第1章 オータ・シティ -4- | d2farm研究室

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第1章 オータ・シティ -4-

 

 

 既にコックピットで、スタンバイを済ませているイチロウの姿を見つけたハルナが、手を大きく振って、自分が、到着したことを、イチロウに伝える仕草をする。
イチロウも、それに気づいて、スバル・ルージュのコックピットから、手を振ってみせる。
ハルナは、デッキフロアを、軽く蹴って、後部座席に、飛び乗るように、身体を滑り込ませる。
「イチロウ・・・って呼んでいいよね・・・ハルナのことも、『ハルナ』って呼んでほしいんだけど」
「まぁ、いっしょにレースをやることになるんだし、他人行儀なのもおかしいから・・・
わかったよ」

 


「じゃ、イチロウ・・・右手のレバーを引っ張ると、ロックが外れるから、ロックが外れたら『3』にセットして、レバーを強く押し込んでみて」
 イチロウは、ハルナの言うとおりのレバー操作を試してみる。
後部座席のハルナのシートが、ゆっくりとスライドしながら、コックピット位置まで移動する。そして、イチロウの座ったシートは、その真横に、横スライドしながらナビゲータポジションに落ち着く。


「ちょっとした変形ロボットみたいでしょ」
「へぇ、割とスムーズに移動するんだ」
「うん、シートポジションのバリエーションは用途に合わせて、10通り用意してあるの・・・地球に降りるまでは、ハルナが操縦するからね。
 地球に、降りた後は、イチロウに任せるから、それまでは、このポジションでいいよね」
「地球?」
「そうだよ・・・イチロウは、これから、ハルナの、お父様に会いに行くんだから」
「へ?」

 


「このルージュは、垂直離着陸ができるから、カタパルトは必要ないんだ・・・このまま、発進しちゃっていいよね・・・それとも、エリナ様の許可が必要?」
 ハルナは、イチロウの返事を待つことなく、ルージュのエンジンに点火する。と同時に、ふわりと、フロアデッキから静かに、ルージュの機体が離れるのがわかる。
「まだ、返事をしてないだけど・・・」


「気にしない・・・気にしない・・・行くよ」


 ハルナがフットバーを軽く押し気味に蹴る動作に反応して、二人を乗せたルージュが、ルーパス号を後にする。


「イチロウは、地球に降りるのは初めて?」
「そりゃ、そうだ・・・ずっと、宇宙にいたんだから」
「昨日の様子だと、エリナ様も、地球には降りたことはないみたいだったけど」
「俺は、こっちの事情がよくわからないので、エリナが地球に来たことがあるかどうかは聞いていない」
「イチロウってさ、なんか古風だよね・・・GDで会った時も、始めたばかりっぽかったし・・・もしかして、箱入り息子だったりするのかな?」
「俺は、こっちの世界で生活するようになってから、まだ2ヶ月経ってないんだ」


「こっちの世界・・・?」


「俺の生年月日は、1992年なんだ・・・100年間をコールドスリープ装置の中で過ごしたから、実年齢は119歳・・・精神年齢19歳って感じだ」


「へぇ・・・そうなんだ・・・もしかして、エリナ様の生体実験とか受けちゃったの?」

 


「とにかく、こっちの世界のことは、余りよく知らない」


 ハルナは、意を決したように、フットバーを蹴り、ルージュのスピードを上げる。
ルーパス号が、比較的、地球に近い位置に停泊していたことから、地球の姿はすぐ傍に迫っているように見える。
「そういうことなら、今日と明日の二日間、イチロウに、いろんなこと、教えてあげる・・・今まで、エリナ様が教えてくれなかったことも、いっぱいいっぱい・・・ハルナが、教えてあげるから」


 ハルナは、正面を見つめながら、静かな口調でありながらも、ある決意を秘めたように、しっかりとした言葉を、イチロウに伝えた。


「とりあえず・・・初体験の1つ・・・大気圏突入・・・あんまり揺れないようにはするけど、しっかり、シートベルトは締めておいてね」
 ルージュのサイドウィングパーツが、心なしか開いたように感じる。


イチロウの身体に強烈な重力の重さがのしかかる感覚が生まれる。
押し付けられるような、そして、引きずり込まれるような強い力を感じる。イチロウ自身は、Zカスタムで近づくことのできる比較的引力の力が弱い衛星には近づいたことはあったが、大気の層も厚い、さらに引力も衛星の比ではない地球への突入については、まさに未体験であった。


「さすがに、おしゃべりなハルナも、この時間だけは、黙ってるからね・・・地表が見えるところまでは、イチロウも気をつけてね」
「ああ・・・」


 奥歯をかみ締めたまま、イチロウが短く言葉を返し、そして、黙りこむ。


ルージュの大気に接する下方部分が、赤く燃えているのがイチロウの視界からも、よくわかる。

Zカスタムよりは、当然大きく作られているが、決して、大型の機体とは言えないルージュが、これで、保つものか、イチロウも少しだけ心配を感じた。


しかし、おそらくハルナの絶妙な機体コントロールのスキルと、ルージュ自体の完成度の高さゆえか、どこも破損することもなく、二人を乗せたルージュは、大気圏への突入を、難なく果たすことができた。


「イチロウ・・・もう、大丈夫だよ」
「ふう・・・」
 イチロウは、大きなため息をついた。
「イチロウは、どこに行きたい?」
「やっぱり、日本かな・・・」
「なに、ボケてるの?日本のどこかって聞いてるのに・・・」
「でも、空中飛行してるってことは、宇宙と違って、慣性フライトって訳にいかないんじゃないか?燃料は、もつのか?」
「10時間くらいは余裕だけど・・・けっこう、燃費もいいんだよ・・・戦闘機とは違うしね」
「任せるよ」
「じゃ、ハルナの一番好きなところに連れて行ってあげる」


 眼下に広がる広大な海と、白い雲・・・そして、その雲の隙間から見え隠れする日本列島・・・その、トーキョーのある方向へ、ハルナは、ルージュの操縦桿を操っていくように見えた。


「トーキョーへ?」
「ハルナの家は、オータ・シティにあります。お父様も、そこにいるので、ルージュは、ハルナの家のお庭に置きます。
でも、その前に、空から、ハルナの住む街の案内をしたいんだけど・・・いいよね」


「任せるって言ったんだから、どこでも、好きなところに連れて行って欲しい」
 トーキョー・シティへ、垂直気味に降下していたルージュは、少し北に進路を変更し、北関東に向かって、その機体を飛行させていく。
「始めに行くのは、ハルナ・・・

 

月面基地で培ったマス・ドライバーの建造技術を使って、日本で・・いえ、地上で初めて実用化されたマス・ドライバーがあるんだ・・・」
「ハルナ・・・って、榛名山か?」

 

 

「そうだよ・・・カタパルト型の射出装置・・・マス・ドライバー」
「このルージュも、地球の引力から脱出する時は、そこから打ち出すのか?」
「そういうこと・・・」
「でも、ほんとうに、この機体・・・5万ドルなのか?」
「あはは・・・それは、あくまでも市販価格だよ」


「だよな・・・」


「これは、ハルナのスペシャル・ヴァージョンだからね。召喚竜1機だけだって、5万ドルはするんだから」
 召喚竜というのは、このルージュに搭載可能な、迎撃用ビームであり、その迎撃の際に、射出口から、発射される軌跡の形が、竜が空を舞う形に似ていることから、『召喚竜』と呼ばれている。


「だよな・・・でも、乗りたいとは言ったけど、ちょっと、まだ、俺には、大気中で、こいつを操縦する自信はないな」
「ぶっつけじゃ、絶対、無理だから」
 ルージュは、関東平野を北上すると、あっという間に、北関東の山岳地帯まで、到達していた。
「榛名富士の斜面を利用した形になっているけど・・・あれが、マス・ドライバー『ハルナ』・・・ハルナの名前は、あれといっしょなの。


 あれを作った、お父様が、自分の子供には、絶対、あれの名前を付けるんだって・・・そう決めていたらしいの」
 空中から眺めると、榛名山の中腹から山頂に向かって、西から東へ一直線に伸びた1本のラインが、まるで、空に飛翔する竜の背骨のように見える。


「すごいな・・・」
「射出スピードを段階的に調整できるようになったのは、百年革命の後のことで、ほんとうに、つい最近のこと、それまでは、有人ロケットの射出はできなかった。


 このルージュで、元の宇宙に戻るためには、カタパルト射出の後、最大ブーストで、大気圏を突破する必要があるんだけど、でも、それも、人体に優しい射出技術が開発されたから実現できるようになったんだよ」


 ハルナは、自分の名と同じ名前を付けられたマス・ドライバーを、誇らしげに、イチロウに紹介するためなのか、2回ほど、ルージュを旋回させて、その全体の姿をゆっくりとイチロウが観察できるように、飛ばせてみせた。


「百年革命の後・・・」
「イチロウも、配送を商売でやるなら、きっと、これで射出されたコンテナ貨物とかも運ぶことになると思う」
「百年革命の後ってことは・・・」


「さすが、イチロウね・・・気づいちゃったんだ

 


 このことは、きっと、このマス・ドライバーを改造した一部の関係者しか知らないことなの」

「まさか・・・このマス・ドライバーの建設に・・・エリナが関係しているのか?」


「だから、ハルナにとっては、エリナ様は『エリナ様』なの・・・それまで、人を運ぶことができないっていうだけで、役立たずみたいに言われていた、この『ハルナ』を、人の役に立つものに産まれ変わらせてくれたのが、エリナ様・・・」
「あいつ、そんなこと、一言も・・・」


「でも、このことは、エリナ様も知らないこと・・・あくまでも、エリナ様が描いたコックピットの設計図面を、月の研究所にいた技術者が、その設計書のとおりにコックピットを組み立てて、成功した事例に過ぎないの・・・地球から宇宙への脱出が可能な、このルージュのコックピットも、元を正せば、エリナ様の技術が生かされてるってことなんだけどね」
「そうか・・・」


「でもさ、イチロウは、ずるいよね」
「なんで、そこに俺が出てくるんだ」
「あんな、素敵な女性に愛されてるんだから・・・」
「・・・」
「黙っちゃダメだよ・・・そこは、自慢するところなんだから」
「・・・」

 


「もう一つ、イチロウに見せたいものがあるんだ・・・今度のは、エリナ様とは、まったくの無関係」
 ハルナは、ルージュの機首を、少し西の方向へ巡らせた。
「すぐ近くだから・・・よく、下のほうを見ていて」
 地表に程近い高さを、ルージュが、ゆっくりと飛翔する。ハルナが、言ったとおり、それは、マス・ドライバーの建設された位置から、ほど近い位置に見つかった。
さすがに、鈍感なイチロウでも、その地表を、覆いつくすピンク色の絨毯に気づかないほど鈍くは無かった。


「今の季節なら、まだ見頃だから・・・綺麗でしょ・・・ハルナのルージュと、同じショッキングピンクの花を付けた梅の花・・・白と赤の花もあるんだけど、ハルナは、やっぱり、この濃いピンク色が一番好きなんだ」
「確かに、すごい綺麗だ・・・」


「昔は、見頃も3月いっぱいくらいだったらしいんだけど、品種改良と遺伝子の効果的な組み換えで、花の見頃も伸びてゴールデンウィークが明けるまでは花も散らなくなったし・・・3ヶ月も、この風景を楽しめるんだ・・・宇宙開発には、自然の破壊とかも避けられないんだけど、ここは、宇宙開発と自然保護をちゃんと両立させてる・・・それも、ハルナにとっては、自慢の一つなんだよ」


「ハルナ・・・っていい名前だな」
「わかってくれた?」
「この梅の林・・・当然、地上からも見られるんだよな」
「うん、明日、もう一度、ドライブで来てみようか・・・この近くには、いい温泉もあるし」
「楽しみだ・・・」


「残念・・・このへんの温泉は、男と女が別に入るんだよ」
 ハルナは、悪戯っぽく笑う。
「もっと、いっぱい教えてあげたいことも、見てもらいたいものもあるんだけど、そろそろ、ハルナの家に行こうか」
「そうだな・・・オータ・シティだったっけ?」
「うん、ここからなら、とても近いよ・・・ゆっくり行っても30分くらいで着けるから・・・どう?操縦してみる?」
「俺には、まだ無理だよ」


「じゃ、手を添えていてあげる」
「宇宙《そら》に上がったら、遠慮なく乗らせて貰うよ」
「そうだね・・・万が一ってこともあるし」


 ルージュは、榛名山から南下するために、ハルナの自宅があるというオータ・シティ方向へ、ゆっくり機体を旋回させた。
可能な限りの低空飛行を続けるルージュの窓の外に、一つの巨大なサーキットコースがあることに、イチロウは気づいた。
「こんなところにサーキットがあるんだ」
「F1を開催するために作っちゃったんだよね・・・作ったのは、ハルナのおじい様だよ」
「ホテル経営って、そんなに儲かるんだ」

 


「実は、3基あるワープステーションも、うちが経営しているんだよ・・・

 

おじい様は、とにかく派手好きなんだけど、お父様は、どっちかというと、余り派手好みじゃないっていうか・・・

 

ワープステーションのホテル施設を作った時も、『カドクラ・ホテル』って名前は出さないでくれって・・・

もっと、バンバン、名前を宣伝しろと、おじい様からは言われてるんだけど、その辺がダメみたいなの・・・だから、おじい様は、早く、お父様を引退させて、ハルナに、社長を引き継がせるんだって・・・

うるさいんだ」


「あれ?ハルナには、お兄さんがいるんじゃなかったか?」
「お兄様は、別の会社だから・・・そっちも重要なので、ハルナが、カドクラ・ホテルの社長をやるしかないんだ・・・

そうそう、今夜は、土曜日だから、パーティがあるんだった・・・もちろん、イチロウも連れて行くからね」
「俺は、出ないぞ」


「ええっ今日は、そのつもりで来て貰ったのに・・・ダンスなら、てきとうに踊ってればいいんだからさ・・・イチロウはリズム感もあるみたいだし、問題ないよ」


「ダンスとか、そういうのが問題なんじゃなくって」
「却下!!

いい?

イチロウ、ちゃんと聞いて欲しいんだけど、イチロウやエリナ様は、もっとちゃんと、いるべきところにいないといけないんだよ」


「いるべきところってなんだよ」


「自由気ままに生活することを邪魔するつもりはないけど・・・例えば、パイロットやドライバーであるなら、ちゃんと最高カテゴリを目指す・・・

機械工学の技術があるなら、その専門チームや専門機関に身を置く必要があるんだよ・・・

一人でできることなんて、ほんとうに、高《タカ》が知れているんだから。


 ハルナは、あの時・・・第4恒星系で、イチロウと戦った時、絶対負ける気なんかなかった。


あのセカンドインパクトのライヴ中継で、エリナ様の姿を見つけて、あわよくば、お会いすることができるんじゃないかって、そう思って、追いかけて・・・

成り行きでああはなったけど、イチロウに負けるとは、これっぽっちも思わなかったんだ。


たとえ、あのZ《ズィー》カーが、エリナ様が作った機体であったとしても・・・
ハルナのルージュのスピードに付いてくることができるなんて、ほんとうに、そんなパイロット・・・

数えるくらいしかいないはずなんだ」


ハルナは、よっぽど、悔しかったのだろうと思えるほど、興奮気味でイチロウに、あの時の心情を伝えた。


「あの後、悔しくって悔しくって、1週間、ほんとうに何にも手につかなかった。
 だから、それだけの腕があるイチロウには、ちゃんとしたレースで、ちゃんとした成績を挙げてほしいんだよね・・・」
「あれは、俺の力じゃないから・・・それは、ハルナも気づいていたって言ってたじゃないか」


「そうだよね・・・イチロウの力は、まだ未知数・・・むしろ、ハルナの怒りは、エリナ様への怒りだったのかも・・・う~ん、自分で言い出したのに、うまく説明できなくなっちゃった」


 イチロウは、ハルナの言葉の真意を図りかねていた。
 必要以上に、自分を買ってくれてる、自称、大手ホテル経営者の娘・・・おそらく、技術も高く、経験も積んでる人材が、傍近くにたくさんいるであろうことは、いかな鈍感なイチロウでも察することはできた。
 そういった、高い技能を持つ者たちが集まるであろう、地上でのパーティに、少なからず興味を覚えないわけでもなかったが、イチロウは、初めてルーパス号・・・エリナの元を離れたことで、大きな不安感を持っていたことも確かであり、そういう場に出ることに積極的にはなれなかったのだ。

 


(俺は、意外と臆病なのかもしれない)

 

「でも、パーティにはエスコートしてほしいんだ。ハルナの友達もいっぱい来るし・・・イチロウを紹介しておきたいから」
「考えておくよ」
「絶対、つれていくからね・・・ということで、そろそろ着くよ」


 イチロウが見下ろす地上に広大な敷地を持つ邸宅が見える。
垂直離着陸が可能であるというスバル・ルージュの機体は、ハルナの絶妙な操縦により、眼下の邸宅の敷地内にある、かなり広めの自家用ジェット機離着陸ポートに、着陸を果たした。


「ここが、以前、実験都市《モルモット・シティ》と呼ばれた街

 

・・・オータ・シティ・・・

 

ハルナが、生まれ育った街だよ」

 

 


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ルーパス号放浪記 第二部「届け物は優勝杯」第1章をお届けします。
第一話「届け物は女の子」から、読んでくださってる方には、感謝の言葉がありません。相変わらず、エリナ、ミリーのおしゃべりは全開ではありますが、ミユイ亡き後(まだ死んでいないですが)ルーパスの仲間候補の「ハルナ・ピンクルージュ(本名は門倉榛名)」が、かなりでしゃばってきています。
作者は、ミユイも好きなキャラなので、ところどころ、おしゃべりに参加させたいとは思っています。

今、太陽系レースのレギュレーションで悩んでおりますので、次の第2章の発表は、少し時間がかかるかもしれません。
これからも、ルーパス号の仲間たちのおしゃべりは健在なので、彼らのおしゃべりに、おつきあいいただけると、とても嬉しいです。

お気づきの方もいるかもしれませんが、この第1章でミリーが呟く「未来の花嫁」、そして婦人警官の「カナリ」、第1話の第4章「甘い記憶(Sweet Memories)」は、ある女性アーティストの曲のタイトルを使わせてもらってます。