本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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 この‘だらメル’も始めて約5年が経ち、今回で91篇になりました。最近私の親しい友人が「まだ、メルマガ書いているんやて。寺のことで、よくもそんなに書くことがあるもんやな。」と、呆れていました。

 さて、今年も後僅かとなりましたが、昨今の国民の関心事は、何といっても小泉首相が閣議決定したイラク復興支援活動に自衛隊が派遣されることについてでしょう。国民の大多数が反対する中、毎日のようにテレビや新聞などで首相の冴えない苦渋に満ちた表情に、私の目には国民の前で本音が言えない、首相自身のもどかしさを感じ取れます。この派遣が本当にイラクの為なのか、それともアメリカの為なのか、国民にこの点を一向に釈然とさせないまま、何れ近いうちに首相は派遣命令を下そうとしています。
 そして、これからのテロの恐怖に怯えつつも、イラクの戦後復興のお手伝いにと日本も国際協力をするのは人道上当然だという建前の下、今後の日本の国益のためにはアメリカに逆らえないという辛い本音を感じさせます。ともあれ、この首相の決断が日本の将来に禍根を残さねばよいのですが。
本音と建前
 ところで、私たちには本音と建前という意識があります。ここで、この意識の変化を表す面白い例を紹介しましょう。これは、朝日新聞が成年男女を対象に行なった国民意識調査の回答結果です。
 
 
 ○あなたは、これからのエネルギー源として原子力を推進することに賛成しますか。 賛成47%反対32% では今、あなたが住んでいる近くに原子力発電所がつくられることには? 賛成21% 反対 64% ○色々な職場で管理職や指導的立場の女性が増えています。あなたはこの傾向を好ましいと思うか。 思う69% 思わない23% では、あなた自身は女性のもとで働きたいか。 働きたい30% 働きたくない54% 
 
 このように、私たちは他人事と自分の事では全く違う意識を持つということでしょうか。

 我々坊主でも、門徒から「今度の法事でどれ程お布施を包んだらよいでしょうか」と、訊ねられたら、「そりゃ、あなたのお心で結構ですよ」と言うのは建前であって、内心は沢山欲しいと思っているのが本音だと云えるでしょう。

 そういえば、寺の中の掲示板に「うそ聞いて 喜んで 本当聞いて腹立てた」というのがありましたな。これを門徒でクラブのママをしている人がいまして、この言葉を紹介しましたら、そのママさんが「私はいつも殿方に、うそを言って商売させてもらっています。ホホホ」ですって。

住職の口癖  (不幸な出来事を聞くにつけ)他人事ではないな。

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4日前、この日は今年一番の寒さで、白山の頂には雪が積もり、辺りの山々もうっすらと雪化粧をしていて、もうじき里のほうも雪がちらつきそうな気配が感じられる日でした。

私はこの日の朝、お参りに行った家で、寒々とした火の気の無い仏間のお内仏でローソクに火をつけ、線香をたき、準備をしていると、「ご免なさいね、寒い部屋で」と言いながら、ごぼさん布団(相撲の力士が座るような分厚い大きめの坊さん用の座布団)をその家の婆さんが小さな体で抱きかかえるような格好で足早に部屋に入って来ました。そして、お内仏の前にその座布団を敷くと、婆さんが「ご院さんにストーブもない寒い部屋じゃ面目なくて、一時間前から、おこたに入れて暖めておいたがや」と優しく言って呉れました。私は早速その座布団に座ると「ほんとや、暖かい、こんな暖かな布団に座るのは初めてや」と言うと、「ほうけね、うれっしゃ。そんなにご院さんに喜んでもらえて、よかったわね」と満足そうです。でも、このようなことは中々気付かないことだし、また、出来ないことですよね。

次に、これも10日程前のことですが、勤めも終えて座敷でお茶を頂いていると、そこの奥さんが「さっきね、自転車で買い物に行った帰り道、私がちょっとよそ見をしたその瞬間、自転車に乗った大谷高校の女子生徒と危うくぶつかりそうになったんです。そうしたら、その女子生徒が『すみません。大丈夫ですか』と、心配そうに声を掛けて、私の体を気遣ってくれるじゃないですか。そもそも、悪いのは私なのに。私は(あのような生徒に出会えて)とても良い気分でした。今日、この事をご院さんがみえたらお話しようと思って」と。これも些細なことですが、このような場合、咄嗟に文句は出ても、人を気遣うなんて出来ないことです。

また、それと反対のケースもありました。以前、寺の事務所に憤慨止み止まぬ体で入って来た60代の男性、その腹立ちの理由を興奮しながら話して呉れました。丁度、寺の前の歩道を歩いていたら、一人の男子の高校生が自転車を車道に止めてしゃがんで、何か困っている様子。それでその人が「ボク、どうした?」と声を掛けたら、いきなりその子が「ダラ、見りゃ分かるやろ!」と、突っ掛かるように応えたというのです。そこで、その人はその言い草に腹が立ち「おい、こら、お前、口のきき方も知らんのか!」と、言い返したそうです。もし、この子に気遣う心があったならば、これほどこの人に腹立てさせることも無かっただろうにね。

住職の口癖  冠婚葬祭は、時と所が違えば、仕来りはみな違うもの。


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お参りでの戯れ

 この頃、お参りに行くと、皆が私の身を案じてくれているのか、いやに気遣いされているように感じてなりません。例えば、よく門徒の人から「ご院さん、体に気を付けて長生きして下さいね」などと事改めて言う人が殊に多くなったような気がします。何か、私が余程年寄りに見えるのか、それともひ弱に見えるのでしょうか。

 また、私が門徒宅で帰りの挨拶をして外に出ると、わざわざ家族総出で見送って下さる家が多くなったような気もします。以前はそのようなことが無かったのに、この頃私はこのようなことまでがとても気になるのです。
 
 先達て、ある門徒の家にお参りに行った時のこと。その家には一人暮らしの女性が居て、その日の早朝訪ねると、「ご免ください、本光寺です」と玄関から声を掛けると、中から「はーい」と元気のよい声で出て来られました。そして、私の姿を見るや否や「あら~、ご院さん、会いたかったわ」と言いながら、その女性は私に駆け寄り、何と抱きついて来たのです。これは女房にもされたことのないことでしたから、突然のことで大変驚きました。顔が私の胸ぐらいしかない小柄なその女性は、私の胸元で「おととい電話があってから、きっとご院さんじゃないかと思って、さっきまで今か今かと待っていたのよ。さぁ、さぁ、入って頂だい」。

 そして、居間に通されて、炬燵に入って座ると「私、一週間前に退院したばかりなの」「あらっ、そう。どこか悪かったんですか?」と訊ねると、「ほんとに、命拾いしたわ。三ヶ月ほど前に家で急に胸が苦しくなってね、そのまま意識を失い、気が付いたら病院だった。あの日、たまたま息子が家に居てね、運良く私を見つけてくれたお陰で助かったのよ」「そりゃ、よかった。息子さんは命の恩人だね」「そう。でも、病院に居た時に、どうしてかね、ご院さんの顔が見たくてたまらない時があったのよ」などと、突飛で嘘のような話をし出したのです。実をいうと、この女性、80過ぎのお婆ちゃんなのですが、この場合、普通であれば「危ないところで、ご院さんのお世話になるところだったわ」と、こうくるところですよね。それが何故、病室で私の顔が浮かぶのか、これも分かりません。私の顔って、所謂、‘癒し’系の顔なのでしょうか。

 それにしても、この婆さんに突然抱きつかれた時は、流石に驚きました。でも、これは私にはとてもうれしい出来事でした。


住職の口癖  坊主の仕事に慣れると怖いな。手抜き、誤魔化し、横柄な態度、気をつけなければ。


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毎年、本光寺では今頃の時期になると、出張して町単位での報恩講が勤まります。その期間は12月中旬までの約80日間、ほぼ毎日のように出掛けて行って公民館や当番の門徒宅などの場所で、その町の人たちと報恩講を勤めるのです。この寄合のことを私たちの地方では〝お座〟と云います。この〝お座〟では、最初に皆と一緒に声を合わせて、節の付いた正信偈や念仏・和讃などを唱和します。その後、私は一時間程のお話をしてその〝お座〟が終わります。

そこで、正直に打ち明けますと、私には50歳を過ぎても相変わらず不得意なものが3つあります。それは毛筆と作文と説教なのです。言うまでもなく、これらは坊主の素養として必修事項で、出来ないことは坊主として大変恥ずかしいことです。満足な字も文章も書けず、人前で話せないとは、今でも私は内心忸怩たるものがあるのです。

これまでにも私が話をすると、苦虫をつぶしたような表情の人や、いびきをかきながら、寝てしまう人が多くて、中には私の話の最中にドテーンと仰向けにひっくり返った人までがいた位です。日頃の不勉強がたたり、聞いている人は私の支離滅裂な纏まりのない話に退屈して、きっと眠くなるのでしょう。

そのような話を女房にしたら「そりゃ、あんたの下手な話を門徒の皆さんは我慢して聞いて下っているのじゃないの。これからはお座の度ごとに、お礼を言ったら」と言われ、私はそれも成程と思い、それ以来、話をする機会がある度に、「皆さん、私のつたない話を我慢して聞いて下さって、今日は有難うございます」と、お礼を言って終わることにしています。すると、皆は尤もだと思うのか、気遣ってくれたことが嬉しかったのか、一様に苦笑いをしているのです。

私の話といったら、事前に何の準備もせず、言いたいことも纏めないままに、その場に臨むのですから、全く無責任な、まさしくお座なりの説法になってしまうのです。時には笑いを誘い、涙を誘うような、聴衆を引き付け退屈させないで、尚且つ仏法の要の話をちゃんとする、なんて芸当は私には到底出来そうにはありませんが、ただ、とつ弁ながらも、いつも受け売りの話ではなく、私は成るべく自分の言葉で話すよう心掛けています。

では、下手なりに、今年はどんな話をしてるのかって?それが「他力の信心とは」のつもりなのですが、人はこれを私が話すと聞いただけで、あぁ~、もう眠くなりそうです。


住職の口癖  だらメルも書いてしまえば、ただのゴミ。


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 先月、私の母が亡くなり、今日で37日が経ちました。下の娘がオーストラリアから帰って来て4日目の9日の早朝、4時5分に息を引き取りました。その前日の夕方、母の容体が変だと気付き、早速、馴染みの医者に往診に来て頂き、診てもらっていると、突然口から黒いタールのような物を多量に吐き出しました。すると、先生は「今晩は病院の方がよいでしょう。ご本人もその方が安心でしょうから」と言われ、急遽入院することになりました。私は救急車を待つ間、母のおとなしく、小さくなったその姿を見つめながら、矢鱈泣けてきて、とても辛かった。その時、私は<もう、最後かもしれない>という予感がして、無性に悲しくて仕方がなかったのです。そう言えば、亡くなる数日前に母はポツリと「報恩講まで、おれんかもしれん(寺の報恩講は、亡くなった日の一週間後でした)」と、つぶやいておりましたから、その頃既に母は自分の死期を察していたのでしょうか。

 ところで、私はこの度の母の葬儀に際して、多くの人たちの温かい心に触れることができました。訃報を聞きお悔やみに駈け付けて来て下さった門徒の人や、そうでない人たちまでもが申し合わせたように、口々に「何でもお手伝いするから、遠慮しないで言ってくれ」と言われるのです。そして、本当に数え切れない程の人たちが、受付係、式場係、台所係、駐車場係、会計係、食事係、誘導係、広報係などの係に付いて、裏方のお手伝いをして下さいました。中には葬儀までの6日間、毎日顔を出して下さった人が何人もおられたくらいです。

 寺の葬儀というのは、葬儀社の祭壇具等は一切使わず、全く手作りの式壇をしつらえるのですが、その為何から何まで手がかかり、人手も要ります。そこで、その葬儀式一切を取り仕切る人を式事と云うのですが、予てより見込んでいた人にこの式事を任せることにしました。その結果、ただ単に人に見せる為の華美な、形だけの葬儀とは違い、質素ながら実に真宗らしい式壇が仕上がりました。そして、集まった満堂の人たちが正信偈を式場が割れんばかりに大合唱したことや、身に染みる法話や門徒代表者の感動的な弔辞には胸を打たれました。ここでは、その時の状況を言葉で巧く表現ができませんが、斎場で親戚の寺の人が「通夜、葬儀と出てみて、本光寺は生きているね」と、言ってくれたことが何よりも嬉しく、そのことが私の誇りに感じました。

母の死によって初めて知らされた、一つになった人の心の温かさは、母からの何よりのプレゼントでした。

住職の口癖  あと、10分早く起きれないとは、情けない。

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