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2008-04-02 18:05:02

藤田和日郎漫画における『死の原則』はどうなる?

テーマ:漫画
今週(08年4月2日発売号)の月光条例にて新たな設定放出

「『月打』された『おとぎばなし』の住人が正気に戻れば、その者のした悪事はなかったことになります。」


正気にもどらなかったっときは「<読み手>の世界で壊れたもの、傷つきし人はそのまま・・・そして、登場人物が不在のままの『おとぎばなし』はまもなく消滅してしまうのです。」(ほぼ原文まま)



うちの弟に言われて気がついたのですが、この設定は藤田先生の漫画にあるまじきものです。



ポイントは「死者」について


藤田先生の漫画では『死んだ人は生き返らない』というのが原則恒例となっています。(『原則』は言い過ぎと指摘されたので変えました)

これはからくりサーカスのガイドブックにも記されております。

理由はキャラに花道を作るためだそうな。



サーカスのすべて からくりサーカス公式ファンブック/藤田 和日郎
Amazon.co.jp




そういうわけで上の新設定のうち上のほう


「『月打』された『おとぎばなし』の住人が正気に戻れば、その者のした悪事はなかったことになります。」


「死んだ人も生き返ってしまう(?)」という点において結構問題ありといえる設定です。



下手したらドラゴンボール状態になってしまうこの設定。

とんでもないものを出してきましたが、藤田先生がこのようなものを許すはずがございません!



ということで、この設定の欠点を藤田先生がどう回避するかについて考察。


━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

1、『死』はなかったことにならない


上の設定において『死』については触れられていません。

ゆえに『死』については例外という可能性があります。


しかし、さすがに『悪事』というくくりに入ることであるので、ちょっと苦しいか。

ただ、『死者が生き返らない』という原則を守ろうとするとこれしか残らない。



2、おとぎばなしの住人が元に戻せなくなる


上の設定どおりですが、『おとぎばなしの住人を元に戻せない状態』という状態が現状では把握できていません。

『おとぎばなし』が消滅してしまうことなのか、はたまた執行者以外によって殺害されることなのか。


後付設定でまかなえるので可能性が高いですが、『死者が生き返る』という事態が回避できないのも事実。

『死』に重みがなくなってしまうので、回避してほしいところ。


この設定になる場合は、『おとぎばなし』が消滅してから藤田先生が本気になると思っていただいたほうがいいでしょう。



3、新条例の制定


藤田先生の漫画では、話が終盤に入ってからキャラがばたばた死にはじめます。恒例行事です。

このときにあわせて新しい条例が制定されるかも。

・・・ないですねそんなものは。




おそらくは2なのでしょうが、死者が生き返ってしまうのが避けられないのでちょっとまずくないかという話。


「死んでもドラゴンボールで生き返らせればいい」ならぬ

「死んでも『おとぎばなし』の住人を正気に戻せばいい」になったらちょっと興ざめです。


━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─


ドラゴンボールのあのせりふは、漫画史にのこる外道なせりふベスト5に入ると思うのですがどうでしょう?

残りの4つはドラえもんが占める気がします。



変ドラページ「なんだこりゃ?」 (アフィリエイトじゃないよ!単なるリンク)

ドラえもんの魅力の半分はそこはかとない黒さでできています。



追記

今週の場合、子豚の一匹が狼に食べられてしまいましたが、これは元に戻るのでしょうか?

国会議事堂にいた人の何人かは死んでしまったと思うのですが、生き返るのでしょうか?


ここで一気にいろんな設定が提示されそうです。


さらに追記

答え1.生き返っちゃいましたwどうすんのこれw


09年2月5日追記

これが回答のようです

ドラゴンボールVS月光条例

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コメント

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15 ■サトシンさんへ

いや十分ありえますよw
現実世界の住人にとってはそれでも困りませんが、天邪鬼な月光のことですから「関係ないからいかねーよ」とかいいながら御伽噺の世界に突っ込んでいきそう。

よく考えれば、設定のほとんどはおとぎばなしの世界の中に突っ込んでいく前提で構成されているような印象も受けますし、確率はかなり高いと自分は考えます。

14 ■無題

現実世界でおとぎ話の住人が起こした事件はなかった事になる。
では逆はどうなんでしょう?
後半主人公達が御伽噺の世界に入ったりするのでは?
事件を起こした住人が追い詰められておとぎ話の世界に逃げ帰ったら現実は戻らないわけですし。

・・・・・・無いかな?w

13 ■Tボーンさんへ

関係の深さが人の生死に影響することは藤田先生の漫画ではよくあることなので、十分ありえますね。
とりあえずは次情報を待つしかないです。

12 ■無題

おとぎ話が元に戻らなくなるのは登場人物が深く現実と関わってしまった時、なのではないでしょうか?
それはつまりキャラクターが現実で読み手である人間を殺した時。
そういう設定であれば死者が生き返ることもなくなります。

11 ■名無しさんへ

月を見て変身して気が変になってしまう化け物が月打でおかしくなって元に戻るとか
かぐや姫は悪さをした後、月に帰っちゃってお手上げとか
もしかしたらラスボスかもしれませんね、かぐや姫(笑)

10 ■maさんへ

歴史資料の観点から見るというのはまた面白い。
その観点からすると、前回の月打では何もかもすべて元に戻ったと考えるのが自然ですね。
しかしながら、オヤジさんは起こったことに気がついていない(何も起こらなかったと認識?)のに対し、演劇部にはしっかりと記憶が残っている点など、いろいろ不自然なところがちらほら。
記録に残っていないのであれば、事件事態が記憶から失われなければおかしいはずですが・・・
演劇部の名前が明かされない理由がそこにあるのかも。

9 ■nagiさんへ

それが2です。わかりにくくてごめんなさい。
素直にとるとそうなのですが、死を大事にしてきた藤田センセーなので安易に戻すわけがないと考えたので。
やっぱり元に戻しちゃうのかな。

8 ■mikiさんへ

「元に戻る=死」である原作であれば、正された時に死んでしまうということでしょうか?
このあたりもいろいろ仕掛けを用意していそうです。

7 ■itさんへ

すばらしい考察ありがとうございます。
「おとぎばなしの住人がしたことはあくまでフィクションであり、正すことで直せる」ということですね。納得しました。

「現実とフィクションの混同」を暗喩しているというのはなかなか面白いです。
そうなると店が壊されたにもかかわらず、月光の親父がどうなったのか、国会議事堂の中の人はどうなったのかを描かなかったのも、最近のフィクションの死の希薄さを皮肉っていると考えることもできますね。
コメントありがとうございました。

6 ■無題

元々『月』が物語の重要なポジションを占めるキャラはどうなるんでしょうかね
鉢かつぎ姫の話や三匹の子豚から察するに西洋の物語もありのようですから

かぐや姫や狼男の扱いがどうなるか気になるところです

5 ■無題

もし、死者を含め無かった事になっていない(ならない)のなら、
過去青い月光でもたらされた災厄が記録等に残っているはず。
少なくとも、残らないような些細な影響だけではないはず。
また、現実世界に出てきた物語のキャラクター達がどの程度の期間
現実世界に影響を及ぼすのかが不明。
有期なのはほぼ間違いないと思うが、その辺をどう帳尻あわせ
するのかも楽しみ。
力を付与された人物は、物語のキャラに干渉できる代わりに
死ぬ事もあるが、それ以外は死なないんじゃないかと推測。
本来事前説明必要なその辺のリスク説明等が次週あるのかも?

4 ■無題

おとぎの住人が外へ出てきて行ったことを、月光条例に基づいて裁いた場合は無かったことになる。

裁ききれなかった場合、失敗した場合
死がくることになる。

と思うのだけど。

3 ■無題

「童話の中の世界」をもとにもどして「童話の中の住人が壊したもの」がもとに戻るんだから「童話の中の住人」は死ぬことはありますよね。
主人公が死んで終わる童話なんかもありますからそこを盛り上げるのがジュビロのすごいところ。

2 ■無題

二重投稿すみませんorz

最後から3行め訂正です

☓「死を描写とする」
○「死を描写する」

1 ■う~んと・・・

「死者が生き返ること」と、「(死も含めて)おとぎばなしの住民のしたことが帳消しになること」は違うんじゃないですか?

おそらく、
このマンガでおとぎばなしの住民の行いはあくまで「フィクション」であり、
それが現実に侵食するというのが設定なんじゃないでしょうか。
だから、仮に死者が生き返るとしてもそれはあくまで「フィクション」だから「なかったことにできる」んじゃないかと。

月打を契機としておとぎの住民が現実世界に現われているという状況そのものが
「現実とフィクションの混同」という昨今話題になることの多いテーマの暗喩っぽく感じられるので、
読んでてややこしい気もしますが
(だからこそコウさんのような解釈も出てくるんだろうし)。

で、もし月光条例が執行されず、
月打でおかしくなったものたちがそのまま現実世界に残った場合、
それはまさに上述のような「現実とフィクションの融合」であり、
その世界の住民にとっては「それまでフィクションであったものも現実になる」ようになって、
生き返るはずだった人(フィクションだったはずの死者)も生き返らなくなる(現実の死者となる)。
藤田先生が今作でも死を描写とするならこのあたりを利用してきそうです。

長々と書いてしまってすみません><

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