第3章 目的の地へ -10- | d2farm研究室

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 それから、およそ20分後、『ジュピター・アイランド』を名乗る海賊団の母船のクルーザーと、ミリーの射撃と、ミユイのOS書き替えによる攻撃で無力化されたミニ・クルーザーが漂っている空域に、3機のミニ・クルーザーが、到着していた。
既に、カゲヤマにとっての|BGV《お気に入り》となっているセカンドインパクトのコンサート会場から放映されたエリナのダンスシーンが映っているサイドモニターを横目で見ながら、カゲヤマは、苦笑する。
「なかなか、あのお嬢さん方もやってくれる」
 カゲヤマが勤務するオータ|癒《ケアル》エクスプレス・・・『癒』という漢字をアレンジしたロゴマークが両翼に描かれた20世紀の米軍で活躍したF14トムキャットの機体を、ほぼそのまま利用して製造されたミニ・クルーザーであるが、その性能は、この時代の量産型のミニ・クルーザーの性能を、様々な面で上回る仕様となっている。
(現行犯と判断するのは難しそうだから、|スーパーポリス《あいつら》は、ここで諦めて帰ってくれると、俺としても嬉しいんだが・・・
 そこまで甘くはないんだろうな)
|超高機動警察隊《スーパーポリス》の2機を正面に捕らえながら、カゲヤマは思う。
2機とも、よく知っている機体だ。
1機は緑系統の蛍光色・・・メーカーはポルシェの最新機種。もう1機は黄色系統の蛍光色・・・こちらもメーカーはポルシェである。
そして、予測通り、そのポリスカーから通信が入る。
『シャドー・マスター、お前も、この件に関わっているのか?』
 声のトーンを低めに抑えた女の声が、カゲヤマの機体のスピーカーから聞こえた。
「荷物の運搬中で、通りかかっただけですよ。関係していたら、俺もしょっぴきますか?」
『犯罪者を作り出すのが、我々の仕事ではないからな・・・むやみやたらに、逮捕しまくってるわけではない。ただ、最近、かなり海賊の動きが活発になっている。小競り合いも多い・・・特に、お前たちのような、物資を専門に扱う配送業者が狙われる率が高くなっている』
「今も、昔もフロンティア開発にリスクは付き物ですよ。新しい大地、新しい土地。人口爆発の可能性はゼロになりましたが、人間の|性分《さが》は、常に新しい物・場所を求める。そこに黄金郷がある可能性がゼロにならない限り、人間は必ず、未知の世界へ飛び出し行ってしまう」
『哲学的なことを言う・・・まぁ。お前の持論はどうでもいい。あいつらの行き先を知っていたら、教えてくれ。探す手間が省ける』
「知っていても、たぶん、あなたには教えるつもりはないですよ」
『私が嫌いなのか?』
「嫌いですね」
『ほめ言葉として受け取っておこう』
 時間の無駄と悟ったのか、2機の|保安官《シェリフ》エンブレムをマーキングされたポルシェが、その空域から飛び去っていくのを、カゲヤマは、なんとなしに見送った。
カゲヤマを『シャドー・マスター』と呼んだ女の名は、「カナリ・シルフ・オカダ」・・・「カナリア」というエントリーネームで、太陽系レースへのレギュラー参戦をしている、カゲヤマの最大のライバルである。
前回のレースの結果は、カゲヤマが優勝。準優勝が、このカナリであった。
(あの棘さえなければ、あいつも顔はかわいいんだけどな)
 前回のレースで、|表彰台《ポディウム》の中央に立つカゲヤマを2位の位置から見上げていた、カナリの顔を思い出してみる。
表彰台の一番上に立つことができなかった悔しさと、声援を贈ってくれたレーススタッフやファンへの感謝を示す笑顔が、ないまぜとなって複雑な表情となってしまっているカナリの顔を思い浮かべながら、カゲヤマはサイドモニターに映るエリナの顔を凝視する。
(顔だけなら、カナリのほうが、少し上かな)
 実も蓋もないモノローグであることを自覚しつつ、カゲヤマは、モニターの画面を見続ける。
(とりあえず、エリナにも、伝えといたほうがいいか・・・)
 アドレスリストから、エリナの名前を選択して、ショートメールを入れる。
『ポリスが、そっちに向かった。かなり正確に位置を特定できてるようだ・・・警戒されたし・・・』
もう一通・・・
『追ってるのは、カナリと、その上司の2機だ』

 ブリッジに戻ってきていたミリーが、エリナの携帯端末から流れた着信メロディに気づいて、そのメールメッセージを覗き込む。
「とりあえず、『ありがとう』って返信入れておいたほうがいいよ」
「うん・・・わかった、そうする」
 エリナは、不器用に、文字入力を済ませ返信する。
「イチロウ・・・全然、戻って来ないね・・・気になる?もう1回呼んだらどう?」
「でも、ちゃんと後ろについてきてるから大丈夫だよ」
「二人っきりで何してるのかなぁ・・・エリナとしては、気になるよね」
「そんなことより、ミリーもありがとう・・・相変わらず、シューティングの腕は、うちでナンバーワンだね」
「『そんなこと』って言っちゃうんだ・・・でも、あの程度の雑魚キャラなら、眼をつぶってても、撃ち落せるよ。それに、イチロウの動きに惑わされて、こっちを無警戒だったし・・・
 ポリスが相手だと、ちょっときついだろうなぁ」
 ミリーは、Zカスタムへ直接呼びかけた。
「イチロウ・・・そろそろ、戻ってきて。ミユイにもちゃんとお礼を言いたいから」
『わかった・・・すぐ戻る』
「すぐ戻るってさ。よかったね、エリナ」
 ミリーは、ロウムの座っているほうに向き直った。
「ところで、ロウム・・・次の作戦は?このまま予定の航路でいいのかな?ポリスが追ってきているって、今、カゲヤマくんから連絡が入ったよ」
「僕たちは、ポリスに捕まるようなことはしてないから、問題ないよ」
「ママは、どう思う?なんか、不自然だよね」
「ミリーは、どう思ってるの?」
「う~ん
 海賊とドンパチやったっていうだけで、あたしたちを追ってくるほど、ポリスだって暇じゃないよね」
「直接、目的を聞いてみるってのはNGかな・・・
 ミリーは、どう思う?|彼女《カナリ》のアドレスなら、わかるから、ダメモトでメールでも送ってみる?」
「それで、返事してくれるなら、向こうからコンタクト取ってくるんじゃない?1年前と違って、こっちは、善良な一市民なんだし・・・追っかけられる理由がないよね」
 ミリーは母との会話を、そこで途切れさせると、思案顔を、エリナのほうに向けた。
「わたしたちが追われてる理由じゃないとすると、目的はひとつしかないってことか」
「ミユイ・・・ね」
 エリナが応える。
「うん」
「むしろ、ここまで狙われなかった、追われていなかったってことが、ラッキーだったのかも」
 エリナは、メイン・モニターに映るZカスタムの機影を見詰め、そのシートに座っているはずのイチロウとミユイに思いを馳せた。
「そうだね、運送屋さんが断るには断るだけの理由があるってことだろうし・・・『真空を克服する遺伝子』っていうのが存在するっていうのは、あたしは信じてないから」
 ミユイの言葉を思い出す。その理由を告げられた時も、疑問に思っていたことであったが、ここで、はっきりと、自分なりにその理由を否定する。
「むしろ、中央政府とかポリスから追われてるってことか・・・彼女は?」
 ソランが、口を挟む。
「つくづく、不思議な依頼人だね」
 とは、キリエの言葉である。
「どうしよう・・・ここまで、ビジネスライクにやってきたけど、ポリス相手じゃ反撃するわけにもいかないし、やっかいな展開になっちゃったね」
 ミリーは、初めに、地球圏の宇宙ステーションで会った時のことを思い出していた。
「イチロウの初仕事だったはずなのに・・・結局、みんなで手伝うことになったしね」
「さっきの作戦なら、ポリスカー2機沈黙させられるんじゃないか?ミリー」
 キリエが、手をピストルの形にして、ミリーに突き出して言った。ニコリと微笑することも忘れなかった。
「それこそ、公務執行妨害でしょ」
「ゼニガタに狙われるルパンの心境ね」
「キリエも、古いアニメの例えをするようになったね。イチロウの影響かなぁ・・・
カナリが、ゼニガタくらい優しいおじ様だったらよかったのに」
「ミユイに、真実を聞く?でないと、手が打てない・・・海賊相手だけだったらまだ、良かったんだが
 本気で、ポリスに追われたら、逃げられないぞ」
キリエは、今度は、エリナに向き直った。
「うん、でも、本当のこと言ってくれるかな?」
 エリナは、さっきから、ずっとZカスタムの機影を眼で追っている。
イチロウとミユイの間で交わされているであろう言葉を、想像しながら・・・
「もしかしたら、もう、イチロウが聞き出してくれてるんじゃない・・・これだけ、二人っきりでいるってことは、ただ、おしゃべりしているだけとは思えないんだよね」
「考えててもしょうがない」

『あなたたちの目的はなに?』
 リンデは、カナリ宛てにショートメールを飛ばした。
『リューガサキの娘を保護したい』
 ショートメールの返事が、すぐに送られてきた。
 ミリーが、リンデの携帯端末を覗き込む。
「ビンゴか・・・」
『ただ、あなたたちが、すんなりリューガサキの娘を引き渡すとは思っていないので、実力行使するつもりだ』
「いつもながら、せっかちな女の子ね
 ・・・聞く耳もたずか」
 イチロウが、ミユイを伴いブリッジに戻ってきた。
「おかえり!!イチロウ」
「ミリーはすごいな」
「うん!!もっと褒めて」
「今度、いっしょにゲームしような。やり方を教えてくれるか?」
「あたしも、ミリーといっしょに遊びたい」
 ミユイも、朗らかな笑顔で、ミリーの傍にやってきて言った。
「それは、かまわないんだけど、ちょっと、やっかいな敵が来ちゃって」
「敵?」
「ポリスね・・・ミユイを保護したいって言われてるとこ」
「ちなみに、情報をくれたのは、カゲヤマくんなんだよね」
「加勢してくれるんなら、心強いんんだけど、
ミユイが、怒らせちゃったから無理かな・・・まぁ、エリナ・ラヴなカゲヤマくんだし、いざとなったらエリナを一日レンタルで貸してやるって手もあるけど・・・エリナ、レンタルされてくれる?」

「バローギャング海賊団の動きはどうなってる?カナリ」
 緑のポルシェに乗るカナリの上司ジョン・レスリー・マッコーウェンが、カナリに尋ねる。
「|ルーパス号《かれら》の進路に、確実に集まってきています。あれだけの人数、彼らの手に余るのは間違いないですよ。早めにリューガサキの娘を保護したいのですが、彼らは、プライドにかけても、私たちの援助は受けようとしないでしょうね」
「あの船には、お前の教育指導士も乗ってるんだったな」
「私の最愛の母です。母が、クライアントとの契約を破棄することはありえませんから、必ず、リューガサキの娘を目的地まで連れて行こうとするでしょう」
 カナリの名付け親であり、6歳になるまでを一緒に過ごし、警察というカナリにとって天職となる職業に就くための道を作ってくれたのは、他ならねリンデである。
「彼らをサポートすることは、警察隊の立場上認めるわけにいかないが、彼らはすんなりと、リューガサキの娘を渡すことはしないんだろう・・・どうするつもりだ?」
「やっぱり、バローギャングの連中に襲われたところを助けるしか・・・
 囮捜査のようで、気は進みませんが
 部長に眼を瞑っていただくことさえできれば、彼らと共に戦いたいのですが」
「それは、できないと言ったつもりだが」
「わかってます
 きっと、なんとかなりますよ。
彼らの運は、きっと、こんなことくらいで尽きたりしないと信じています
 中央政府のお偉方は、なぜ、あの、お嬢さんを泳がせるようなことを決めたのでしょうか?」
「あれは、あの、お嬢さんにしてやられたっていうことらしいな・・・元々、頭のいい、お嬢さんだ。相当、用意周到に計画していたとしても不思議ではない。
 軟禁状態の彼女が、どうやって中央政府の監視の目をかいくぐって、彼らの船に乗ることができたのか、さっきの戦闘を見る限り、不思議でもなんでもないと、俺は感じたのだがな。お前の感想も聞いてみたい。
あの|能力《ちから》を使うことに、相当慣れている・・・というか、自身で、訓練したということなんだろう。お前の好きな努力家タイプの人間と言えるのかもしれない。
 それと、地上隊からの連絡も入っている。
カツトシ・リューガサキのほうの身柄の確保のための|作戦《ミッション》は、順調だということだ」
「12番惑星で、何が起こっているのか・・・その情報は、私でも聞いてよいものなのでしょうか?」
「お前なら、他に漏らすこともないし、知りたいなら、この件についての情報キーを渡す。今、そちらのモニターにパスワードを表示したから、自分の目で確認するといい」
「はい・・・感謝いたします」
「バローギャングの連中が、動き始めたようだ・・・行こうか」
「はい・・・」
 ジョンとカナリは、慣性飛行から、ブースターエンジンによる|緊急飛行《エマージェンシーフライト》に切り替え、ルーパス号の元へと加速して行った。

「ロウム・・・どういうこと?」
 ルーパス号の船内に、さっきから緊急警報が鳴り響いている。
「すっかり、囲まれてしまいましたね」
 ミユイが、ブリッジのモニターに映る海賊の大船団を見ながら呟く。
「さっきの海賊とは、明らかに様子が違うわね」
「さっきのは、エリナのストーカーさんだったからね・・・この人たちが、例の『バローギャング海賊団』?」

『エリナ・・・加勢に来た』
 カゲヤマの声が、ブリッジに響く。
『ありがとう・・・助かります』
『じきに、カナリたちも来る』
『ミユイを保護したいと言われました』
『カナリに、ミユイちゃんを預けて、とんずらを決めるか?』
『そんなことはしたくない・・・それが、ミユイにとっても、良いことなんだったとしても・・・届け物は、最後まで責任を持って、目的の場所まで届けるよ』
「ねぇ、イチロウ」
「もちろんだ」
『その返事を聞きたかった。もし、これで、荷物を誰かに預けて、仕事を途中で放り出すようなら、回状をまわして、二度と配送の仕事なんかさせないつもりだった』
「あたしたちは、ライトニング・ファントムで出ます」
 キリエとソランは、言うが早いか、ブリッジから飛び出して行った。
 イチロウは、ミユイのほうを見る。
「わたしも出ます」
「でも・・・ミユイは、ここに残ったほうがいい」
「うん、Zカスタムを狙い撃ちされたら、あの機体は持ちこたえられない」
「それは、ないんじゃない
 あいつらがミユイちゃんを狙っているんだったら、殺したりしないと思う」
「あの人たちが、欲しがってるのは、わたしの脳・・・です」
「!」
「だから、わたしを狙い撃つことに躊躇はしない・・はず
 わたしは、この脳を、父のところへ届けないといけないんです。11年前に、記録された国家機密・・・中央政府が隠蔽しておこうとした機密が、この頭の中に記録されています。父は、この機密を取り出す研究を続けていました。
 リョウスケ・アズマザキの死の間際にコピーされた最後の記憶を含めた全ての知識と経験・・・特に、空白の40年の記録が・・それが、わたしの頭には残ってしまっているのです」
 ミユイは、恐らく叫びだしたい気持ちであったのだろうが、その言葉だけを、努めて冷静な言葉でルーパス号のクルーに告げた。
「どっちにしても、ミユイの|能力《ちから》がなければ、ここを突破することはできないだろうと思う。俺に、もう少し力があれば、一人であいつらを蹴散らしたいところだが、それができるとうぬぼれるほど、俺もバカじゃない」
「イチロウ・・・」
「ミユイを守ってもらえる?」
「最大限の努力はする
 ミリー・・・一緒に、このミユイと、この船を守ろう」
「あの海賊さんたちを倒したら、さっきみたいに褒めてくれる?」
「ああ・・・ミリーがしてほしいこと、なんでもしてやるよ。キスでも添い寝でもなんでもだ」
「約束?してくれるの?イチロウが、あたしに?」
「ああ、何をしてほしい?」
 ミリーは、一瞬、口を噤んだ。
そして、大きな笑顔を作った。
「エリナにキスしてあげてください・・・」
 イチロウは、驚きの表情を見せたが、その見開いた両の瞼をゆっくりと瞬きさせると、笑った。
ミリーは、それを、イチロウが肯定してくれたのだと、勝手に思い込むことにした。
「エリナ、リンデさん・・・船は任せます」
「イチロウ、今のルーパスが持ってる攻撃オプションは、たいしたことない・・・でも、僕もできるかぎり、この船を守るための知恵を搾り出してみせます。
 父といっしょに・・・
だから、イチロウは、ミユイさんを守ることに専念してください」
「心強いよ、ロウム」
「イチロウ・・・その必要があれば、12番惑星まで直接飛んでいっていい。俺たちも、必ず、あいつらを振り切って、12番惑星まで辿り着く」
「わかりました。マイクさん」
「ここからの判断は、イチロウに任せるから・・・正しいと思う選択肢を選んでくれ」
 イチロウは、大きくうなずいた。
「行きましょう、イチロウ」
 ミユイが、イチロウの手を取った。
「こんなことに巻き込んじゃって、ほんと、ごめん・・・」
「謝る必要はない」
「何度もシミュレーションしたの・・・父さんに会える・・・わたしを父さんに届ける方法を・・・
わたし・・・
エリナさんと出会うことが、わたしが生き残れる唯一の方法だって・・・
 イチロウ、ほんとうにごめん」
「謝って欲しくない
 むしろ、ミユイが悩んでいる間、俺たちこそ、全然、緊張感なくって、悪かったと思ってる」
「生き残りたいよ」
「同感だ」
『イチロウ・・・ミリーは大丈夫だから』
 ギンの声がイチロウに届く。
『ミユイ・・・イチロウの傍にいれば、大丈夫だから』
 ミユイが、しっかりとうなずいた。
『イチロウ、Zカスタム スタンバイOK
 すぐ出してくれ!!エリナ』
『わかってる』
『ミリーとギン コゼット行けるよ』
 エリナの操作で、Zカスタムが・・・そして、続けてコゼットが射出される。
 コゼットの機体を、そのまま、ミリーがコントロールして、ルーパス号の左耳の位置にドッキングさせる。
『ミリー、落ち着いて・・・大丈夫、1年前に比べれば、こんなの危機のうちに入らないよ』
「ギンは、やさしいね」
 ミリーは、既に射撃の体制に入っている。
手に持っているのは、愛用のゲームコントローラで、眼の前に展開する海賊の船団に照準を合わせる。
『ミユイ、聞こえる?』
『感度は良好よ』
『ギンが、あたしの眼になるから・・・あたしが狙い撃つ敵を感じて・・・そのほうが効率いいよ・・・
 死なせたくないんでしょ・・・
敵も・・・
あと、味方も』
 その言葉と同時に、ギンが視界に捉えているであろう映像が、ミユイの眼の前に拡がる。
あたかも、コゼットのコックピットに乗り合わせているかのようにミユイは、その映像を、はっきりとビジョンとして意識することができた。
3機の敵のミニ・クルーザーが、比較的遠い距離ながら、ルーパス号に迫ってくるのがわかる。ミリーは、連射で、その3機に続けてペイント弾を撃ち込む。
 超長距離射撃でありながら、ミリーの放つ弾は、狙った位置を10センチ以上外すことはなかった。
「あいつら、すごいな」
「うん、これなら、なんとでもなる・・・それに、この機体も、|初期設定《デフォルト》は変えられていない」
「いいチームだ・・・その中でも、彼らを|検索選択《サーチ・セレクト》したミユイのCPUが一番優秀だ」
「女の子を、機械みたいに言うんだね」
 会話をしながらも、イチロウは、回避運動を、ミユイは、敵機体を無力化するためのOSの書き換えをする手を休めることはない。
「ミユイ・・・あのデカブツを無力化することもできるか?」
 イチロウが、ミニ・クルーザーをカタパルト・デッキから次々に射出している、敵母船を指差して、ミユイに尋ねる。
「あれを沈黙させることができれば、雑魚の数を減らせることができる」
『聞こえたよ・・・ミユイ・・・どこに当てればいい?』
 ミユイは、自分の頭の中の|索引《インデックス》を高速検索する。海賊が使用することができるクルーザーであれば、ルーパス号のようなオリジナル建造である可能性は低い。
だから、カスタマイズされてるとはいえ、心臓部の位置を特定することはできるはずである。
位置の特定は、すぐにわかったが、ミリーが狙える位置からでは、一番近い母船の外装部分に当てられたとしても、遠すぎてリモートコントロールができる可能性は高くないと判断した。
今、そのリスクを犯すことはできない。
「ちょっと考えさせて・・・
 死角になってて、ルーパスから狙うことは難しいの」
『その役目、俺たちがやってやるよ』」
 ソランの声が聞こえた。
『どこに、撃ち込めばいいか教えてくれ・・・俺たちで、やってみる』
 気がつけば、旧式のファントムに乗っているキリエとソランが、ランデブー飛行のように、Zカスタムの真横に、機体を寄せていた。
『お前たちの、殺さずの刃・・・俺たちも見習わせて貰う
 それに・・・ミニ・クルーザーの数を減らされたことで、あいつら、ミサイル攻撃に切り替えて来ている
ミサイルの発射管制も制御できるんだろう。ミユイの作戦なら・・・』
『はい・・・お願いします』

(なんという戦闘風景だろう)
 |保安官《シェリフ》エンブレムを身につけた2機のポルシェが、眼前に展開される、ルーパス号とバローギャング海賊団との戦闘・・・それが戦闘といえるものであるかは疑問符がつけられるものであったが・・・をじっと見詰めて1分程度が経過していた。
(リンデも、ジョンも、こういう戦闘を教えてはくれなかった)
『まるで、20世紀末のヤマトとアメリカ海軍のニューヨーク沖の戦闘を見ているようですね』
『あれは、史実ではないぞ』
『私にとっては、フィクションもノンフィクションも関係ありません・・・書籍に残されている文章の全てが、事実であると、それを規範としなさいと、私の教育指導士が教えてくれています。想像できる戦術は、実現可能な戦術であるとも・・・
 そう教えられました』
『お前は、教育指導士のスキルも持っているようだな』
『私は、警察というこの仕事を天職だと思っています』
『お前の教育指導士が示してくれた道だからか?』
『部長に出会えたからです』
 カナリは、照れずに言った。
『お前の前で、下手な手は打てないな』
『この戦闘への介入・・・部長の指示に従います・・・あの制御チップ・・・分けてもらってきましょうか?』
『あんな戦闘を実現できるリューガサキの娘、それだけでも、中央政府が隠そうとする意図がわからなくもない』
『突破できると思うか?』
『突破してくれると信じています・・・
 私の母が乗っている船です』
 
 キリエのシューティングが、敵母船の心臓部近くを的確に捉えた。作戦の成功を確信した操縦桿を操るソランが、そこからの離脱を果たす。
それと同時に、Zカスタムが、敵母船近くまで飛翔してくる。
『キリエ・ナイス・シュート!!』
 イチロウの賛辞の声が、二人に伝わる。
 二人が、コックピットの中で、ガッツポーズを取る。
ミユイが、ミニ・クルーザーを操るのと同じ手続きで、母船の心臓を捜し当てる。2重3重のセキュリティロックを突破する。
電気制御盤に到達する配線のルートを含めて、主要な制御網の全てを、ミユイは、その掌中に治めたことに確信を持ち、まず、電気系統の全てを沈黙させる。
母船から光が失われたことで、ルーパス号のクルーは、ミユイの作戦が成功したことを知った。
ミサイルの砲撃が止んだことが、その証でもあった。

(加勢に来たつもりなんだが・・・エリナに無理を言って付けてもらった、こいつの火力は無粋すぎるな)
 カゲヤマは、トムキャットの操縦桿に眼を落として、ルーパス号が応戦している方向へ、機首を巡らした。
戦闘は継続されていたが、カゲヤマは、エリナたちの勝利、この空域からの脱出が果たされることを確信していた。