第3章 目的の地へ -7- | d2farm研究室

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 イチロウの息遣いを、ずっと密着状態で体感していたエリナは、そのキリエの歌う曲が流れた瞬間に、より大きな力で抱きすくめられたことを感じていた。
(どうしよう・・・ドキドキが止まんないよ。絶対、この心臓の音聞こえちゃってる・・・イチロウと、あたしの心臓の間に、ちゃんとした障害物があれば良かったのに・・・)
 エリナは、今更ながら、極度のダイエットによって、小さくしてしまった胸の形を嘆いた。
イチロウは、歌に合わせてリズムを取っているだけで、先ほどまでの激しいダンスのステップを完全にやめてしまっている。
(何か言わなきゃ)
 そうは思うのだが、完全に歌に聞き入ってしまっているイチロウに何を言っていいのか、まったくわからない。
(キリエのバカ・・・)
 ずっと、イチロウを見詰めているエリナの眼に、ゆっくりと動き始めたイチロウの口元が映った。
 その口元に無意識に、吸い寄せられるように、エリナは、自らの腕をイチロウの背中深く巡らせて、さらに、自分の口元を、イチロウの唇により近い位置まで寄せている自分に気づいて、半眼になっていた眼をしっかりと見開いて、今度は、意識的に、少しだけ距離を取った。
(危ない、危ない・・・でも、何か言わなきゃ)
 エリナは、既に、ステージではなく、イチロウしか|視《み》ていない自分に気づいたが、自分の気持ちの中では、まだ、自分のストレートな気持ちを形にできない抑止の感情が残っていることに、ほっとしてもいるのだった。
(イチロウが望むなら、もうどうなってもイイや・・・)
 そんなことを漠然と思い描き、暴走し始める妄想状態のエリナの耳に、キリエの声を上書きするもう一つの声が、印象深く突き刺さった。
マリーメイヤ・セイラの声だった。
イチロウが、ステージに視線を移すのと、エリナがステージに視線を移すのがほぼ同時であった。そして、二人ともが同時に我に返った。
「悪い、記憶が飛んでた・・・21世紀に気持ちが飛んでいってたみたいだ」
 そんな、言い訳ともつぶやきともつかないイチロウの言葉を理解できたのか、理解できなかったのか、エリナは、微かに頷くことしかできなかったが、次の瞬間、二人の眼の前に、キリエの姿が迫ってきていた。
 イチロウの口元に、キリエが手にしていたマイクが突きつけられた。
「一緒に歌えるよね・・・わたしのスペシャルプレゼント。ステージはセイラにバトンタッチしてきたから、わたしは、もう、終わりまでここにいるよ」
 当然ながら、逡巡しているイチロウの傍に立って、キリエは続きのフレーズをリフレインし始めた。
セイラの声も、それに呼応する。
(俺が、歌わないと、このリフレインは永久に続くのか・・・キリエって、こんな強引だったのか)
 リフレインされる最後のフレーズ・・・イチロウも、決して歌が下手糞なわけではないことは自覚していたので、すぅっと、深呼吸するように、息を飲み込むと、以前、カラオケハウスで歌った時の感覚を呼び起こして、自分の声を発した。
マイクを通して、自分の声が、ホールに響き渡る・・・とても、気持ちのいい感覚だった。そこで、キリエ、セイラ、イチロウの声による最後のリフレインフレーズが終わり、ホール全体から大きな拍手が沸き起こった。
「21世紀から来てくれた、わたしたちの大切な友人がカレです、みんな、たくさんの拍手を、ほんとうにありがとう・・・これで、わたしの歌は終わりです」
「キリエちゃんは、そこでいいから、ちゃんと最後まで歌ってね」
 ステージからアルビスの声が届いた。
「了解」
「こんだけ盛り上がったら、あれ、やるっきゃないよねぇ、どう、みんな、ナツメロ大会やっちゃっていいかな」
「残り、2曲の予定だったんだけど、みんなの予定がokなら、後、10曲くらいは、いけちゃうんだけど」
 キグナス・ツインの二人が、思いっきりのハイテンション・ヴォイスで、ホールの聴衆を煽る。
 聴衆の同意も何もなく、その後、1時間弱のステージが続いたのである。

 最後までホールのあちこちを駆け回っていたキリエが、最後の曲の時に、もう一度、エリナとイチロウの傍までやってきて伝えた。
「このステージ終わったら、セイラがイチロウに話があるんだって・・・ステージ裏に来られるかな?」
「俺が、行っても構わないのか」
「もちろんだよ・・・あ、ついでに、エリナも来ていいからね。もっとついでで、ソランも」

「始めまして」
 セイラのお河童頭がふわりと揺れる。
「こちらこそ、始めまして」
「あたしの歌、初めて聞いたんだよね」
「俺、あんまり、こっちの世界のこと知らないから、あなたのことも、今日初めて・・・」
「硬い挨拶は抜きで・・・どうだった」
 セイラは、ざっくばらんな態度と笑顔で、イチロウに顔を近づけてくる。
「あたしの歌・・・」
「最高でした」
「21世紀初めの歌手とあたしと較べてどう思った?」
「較べることは、たぶんできない」
「だよね・・・うんうん、正直でよろしい」
 セイラは、1枚のCDを、イチロウに突き出した。
「さっきの曲は入っていないけど、たぶん、気に入ってもらえると思う・・・イチロウさんにあげます」
 そのCDの|表面《おもてめん》には、特に何も書かれていなかった。セイラは、一本のマジックペンを取り出すと、アルファベットで、6文字を、丁寧に書き記した。
G・U・N・D・A・M
「あたしが、全部歌ってる、お気に入り主題歌・挿入歌がはいってます。今、オンエア中の最新作のカバーバージョンも・・・ここだけの話にしてほしいんだけど・・・実は、その次のセカンド・シーズンの主題歌を、やっとゲットしたんですよ」
 セイラは、小躍りするようなオーバーアクションのガッツポーズを繰り返して、持っていた手渡すはずのCDを危うく、放りあげてしまいそうになった。
「え?主題歌って、まさかガンダム最新作?」
 イチロウは、手渡されたCDをしげしげと眺めながら疑問符を付けて、聞き返した。
「もちろん、もちろん、もちろん」
「10歳の時から、4回も主題歌オーディション受けて、やっと、やっと、やっと、ついに、夢が叶っちゃった」
「おめでとう・・・って言えばいいのかな?」
「うん、ありがとう
 キリエから、さっき、過去の世界で生まれて、今の世界で目覚めた男の子がいるって聞いて、最初はびっくりしたんだけど」
「びっくりしますよね、普通は」
「だから、ずっとカメラで追わせていたの」
「え?」
「あ・な・たのこと」
 セイラは、心地よいスタッカートを効かせた明るい調子で、人差し指をイチロウに突きつけて、これ以上ないといえそうなほどのアイドル系の笑顔を見せて言った。
「もしかして、セイラって、本名じゃない?」
「あぁ、この新鮮な驚きの反応・・・キリエに呼んでもらって、ほんとに楽しい」
 いかに鈍いイチロウでも、さすがに、これだけヒントを出されれば、嫌でも気づく。
「セイラさん・・・ですか?」
「うん、うん・・・132年間で初めてセイラが、ガンダムの主題歌を歌うんだよ・・・こんな、超メモリアルイベントに参加できて、イチロウくんは本当にラッキーなんだからね」
「途方もなさ過ぎて、なんとコメントしていいか」
「何も言わなくても、そのびっくり顔で、セイラさんは、超満足いたしました
 お部屋に帰ったら、速攻で聴いてね
あ・・・でも、お部屋に帰って、そっちの彼女さんと楽しんだ後でもいいし、楽しみながらでもいいよ。
聴いていただければ、セイラさんは、満足ですから」
 エリナが、下を向いてしまった。
「あれ、もしかして彼女さんじゃないの?」
「そういう関係じゃないですよ」
「あんなに、くっついていたのに?」
「あれは・・・」
 楽屋で、セイラとイチロウのやり取りを見守っていた、キリエたち・・・つまり、イチロウに、初めてダンスの手ほどきをした、シンシアが、声を押し殺して、笑っているのが、イチロウの眼に映った。
「あたし、あれが、イチロウくんのいた時代のダンスなんだって思いこんじゃったんだけど・・・昔の人って大胆だなぁって、けっこう変な妄想入っちゃったけど」
「あれは・・・」
 セイラが、フロアを、コツンと軽装型のマグネットシューズで叩く音が、小さく響き、その小さな身体が、イチロウの胸に密着する格好になった。
「あれだけ、派手に映像が流れていたから・・・きっと、明日から真似するカップルが出てきちゃったりして・・・」
 セイラのお河童頭が、イチロウの額に触れた。さらに、小さい身体と、ちょっとだけギャップがある豊満な胸が、イチロウの胸に押し付けられる。
数秒・・・
「やっぱ、あたしには無理」
 セイラが、小さなアクションで、後ろに下がるように、自ら密着した身体を、イチロウの胸元から引き離してから、つぶやいた。
「あたしのような乙女には、恥ずかしすぎて、あんなに長い時間は、くっついてられない」
セイラは、その小さすぎる胸元を両手で隠すように覆い、隅っこで小さく縮こまっているエリナのところまで、身体を滑らせた。
「あなたがエリナさんですよね?
 あたしたちは、キリエも含めて、あなたたちの味方です。必要があれば、なんでも力になります
これ・・・」
セイラは、自分の左手を飾るルビー色のブレスレットを、エリナの左手のすみれ色のブレスレットに触れさせた。
「あたしのアドレス・・・なにかあったら、必ず連絡して
 イチロウくんって、レースパイロットって、キリエが言っていたけど、2週間後のレースには出るんですよね」
「はい・・・でますよ」
「さっき、彼に言った例のあたしが歌うガンダム最新作・・・実写7割・・・CG3割の企画らしいの・・・主役の5人のパイロットは決定しているけど、ライバル役5人のうち3人は未決定なんだって・・・そのレースで優勝したら、あたしから、イチロウくんを推薦しても構わないかな?」
「どうして、そこまで」
「エリナさんは、自覚がないらしいですけど、ある意味、エリナさんは、あたし以上の有名人ですよ、だから仲良くしておきたいだけ」

 すっかり眼を覚ましてしまったミユイは、結局、ライブ映像が予定の時間で途切れた後、録画された映像を、もう一度観ていた。
3人が集まるかたちになったギンの部屋には、ミリーも、そのまま残っていて、弟のロウムとずっと会話をしていた。
「ワープ時間って、何時だったっけ?ギンは、覚えてるかな?」
『あと、2時間半だよ』
「あの二人・・・仕事する気があるのかな?」
『たまには、いいんじゃないの』
 作戦会議とか、戦闘用クルーザーの整備とか、普通するよね、こういう状況の時って」
『う~ん、一応、エリナには聞いてみるけど・・・使い物になるかどうか』
「どっちが?」
『二人とも・・・あの顔だよ・・・もしかしたら、ミユイの依頼とか忘れちゃってるかも』
「最低・・・」

 シャワーを浴びながら、エリナは、イチロウのことを考えていた。
(ふぅ・・・)
 しかし、ため息しか出てこない。
シャワーの水流を一旦止めて、バスルームに備え付けられた鏡に向かって、つくり笑いをしてみる。
(ふぅ・・・)
 鏡に映る自分の胸を、じっと見詰めた後で、視線を、下に落とし、そっと、二つの僅かに突き出した膨らみに、手を当ててみる。
(ダイエット、やめようかな)
 一旦止めたシャワーの水流を元に戻して、髪の毛に丁寧に水滴を含ませる。
(それよりも、もうすぐ、ワープの時間になるから、クルーザーの手入れと、弾薬の補充もしておかないといけないし
 第3恒星系に入ったら、リンデと合流して、すぐに、出発して、ミユイを早く、お父さんに会わせてあげないと・・・

 イチロウのことは、それからでいいことにしよう

ミユイちゃん・・・仲間になってくれるかな?
 というか、あの子は、イチロウのこと、どう思ってるんだろう
それどころじゃないか・・・お父さんが、殺されそうなんだもんね。
あの子が、お父さんのことを心配してるのに、あたしったら、イチロウのことばっかり・・
きっと、「最低」とか思われているんだろうな
ちょっと、柄にもなくはしゃぎ過ぎちゃった・・・なんか、あのライブで、イチロウを映していたカメラがあったみたいだし・・・そうすると、ずっと一緒にいた、あたしも映っていたってことかぁ
変な下着じゃなかったよね
確か、まぁまぁ可愛い下着だったから・・・
でも、リンデはうるさいだろうなぁ

あぁ、ちょっと憂鬱かも)
エリナは、バスタオルで全身の水滴をぬぐいながら、シャワールームから出た。
(そういえば、カゲヤマくんから付けられた、ペイント弾の汚れも落としていないなぁ
 ワープの前に、掃除しておこう
海賊との戦闘は、結局、身内だけでやることになりそうだし・・・そうなると、Zカスタムは使えないから、コゼットを使うことになるのか・・・
コゼットの火力で、撃退することはできるかなぁ
イチロウは、シミュレーションで、ほとんどZカスタムしか使っていないし
今から、カゲヤマくんに謝って護衛をお願いするのって、やっぱり虫がいい話だよね。
あとは、なるべく、海賊の|屯《たむろ》する星域を回避する航路を選ぶしかないか
けっこう、やることあるなぁ
とりあえず、コゼットの装備を万全にしておこう。
ワープまで、あと2時間か・・・)
エリナが、クローゼットの中に収容されている作業着を身につけながら、部屋の情報端末の着信履歴に、眼を通したところ、リンデからの呼び出しコールが何件か入っていることに気づいたが、どうせ言われることは、いつもと同じことであることがわかっていたので、特に返信はせずに無視することにした。
(テレビに、映っちゃったのはマズかったなぁ・・・ライブの映像じゃ、蓋もできないし・・・きっと、リンデには観られちゃったんだろうな
 ああ・・・憂鬱)
クルーザー格納庫に行く途中も、エリナはリンデから言われる小言を想像して、気が滅入るばかりだった。

コゼットの整備を夢中でやっているエリナのところに、イチロウがやってきた。
「|コゼット《そいつ》で、海賊相手に一戦やらかそうってのは、ちょっと無理なんじゃないのか?」
「う~ん、基本的に、この船の人たちって平和主義者ばっかりだから、どのクルーザーも火力武装が、ほんとイマイチなんだよね
 イチロウが不安になる気持ちもなんとなくわかるんだけど」
「カゲヤマを呼んで、あいつの機体を借りることは、できないんだろうな」
「あれは、戦闘機を原型にしてるから火力武装のオプションがいっぱい付けられて、改造自体は楽しかったんだけど・・・一応、彼には言ってないんだけど、バルキリーみたいな隠し腕もつけてあるんだよ」
 エリナは、イチロウと普通に会話ができることに、我ながらびっくりしていたが、イチロウのほうも、それなりの距離を保って、飄々とした様子で、いつものように、軽めの笑顔でいてくれることが、嬉しくもあった。
「バルキリーって、マクロスの?」
「うん、わたしは、機械をいじるのは好きなんだけど、全然、オリジナリティってのがなくってね・・・アニメに出てくる機体とか、イチロウが乗ってるような既製の機体とかじゃないと、作れないんだ。きっと、デザインセンスが、生まれつき備わっていないんだと思う」
「っていうか、アニメの機体を作れるってのが、けっこう、俺なんかにしたら、驚きなんだけど・・・」
「あたしも、地球のような重力のあるとこで重力の影響を受けるような機体は作れないんだよ
 イチロウも知ってると思うけど、無重力の宇宙で使う機体に必要なのって、機密性だっていうことは、わかってるよね」
「ああ・・・一応、宇宙飛行士の訓練もやってた経験があるからな」
「機体の空気を維持するコーティングさえ万全なら、どんなスタイルの機体だって、基本的に、|宇宙《ここ》では活躍できるんだ。
 わたしは、そのコツというか勘が、ちょっとだけ、他の人よりは冴えてるんだって、自分では思ってる」
エリナが、今、整備をしているコゼットというのは、イチロウが使用しているZカーの支援用に、ありあわせの材料で作ったもので、単座であるため、形状はZカスタムに似させてはいるが、一回りほど小さくできている。
さらに、最大の特徴は、火力武装を可能にするために、後輪部分を、大胆に叩き切った形で、箱型のコンテナをジョイントできるようにしてしまったことである。つまり、ミサイル、もしくはビーム火器のエネルギーがカラっぽになったコンテナを切り離し、母船・・・ここでは当然ルーパス号ということになる・・・からカタパルト射出されるコンテナと再ドッキングさせて、高い機動性を維持しつつ、火力も減少させない仕様となっているのだ。
だから、機体のフェイス部分は、どのような形状でもよかったのだが、敢えて、イチロウの気に入ってるZカーに似せたのは、エリナが、この機体をイチロウに使って欲しいと思ったからに他ならない。
なのに、イチロウは、Zカスタム以外の機体には乗ろうとしないのが、エリナは、ちょっぴり気に入らなかった。
「今回は、イチロウにも、これに乗ってもらう必要があるから」
「そうなるのかな・・・あまり、気が進まない・・・」
「わたしだって、他に、イチロウにできる仕事があれば、こんな危険な仕事なんかさせたくないんだよ
 それは、わかってる?」
「俺は、今まで、武器で他人を殺したことはないんだ。気が進まないのは・・・いくら相手が海賊とはいえ、人間だってことだ」
「そんなこと、今になって言われたって、海賊がテリトリーとするエリアを通るんだってことは、この話が、ミユイから連絡されたときに、言ったじゃないの」
「もちろん、その話は聞いた、だから、逃げる作戦でいくんだろう
 だから・・・人殺しの練習はする必要はない」
「わたしは、イチロウを死なせたくないよ」
「人殺しをしなくても、自分の身は守れる」

「自分の身だけならね」
いつから、その場にいたのか、そこにミユイが立っていた。
「自分の機体に乗って、この船を置き去りにして、そして、帰ることもできずに、また放浪するっていうのなら、それでいいと思うけど・・・」
「ルーパス号なら、亜光速で振り切れる」
「ねぇ、イチロウ・・・わたしは、どうしても、父さんに会いたいの
 そのために、お金も作ったし、この船も探し出した・・・父さんのいる星へ行けるこの船を
だから、やっぱり作戦会議をしておく必要があるんじゃないかなって思うんだ」
「そういうのは、ロウムやマイクが到着してからで」
「何を、悠長なことを言ってるの?
もう、この駅で、8時間も待たされてるのよ・・

「でも、巡航速度で第3恒星系に行くためには、3日以上かかる」
「知ってるわよ、あたしだって、時間の計算くらいはできるから・・・でも、次の駅に着いたら、もう巡航速度でも、ブースターエンジン使ってでも、とにかく、自力で行かなきゃならないんだから、この先は、1時間だって無駄にしたくないの・・・わたしだって、そのためのお金を払ってるんだから」
「作戦会議っていうの・・・ここで、できること?」
「うん・・・
 というか、ここじゃないとできない」
「他に誰か呼ぶ?」
「いえ、とりあえず、あたしの作戦を聞いて欲しい、そして、その作戦に納得できたら、みんなにも協力してもらいたい」
「わかったわ、話してちょうだい」
ミユイは、自前の携帯端末を手のひらの上に展開すると、いくつかのキーワードを片手入力して、その結果現れた映像を、イチロウとエリナに突き出すようにして見せた。
「ここが第3恒星系のワープステーションです」
「うん、知ってるよ」
「そして、第4恒星系に向かう最短経路が、このルート・・・今、建造中の第4恒星系ワープステーションを建設するための資材を運ぶための専用ルート」
「それも、知ってる・・・もちろん民間のクルーザーは立ち入り禁止」
「うん、許可を得なければ、鼠一匹通れないルートがここ、もちろん、|超高機動警察隊《スーパーポリス》の監視と、人員配置も一番手厚くなってるルート」
「そこを使うつもり?」
「わたしの|能力《ちから》なら、やってやれないことはないけど、わたしも、そこまでの危険は犯したくないの・・・万が一バレたら、父さんに会えなくなるし父さんにも危険が及ぶから」
「じゃ、そのルートの次の最短経路で行くのか?」
「そう・・・、このルート・・・民間の資材運搬船が、切捨て御免の旗印をくっつけて、用心棒を雇って突破していく、このルートが一番早く第4恒星系にたどり着ける」
「やっぱり、人殺しをするのか・・・」
「違うよ・・・海賊は殺さない」
「誰かが言ってた『積荷はありません』って横断幕でも張るつもりなのか?」
「ごめん、気を利かせてるつもりなら、悪いんだけど、イチロウは黙っててほしい・・・とにかく、一回、わたしのいうことを聞いてほしいから」
「そっか、こっちこそごめん」
「このルートを通ることで一番大きなリスクは、海賊のテリトリーが10箇所あるってことなんだけど、わたしなら、その海賊の火力を無力化することができるの

 つまり・・・海賊に|催眠術《魔法》をかける」
「それはいくらなんでも無茶なんじゃ・・・」
「イチロウは黙ってて・・・」
 エリナが真剣な顔で、ミユイの顔をまっすぐに|凝視《みつ》めた。
「あたしの力で、その催眠術の装置を作れってことね」
「だから、わたしは、この船を選んだの
 他の配送業者に、頼んだのは、初めに言った方法で確実に行きたかったから
でも、全部断られた」
「時間が、惜しいんだよね」
「うん・・・」
「ごめん、ちゃんと初めから話を聞いていればよかった・・・」
「わたしも、できれば、この方法を使いたくはなかったの。でも、ちょっと、さっき義兄から、緊急の連絡があって・・・義兄からもできる限り、早く父さんを救い出してほしいって話で・・・

父さん、病気らしいの」
「わかった、ちゃんと協力するから」
「イチロウくんに、Zカスタムに乗ってもらって、わたしが、ナビゲータをやります。
 そして、行く手を塞ぐ敵が来たら、敵船の舵取りを、わたしが代行します。もちろん、舵だけじゃなくて、攻撃機能も全て、わたしがコントロールします。
なんらかの形で、敵船のOSに干渉することができれば、リモートコントロールできるから、そのための、装置が欲しいんです」
「それなら、ペイント弾で、無線機を相手の機体のOSがセットされた機器付近にピンポイントで打ち込むことができれば、簡単につながるはず」
 少しだけ、なにかを思い出すような顔をしてから、エリナが、もう一度、口を開いた。
「3m以内に存在するあらゆるOS電波を傍受して、コントロールできる無線機なら、工作室に箱で用意してあるよ。量産したけど、使い道がなかったヤツが」
「すごい・・・そんな装置があれば完璧ですよ」
「ソランと、イチロウの機体に積み込んでおけばいいよね」
「ええ・・・」
「どうしたの?」
「エリナさんの真剣な顔がまぶしくて・・・その笑顔、とっても素敵です」
「この方法だったら、イチロウも文句ないよね」
「どういうことか、俺には理解不能なんだけど」

「それに較べて、イチロウは最低・・・あれだけ、ちゃんと説明したはずなのに、ありえないです」
「要は、イチロウは、ミユイの指示したところへ、コゼットでペイント弾のピンポイントシューティングをすればいいってこと・・・


(ピンポイントシューティングと言えば、ミリーの専売特許だったっけ)
 いつも、ミリーが言っているGD21という世界のことを、エリナは思い出して、
 クスリと笑った。