祖母の仕付け
テーマ:思いでところで、私の家には結婚以来、手作りの小さなお内仏があります。木の切れ端に自分で「南無阿弥陀仏」と書いたものと、捨ててあった燭台と香炉と華瓶を拝借して部屋の一部に場を作り、そこに並べ置き、我が家のお内仏としています。それは仏壇のような箱物の体裁ではないので、それらしくはありませんが、それでも今まで一度も華瓶に挿した花を枯らしたままにしておくことはありませんでした。
女房は毎日このお内仏に仏飯を備え、いつも何かしら「ムニャ、ムニャ」と、唱えています。感心なことに人から物を頂戴すると直ぐにそこにお供えし、近頃は図々しいことに宝くじ券までがそこに置かれてあります。子供たちは仕事に出掛ける前に、手を合わせて「行ってきます!」と声を掛けて行きます。一銭もかけないで作ったこのお内仏、見掛けは悪いがこの25年間、4回の引越しにも私たちと共にしてきましたから、私たち家族にはとても愛着があるのです。
人はよく仏壇を持たない理由に「我が家では、まだ死んだ者がいないから」と言います。何れ、そのような不幸な事態になってからと、それを理由に仏壇を備えない人が案外と多いので、日常の家庭生活の中に手を合わせる場があることが如何に大切なことだと気付いている人は、まだまだ少ないように思います。
日本の何処かの学校で、生徒たちに食前の合掌をさせないで、先生の「始め!」の号令で食べさせるという話を聞いたことがありますが、このようなことを聞くと、私は〝あぁ~、どうして〟と、ため息が出てしまいます。
住職の口癖
読経の前に、その儀式の軽重・場所の大小・人数の多少を心得ておくこと。
人気blogランキングに参加しています、クリックお願いします。











