2012-02-15 10:00:00

一枚の白いハンカチ

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一枚の白いハンカチ


住職は24時間勤務です。私は寺に居ることが仕事であり、それが日常生活だと思っています。ですから、私は外泊をすることが滅多にありません。毎日宿直をしているようなものです。殊にこの寺は深夜から早朝にかけてよく電話が掛かります。昨年は53本の電話がありましたが、それらは大概ご門徒の訃報なので、まず取り敢えず、電話で葬儀の日取りを決めて、枕勤めにその自宅に出向きます。そして、その家に着くと、ご家族にお悔みを述べてお内仏を整えてお経を一巻上げます。


誰もが身内に不幸が起きると、呆然として身が抜け殻のようになって、無意識に何でも誰彼なしに言われるままに従っていることが数々あります。例えば、よく見る風景に神棚や長押(なげし)の上に掛けてある故人の写真や棚の上に置いてある人形までにも白い半紙で覆うてあります。それを誰も不自然な事だと疑問視もせず、それが滑稽なことだとも感じていません。それと同様、あたかも亡骸がここにあることを示すかのように遺体までに一枚の白いハンカチで顔を覆うています。身内であっても死に顔は気味悪いのか恐いのでしょうか、恐る恐るそのハンカチをつまんで覗いてもハンカチを取り払う者はいません。私はそのような光景を見る度に、「お悔みに来る人はこのような安らかな、穏やかなお顔を見たさに来るのだから、余程お顔に傷があるとか、人に見せられない特別の事情があるのならとも角、このハンカチは取られては」と勧めています。すると、必ず「さっき、葬儀社の人がそうしていったので」と弁解が返ってくるのです。


本光寺住職のダラブログ

ところで、仰向けに寝かされた遺体は、大抵、両手を胸のあたりで組み、手首を紐で結び、そして、その組んだ両手に故人が日頃愛用していた数珠を掛けた姿にします。枕勤めは、もとは臨終勤めとも云われていて、臨終前に看取る家族と共にお念仏を称えながら互いにお礼を交わす場であったと思います。今日ではその名残として手首に数珠を掛けて、手を合わした故人が、声なき声で「最後まで皆には世話をかけたな、ありがとう」と言ってるかのように見えるその姿に、看取る人たちが反応して「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました。長い間お疲れ様でした」と促されたならば、その姿に亡き人の声を感じ取ったことになるのでしょう。これは仏教国たる実に日本的なよい風習だと思います。

そういえば、確か北朝鮮の金正日総書記の遺体は手を組んではいませんでしたな。周りの人達は見るだけで、手を合わせる人は一人も見かけませんでしたしね。



住職の口癖  あなたとこれまで暮らせてよかった、と最後は言われたい(寝言)



2011-01-27 09:00:00

北国新聞夕刊「舞台」に掲載されました

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1月26日北国新聞夕刊「舞台」に、

先日のブログ記事が掲載されました。


不思議な生徒

http://ameblo.jp/daramako/entry-10764120148.html
















2011-01-10 16:00:00

不思議な生徒

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不思議な生徒

私は小松大谷高校へ行くと、よく校庭や校舎内をふらふら歩き廻り、部活動を覗いたり、教室を覗いたりするのですが、時折目立たない所で不思議な生徒に出会うことがあります。一つ紹介しましょう。それはいつのことだったか、校舎の長い廊下を歩いていると、向こうの方で一人の男子生徒がかがんで何か物を拾い、それを上着のポケットに入れる様子が目に止まりました。

そこで、私はその生徒に近づいて話し掛けました。「それ、落し物?」とポケットに指差して聞くと「いえ」と小さな声で伏目がちに下を向いています。「よかったら、それ見せてくれる?」と言うと、迷惑そうな顔をして渋々ポケットから差し出しました。びっくりしました。何とそれは小さな紙切れだったのです。「これ、君のメモ?」「いえ、ゴミです」「どうしてポケットに入れたの?」「この辺にゴミ箱がないんで」成程、確かに近くにゴミ箱がありません。「君は、かてもんや(感心や)」と言って、その子の頭を撫でてやりたい気持ちになりました。

普通は近くにゴミが落ちていることに気付いても、そのゴミを踏んだり、またいだり、蹴飛ばすことはあっても、まさかそれを拾ってポケットに入れることはしないでしょう。この時、私はこの生徒の親はどんな人なのだろうか、と育てられた親御さんのことまで感じ入ってしまいました。


住職の口癖 無能の長とは、ワシのこと

2010-08-19 11:26:03

これも遺族の希望?

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これも遺族の希望?



昨今、葬儀も様変わりをしていて、その変化にしばしば戸惑うことがあります。以前、ある葬儀社のセレモニー会館で、葬儀式場の入り口の脇にお棺の白木の蓋を裏返しにして、その前を通る人が見えるように、まるで立て看板のように立て掛けてありました。その蓋の裏には寄せ書きのように幾つかの言葉や、絵が落書きのように描かれてありました。そこで、葬儀が終わって式場から退出して廊下に出た際に、すぐ近くにいたそこの葬儀社の人に私は立ててあるそのお棺の蓋を指差し「これは非常識じゃないか。お棺の蓋をこんな人目にふれる所に、まして蓋を裏返しにして立てて置くなんて。これじゃまるでスーツを裏返しに着て立っているようなものですよ」と意見を言いましたら、その人は「これは遺族の方のご希望でして」と言い返すものですから、私は「そんなバカな。あんた方が『最近このようになさる方が多いですよ』とでも言って勧めない限り、こんなことは誰も思いつかないでしょう」などと言い合いをしていましたら、たぶんその人の上司のような人が直ぐ駆けつけて来て、「いや、なるほどごもっともなことです。これは私共でまた検討させて頂くことにしますので」だって。



次に、またあるセレモニー会館でのこと。通常、葬儀の祭壇には真正面の位置に座敷の床の間の壁に掛け軸を下げるようにして阿弥陀如来の姿が描かれている御絵像を下げてあるものなのですが、何とこの時ここでは天井から「ハエ取りリボン」のように御絵像が釣り下がっているではないですか。驚きました。私は天井に向いて手を合わし拝んだのはこの時が初めてでした。


本光寺住職のダラブログ ←ハエ取りリボン

更に、この頃よく見かける葬儀時の光景で、まだ目に余ることがあります。それは葬儀の読経中に遺族の方々の焼香が始まると、葬儀社の人がカメラを持って、花畑のように飾られた祭壇の中まで入り込み、まるで花々に埋もれて隠し撮りをするような格好で、遺族の一人一人が焼香している姿を撮っているのです。いらぬことに私が導師で焼香しているところまで無断で撮ろうとするものですから、つい腹が立って「撮るな!」とその場で怒鳴ったこともありました。楽しい思い出ならまだしも、この後この時のことを懐かしみそのような写真を見ることがあるのでしょうか。



住職の口癖 若い人は一途な方がよい





2010-03-01 11:00:00

蓮華賞

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蓮華賞

北陸大谷高校は公立の高校と違い、シャバそのものです。勉学に部活に最優秀な生徒がおれば、学力が低い、運動能力が劣った生徒もいます。一つの集団で足の速い子がおれば遅い子がいるのと同じで、皆それぞれバラバラで、画一的でないところが大谷高校の持ち味です。そこで、私は4年前に、特に目覚ましい優秀な成績や記録を残した生徒にではなく、辛い逆境にある時や、何かに失敗した時など、それを人のせいにするのでなく、くさらず、投げ出さず、そして、ヤケクソにもならず耐え抜いて、その苦境を懸命に乗り越えた3年生の生徒を私が独断で選び、卒業式に顕彰することにしました。その賞を理事長賞とはせず「蓮華賞」と名付け、「泥の中を成長して咲かせるきれいな蓮の花」に譬え、その3年間の辛苦に打ち勝った労を称えることにしました。

一人目は、バレー部のキャプテンでありながらレギュラーを突然外され、以後心機一転裏方で部員を支えた女子生徒。二人目は、柔道部で一年生の新人大会の試合後、硬膜下出血で倒れながらも部に復帰した後、マネージャーとして裏方に回り部員を下支えした男子生徒。三人目は野球部のエースで春の県大会で金沢西高校に惨敗を喫しましたが、その後、並々ならぬ努力を重ねて、夏の大会では優勝候補の金沢高校に4-5で敗れたものの、あの大舞台で延長12回を一人で立派に投げ抜き、どん底から這い上がった生徒。

では、今年は?吹奏楽部に未経験ながら入部し、その技量のハンディを人一倍の努力で克服して、副部長・フルートのパートリーダーを務めるまでに成長した女子生徒を卒業式で表彰しました。

私は常々、私学は私学にしかできないことを、さらに、大谷高校だからこそできることを見つけて実行していこうと心掛けているのですが、この蓮華賞もそのような考えに基づいたものです。この賞を続けることで、後輩の生徒たちの励みになってくれればよいのですが。

住職の口癖

神社は人間の弱さを知る所


本光寺住職のダラブログ


2006-11-01 10:08:15

「ビフォー・アフター」

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 近頃、よく知合いから「住職のアノ写真を見たよ。あれは、いい写真だ」と、実物より余程いいと言わんばかりに褒めてくれます。この写真は寺の近くの写真店のショー・ウィンドーに、立派な額に入れられ通りから見えるように掛けてあるのです。自分で言うのも可笑しいが、僧衣姿の私がちょっと微笑んでいてその表情が自分で無いような、流石、これはプロの仕業だなと感じさせてくれます


写真1


 そもそもこの写真は、数年前に北陸大谷高校の卒業アルバムに使うためにこの店の人が撮ったもので、それを大きく伸ばしたものを、以来ずっとこの店先に飾ってあるのです。けっさくなことに、この店の前を通る通行人の中には、僧衣姿の私を見つけて思わず写真に向かって合掌をする人までがいるとか。私はその話をここの店主から聞いて「写真に黒いリボンをつけて、その前に賽銭箱を置いてみたら」と、からかったことがあります。

 写真といえば、最近自分の部屋で探し物をしていたら、一枚の写真が出てきたのです。これは私が9歳の時、東本願寺で得度をした時の物で、きれいに剃られたくりくり頭が愛くるしく、私もこんな頃があったんだな、と懐かしく暫くこの写真を眺めておりました。すると、立ち姿の私が僅かながら右に傾いていることに気付き、「あっ、そうだった」と一つの事実を思い出したのです。それは、実はこの時私は二日酔いだったのです。
前の日の晩、付き添ってくれた林という役僧が旅館で晩飯の時、私を相手にビールを勧めて飲まし過ぎたらしいのです。後で、帰郷してから、この林が父からひどく叱られていた様子を今でも私は覚えています。
写真二


 最後にもう一つの写真を紹介しましょう。これは最も新しい僧衣姿の写真で、今月、北陸大谷高校のサッカー専用グラウンド完成式での私が蹴り初めをした時の一コマです。二枚の写真を比べると、変われば変わるものと、自分ながらも苦笑して仕舞いました。さて、皆さんはこれでも写真を見て、手が合わさりますか。
写真3

住職の口癖 
 読経の上手い人は、ごまかすことも上手い。



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2006-10-10 08:34:00

比べて、感謝

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 心配をしていた台風8号はうまく日本をそれて行き、昨日の円満朝市は好天気に恵まれ、大勢の人出で賑わいました。

 台風といえば、その進路が気になるものですが、先月の台風6号にしても気象庁の進路予測から判断して、小松直撃は必至だと覚悟し、寺内のすべての戸と窓の施錠の確認と寺敷地内の風で飛び散る物等の片付けをして万全を期し備えておりましたが、幸い通過してみれば左程の被害も無く、ほっと安堵しました。
台風3
 私は台風が発生する度に、いつも天気図に描かれた台風の進路予想図を眺めながら、例えば、沖縄辺りにいる台風だと、そのまま直進して朝鮮半島に向かって行ってくれないかな、と思ってみたり、また、四国や近畿に向かっている台風だと、上陸を断念し、そのままUターンして元に戻るか、或はそこから直ぐ右に曲がって、海上を北進してくれないものか、などと勝手に思惑進路を描いたりします。
台風2 
台風1  
 それが遂に、上陸は已む無しと分かっても、依然と私は何とか台風が小松から大きく外れるように強く願ってしまうのです。たとえ、沖縄や九州で突風や土砂崩れなどの水害でどれ程の甚大な被害が出ても、その時点では多少の同情はしますが、それらは私にとって矢張り余所事でしかありません。兎に角、自分が大事なのであって、私の心の中から‘福は内鬼は外’の掛け声が聞こえます。


 そうそう去年の台風10号でしたか、上陸後北陸に向かって来て、それが白山連峰の尾根伝いに石川県を通過して行きました。その時、台風の東側の地域に大変な被害をもたらしたのですが、西側の北陸の平野部では全く正反対で、台風の気配さえ感じさせないほどの穏やかな空模様でした。この時、地元では誰もが、これは白山のお陰だ、きっと白山が台風から我々を守るために衝立のように手を広げて風防の役割を果たしてくれたのだ、と思ったことでしょう。その時、私などは大層な被害に遭った地域と比べて「あんな所に住んでおらんでよかった。小松は結構なええ所や。喜ばんとな」と、つい思ってしまうのです。
白山
 そう云えば、以前こんな法語がありましたな。「あの人に比べて感謝せねばならんという心は、他人の不幸を喜ぶ心である」と、正にその通りですね。他人の不幸を踏み台にしてみなければ、今の自分の境遇が喜べないとは、全く浅ましい限りです。

住職の口癖  師事した先生が物足らなくなる、それが成長の証し。

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2006-08-22 14:27:22

ここは、何処? 

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 ある病院の待合ロビーで、5,6人の元気な男女の老人たちが大きな声で雑談をしています。それはさしづめ井戸端談義という雰囲気でした。そこでの話の内容は殆んどが世間話なのですが、皆、顔馴染なのでしょうか、とても親しそうに、和気藹々としていて楽しそうです。一見してこの人たちのそんな様子からは、到底病人のようには見えませんでした。

 そんな中、その内の一人の婆さんが、それまでの会話を遮るように「ねぇ、最近、○さん見えんねぇ。どうしましたんやろ」と、突然思い出したように皆に尋ねました。すると、別の婆さんが「おいね、そういや(そう云えば)、わてもここで、暫くおうとらんわ(会ってない)。ねぇ、あんた、同じ町の人やったんねえけ。知んまっしんがか(知りませんか)」と、隣に座っている爺さんに尋ねました。「おいや(そうね)、ワシも最近、おうとらんな。どっか(どこか)、体が悪いんやろかな」と言うと、その中の一人が「あら~、心配やね~。風邪でも引きましたんやろか」「あんな元気な人やったがにね。大丈夫なんかね…」と、一人の婆さんが言ったこのとぼけた一言で、そこに居合わせたすべての年寄りたちが互いに顔を見合わせながら、一同揃って「………」と押し黙ってしまいました。

 中には天井の一点を唯呆然と見上げている人や、下を向いたまま目をふさぎ腕組みをしている人など、その時の皆の表情は寂しそうにも見えるし、〝どうもこの会話は、何かおかしいのじゃないか〟という怪訝な表情にも受け取れて、それをここでつぶさに表現しようとしても、私の拙い表現力ではとても描き切れない場面でした。

 さて、この人たちは、この病院に何のために来ていたのでしょうか。
勿論、各々体のどこかの治療にこの病院に来ているのでしょうが、否、それだけではないようです。彼らには目的があるのです。兎角、連れ合いに先立たれた人は、独り家で閉じ籠もりがちになるので、それを嫌い進んで家を出て友人を求めようとするのじゃないですか。その対象が医者であったり、患者同士であったりする訳でしょう。病院の待合室は、言わば‘ふれ合いサロン’のような年寄りたちの交流の場なのでしょうね。

でも、寺も元々はこのような人との出会いや交流の場ではなかったんでしょうか。


住職の口癖  説教のネタというと、受売りのことが多いから空しい。


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2006-06-28 08:15:39

豊か故に

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 戦後、日本はひたすら豊かさを求めて、今日では世界でも有数の経済大国と云われる程の自由で豊かな国家を作り上げました。便利で、物に溢れ、まさに人間の手で此の世に極楽を作り上げたようなものです。しかし、この豊かさを手に入れたが故にあらゆるところの分野で不条理な面が出てきて、今や政治家はそれを解決せんがために改革という言葉が口癖になっています。例えば、税制改革、社会保障、エネルギー・環境、雇用・就労、都市整備、社会福祉、教育改革等々、挙げれば切りがないくらいの改革ラッシュです。これは全く皮肉なことで、日本は今まで豊かさを得ることを唯一の目標にして、それが漸く実現できたのに、今度は豊か故に苦悩しています。

 ここで一つ例を挙げてみると、春の時期になると、よく新卒者の就職状況が厳しいと報じられています。就職難である主な原因は、景気低迷による企業からの求人数が減少していることですが、また一方では若者の就業意識の低下もその原因に挙げられ、このことが問題視されています。今は豊かな時代ですから、若者には是が非でも働かなければならないという、切羽詰った意識が薄いように思えます。何故なら、今の殆んどの若者はすでに衣食住が足りている訳ですから、差し迫った求職意欲が持てないのも致し方ないことかも知れません。

 この点を高校の就職指導の担当者に聞くと、「求人情報があっても本人の性格や適正に合わない職種で選択をためらうというのなら未だしも、それ以前の問題で、自分自身の就職のことなのに、高3になっても、まだまだ幼稚な意識しか持ち合わせていないことの方が深刻なんですよ」と言います。豊か故に、何をしたらよいのか分からず、何かに挑戦しようという意欲もなく、自分のやるべき事が見つからない。主に、このような意識の若者が学卒未就職者やフリーターになるようです。

 また、高校教師をしている私の友人が以前に「かつて数学者のラッセルが人間の不幸に‘貧困’と‘退屈’がある、と言ったが、今リストラで困っている者がいても、食べられないことはない。今の人の不幸は、やるべき事が見つからない、そしてそれに伴う‘退屈’だと思います。学校の抱えている問題児や不登校児の病巣はここにあるのではないかと思っています。そして、このことは一般人も同じではないかと思っています」と言っていましたが、確かに、「豊か故に幸せ」とはいかないようですね。
 では、この不幸を一体誰が救うのでしょうか。

住職の口癖  (呑み会幹事に)おい!新年会は、まだか。

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2006-06-06 10:50:57

だら原人

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  本光寺の大晦日の除夜の鐘撞きには、生憎の雨降りにもかかわらず、多くの老若男女が訪れて大変な賑わいでした。特に、毎年恒例になった蕎麦振舞いには、無料ということもあってか、用意をした300杯分の蕎麦が一時間も経たない内に品切れになるほどの人気で大盛況でした。
除夜会 年越しそば
  この日、集まった20人ばかりのスタッフの人たちは、午後の準備から深夜になる後片付けに至るまで、何の事前打合せもせず、誰が指図をする訳でもなく、各々が勝手に考えて、身を動かしています。
テント キャンドル
 先ず、テントの設営から始まり、暗い境内の参道の両隅を50個余りの無色の一升瓶を半分切断したものをキャンドルのようにきれいに並べ置いて、参道をローソクの光で飾る者、鐘楼を効果的にとライトアップする者、テーブルを作るために沢山のビールケースやコンパネを持って来る者、そのテーブル掛けにと自前の白い布を裁断して持って来る者、テーブルの飾りにと花差し用にわざわざ山から青竹を切って来る者、そして、蕎麦振舞いが始まると、テントの中では蕎麦を湯に通す者とお椀に出し汁をお玉で入れる者、使った箸や棄て汁を入れる場所を教える者、外では大声で客の呼び込みをする者、参道に並べたローソクの火が雨で消える度に火を付けて歩く者等々、まぁ、何とマメな人たちばかりなのでしょうか。
スギさん  さて、ここで、これらの人たちの中でも、特に触れておきたい重要人物がいます。12 月の始め頃に、この人物から私の携帯にメールが届きまして、「今年も年越し蕎麦をやらせて頂けないでしょうか。準備の都合もありますので。どうか、ご許可をお願いします」と。これじゃ私の言う台詞じゃないですか。この人物、通称スギさんと云って、毎年、大晦日には晩の9時頃から寺の台所で、多量の出し汁を作り、葱を切るなどの準備をしてくれているのです。ところが、このスギさん、本業は寿司屋の板前の筈なのですが、実に器用な人で、蕎麦の他にも、今までに竹製でコの字形をした流しソーメン台を考案し、自ら竹薮から竹 を切り出し、施工したり、また、縁日用の 屋台も作ったりしました。

 面倒なことを厭わず、一文にもならぬことばかりに精を出して、いつも「ワシは、本光寺で楽しましてもらっています」と、さり気なくこう言うこのスギさん、さて、皆さんはこの人物をどうような評価をされるでしょうか。


住職の口癖  工事の音って、いいもんだな。

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