかだ〟というクラブに行き、習いたての民謡を披露したり、お客さんの唄う歌謡曲の伴奏をしたりして遅くまで呑んでいました。当時はまだカラオケは走りの頃で、このクラブにはピアノしかありませんでしたので、お客さんには大変喜ばれたように記憶しています。


 いつだったか、その頃にこのクラブにしょっちゅう出入りをしていた、やっちゃんというオカマさんに会った時、「わたし、あの時のご院さんの尺八を吹いている姿が今でもはっきりと覚えているわ。また聞きたいわ。もうやらないの」と、せがまれたことがありましたが、残念ながら今では尺八の竹も割れ、火吹き竹にも使えません。

 ところで、誰でも酒を呑んでいると、ふと、とんでもない事が頭に閃くことがあります。つい2ヶ月ほど前に、円満の会の呑み助3人と寺の近くにある〝蔵くら〟という馴染みの居酒屋に呑みに行った時のこと。その店には40歳前後の店主と愛くるしい表情の女性がいて、私はかねがねこの女性の存在が気になっていたものですから、「君ら、夫婦なの?」と聞いてみたら、「違う」と言うのです。それで「恋人?」と聞くと「そんなもんです」「じゃ、一緒に暮らしているんだ?」「はい」「結婚は?」「いやー」「じゃ、籍は?」「いいえ…」と、どうも二人の仲は訳ありのようです。これ以上二人に立ち入った話を聞くのも気の毒だと思いつつも、段々皆にも酒が廻ってきたのか、調子付いてきまして、この先の話に皆は興味津々です。ところが、連れの一人の園井というお方が突然烈火の如く怒り出したのです。「どーぉー!籍も入れんと一緒に暮らすなんて話にならん。それでも男か。人の娘を何やと思うとるんや」と、男性の方を激しく責め出したのです。

結婚式1  結婚式2
 まさしく、その姿はその女性の父親に成り代わったようでした。その時、女性はウルッときているようです。私はその表情から涙らしきものを見て、ついつられ「よし、ワシがしたる、君らの結婚式を。金は要らん。その代わり朝市にしたらどうだ」と言うと、皆は「それはいい」と一同賛成をするじゃないですか。
 まぁ、このような訳で、明日の朝市で結婚式をすることになったのです。幸い天気も良さそうです。この時の模様は本光寺のHP「スカッと念仏 」をご覧下さい。乞うご期待。

住職の口癖  団体組織のトップの立場にある者は、金を欲しがらないこと。


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 この‘だらメル’も、今回で108回になりました。月に3回ずつ皆さんに配信して、丁度、丸3年が経ったことになります。私は予てより自分で密かに108回を目標にしていましたので、達成できたことで一先ずホッとしているところです。

毎回、ダラなことを、ダラダラと書き続け、さぞかし人は迷惑だろうなどとは一向に顧みようともせず、ただ、生理現象のように促がされるままに書いてきました。これまでの間、反響メールも数々頂戴しましたが、一番嬉しかったものは私の‘だらメル’を読んで「ご住職の人柄を味わい、云々」と、今まで一度もお会いしたことのない方からの言葉でした。まさか私の書いた文章から、私の人柄を感じ取って下さるとは夢にも思っていなかったことでしたから、私にとっては全く予想外の感想でした。でも、それが一番励みにもなりましたし、書いておってよかったと思えたことでもありました。

大した思想を持っている訳でもない私が、こうばくな(賢こそうな)ことを述べても、それは説得力が無く、ただ丸裸な私を表現することしかできません。私は世の中を変えようなどという滅相も無い大それたことを考えている訳ではなく、唯、この本光寺が何とかならんものか、何とかしたいと、いつも思っているだけです。寺を私物とせず、皆の共有物でありたい、寺を今の時代にもっと活かすことができないものか、などとずっと思い抱いていたことが、これまでのこの‘だらメル’の一貫した流れであり、書き綴ってこられた原動力でもありました。

私には幸い、寺に働く13人のよきスタッフにも恵まれ、また、円満の会 が結成されたことで、多くの素晴らしい人たちとの出会いをもたらして頂きました。私はこの本光寺が寺族の寺から門徒の寺へ、門徒の寺から地域の大事な寺へ…と、変貌し、進化し続けて、いや、本来の寺へと帰って行くことを夢見ています。

私の大好きなチャーリー・チャップリン が「この世を生きていくことに必要なものは、夢と勇気とちょっとのお金があればよい」という良い言葉を残していますが、これを私流に言い換えるならば、夢は大きく、行動は大胆に、贅沢は慎むこと、ということになりましょうか。

それでは、勝手乍ら、今後、この‘だらメル’は、定期便ではなく、たまに送らせて頂くことにします。

住職の口癖  葬式代は、楽をすれば、その分高くなる。



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 本光寺の本堂裏、後堂の渡り廊下の白壁に縦1m、横1.5mのが掛けられてあります。その額に描かれているのは、水盤に松をシンに菊の花を添えた画に、「高さ三間、幅六間余。本光寺再建遷仏供養のため酢屋定清が立てた」と書かれてあります。

杉板の額

 本光寺が現在の地に移ったのは文化3年(1806)で、約200m離れた栄町から7年掛かりの工事を経て移築されたのでした。その遷仏落慶法要がこの年 の10月20日に営まれ、その大典を盛り上げようと高さ6m弱、幅10m強のこの巨大な生け花を境内の何処かに立てたというのです。それは実際どのような 光景だったのか。また、6mもあろう松をどうやって水盤に立てたのか。今となれば、それらは計り知れない謎です。



 以上のような訳で、去年、移築200年の年に当たるということで、私の独断ながら7月頃にそのお祝いの法要を盛大に執り行ないたいと思いました。
 
 そこで、私はその法要期間中、200年振りに額の画に描かれている生け花を再現ができないものかと、ついついまた、ダラなことを考えてしまいました。
人があの額の画を見て、どのように感じ取るか、それをどう再現するか、その発想は全く自由です。実際の木や花を使うのもよし、光線や煙霧を使って演出するのもよし、他に現代的な技法で立体的に表現することができれば、それもまた素晴らしいことではないかと思いました。

 多分、当時の本堂移築工事を成し遂げた棟梁を始め多くの人たちが、その喜びの想いを巨大な生け花に表現して、境内に聳え立つ大伽藍の脇に花を添えて飾り たかったのではなかろうか、と私にもその想いが伝わって来るような気がします。きっと、それらの人たちはその光景を見た時、大きな感動を抱き、大仕事を終 えたという安堵感と、晴れ晴れとした満足感に浸ったことでしょう。


巨大生花  
巨大生花2

 私はこの生け花の画を眺めながら、もしかしたら200年後の私たちに送ってくれた何かのメッセージがこの画の中に含まれているのではないかとさえ思えてくるのです。


住職の口癖  平凡こそが、実は非凡。

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 よく人から「住職は門徒の名前をよく覚えている」と言われます。居酒屋や馴染みの寿司屋などで一杯やっていると、時々こんな会話が耳に入ってきます。

 大概、どこの店の人も私を「ご院さん」とか「住職さん」とか言って呼ぶものですから、これは何時のことだったか、ある店で、私を知らない50歳前後の二人連れの客が「あれ、どこの坊主や」と声を潜めて店の者に聞いています。「そこのほんこっ(本光寺)さんや」と、応えている声が私の耳にかすかに聞こえてきます。すると、その客が「えっ、うらんとこも(俺の家も)本光寺の門徒かも知れんな」と何とも自信なさそうに言うものですから、その客の連れの人が「お前も、じょんなこと言うとんなま(変なことを言うな)。わがんとこ(自分の家)の寺も知らんがかいや」となじると、すかさず「うらんとこ、所帯出やしんな(分家だから)、まだ誰も死んどらんわいや、知らんで当り前やろ」と、段々と声が大きくなって、私の所まではっきりと二人の会話が聞こえてくるようになりました。

 そこで、私もその会話の中に割り込むことにして、「お名前は、何と云われるんですか」と訊ねると、その人はニヤニヤしながら「内緒」と言って、中々身元を明かして呉れません。私が「じゃ、せめて町名だけでも教えてよ」としつこく聞くと、連れの人が、遂に友人を裏切り、「こいつ、○町や」「家はその○町のどの辺、北、南…」「北の端や」「分かった、お父さんの名前、○秀雄さんと違う。よう顔が似てるもんね」「すごい、大当たり」と喝采を浴びました。

 私は今まで門徒というと、不思議と大半の名前は覚えられるのですが、門徒外の人の名前ですと、たとえ簡単な名前でも一向に覚えられないという変なタチなのです。

 ところで、今日の寺は、門徒は減っても、増えにくい時代ではないかと私には思えます。その辺のところを、近10年前からの傾向を調べてみると、本光寺では一年に15乃至20軒位の門徒が絶えず減少しています。それは改宗離脱というのではなく、所謂、家に嫡子がいないための絶家が増えているのです。その主因になっているものは、核家族化のためでしょうか、それとも少子化のためなのでしょうか、今後この傾向はどんどん進み続け、その数は増加の一途をたどるように思います。これには私も全く打つ手がありません。

 でも、今、このようなことを悲観するよりも、もっともっと個々の門徒と寺との絆を深めることを考えていかなければなりません。

住職の口癖 人はワシに頭を下げていたんじゃなかった、袈裟にだったんだよな。

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