※BL掛け合い台本です。苦手な方はご使用頂かないようお願いいたします。
♂:♀=2:0
所要時間20分程度。
【登場人物】
遠野 明義(とおの あきよし)
木暮 信乃(こぐれ しの)
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木暮:ぜんぶ、ぜんぶ、夢ならいいのに。なあ。この夢から醒ましてよ。
遠野M:2つの夢は、遠く遠く隔たっていた。それでも2人の祈りは、唯一つのものだった。
遠野M:「明日も君の夢を見る」。
(間)
木暮:遠野。
遠野:おう。すっきりしたか?
木暮:うん。ありがとう。シャワーも、着替えも。
遠野:いいよ。……やっぱりサイズ、大きいな。ごめん。
木暮:なんで謝るの。
遠野:いや……あ、制服、そこに干しといた。
木暮:ありがとう。ごめん。
遠野:お前こそ、なんで謝るんだよ。それより……調子、大丈夫か?
木暮:大丈夫だよ。そもそも、具合悪くないし。言っただろ、ちょっと水浴びしたくなっただけだって。
遠野:滝みたいな雨の中で水浴び? 秋だってのに? 制服姿のまま?
木暮:そう。
遠野:テキトーな嘘吐くなよ。
木暮:嘘じゃない。でも……そのせいで迷惑かけたよね。ごめん。
遠野:いいって。
木暮:放っておいてくれて、よかったのに。
遠野:お前だって、道端で蹲って、しかも雨に打たれてる奴がいたら、当然心配して声掛けるだろ? それが自分ちのすぐ傍だったら、尚更。
木暮:んー。家に上げてシャワー貸したりは、どうかな。
遠野:それは、お前、同級生だったし。……同級生で、びっくりしたけど。
木暮:はは。
遠野:あのさ。事情、訊かない方がいいか? 水浴びしたかったってことにしといた方が、いいか?
木暮:……どうだろう。
遠野:どうだろうって。
木暮:言いたくない。でも、遠野になら、とも思う。
遠野:俺になら? いや、実際俺たち、そんなに親しくないだろ。
木暮:うん。今日初めて、まともに話す感じだね。
遠野:なのに、なんで?
木暮:だからかも知れない。
遠野M:雨の中から拾ってきた同級生は、そう言ったきり黙り込んだ。いつも通り曖昧に笑いながら、不意に泣き出しそうな気配を孕んで。
だからだろうか。明らかにサイズの大きい服に身を包んだ木暮信乃は、俺の知るクラスメイトとは別人のようだった。
遠野:……そういや、携帯大丈夫だったか?
木暮:携帯、うちに置いてきたんだ。
遠野:そっか。じゃあ俺の貸すから、親に連絡入れとけば? そしたら、迎えに来てくれるかも知れないだろ。
木暮:大丈夫だってば。歩いて帰れるよ。
遠野:本当か? 必要なら、ベッド、貸すけど。うち共働きで、父さんも母さんも帰り遅いから……え。なに? 顔になんか付いてるか?
木暮:びっくりした。
遠野:あ。えっと、引いた、とか?
木暮:ううん。俺が女の子だったら、引いてたかも知れないけど。
遠野:じゃあ、
木暮:遠野って、優しいね。だからびっくりした。
遠野M:木暮信乃は、携帯もベッドも、借りるのを断った。シャワーと着替えを借りるのも遠慮していた。
だけど、傘を貸すと言ったときだけは、すんなりと頷いた。
木暮:服、濡らしたら悪いから。
遠野M:そう、綺麗な顔で、にこ、と笑った。何故だか、今まで見てきた表情のなかで、その笑顔だけが本物みたいな気がした。
その日の夜のことだった。初めて、木暮信乃の夢を見たのは。
木暮:っ、う……ひくっ、ぅ……っ
遠野M:夢の中で、木暮信乃は泣いていた。星のない夜空みたいな暗闇に1人、道端で見つけた時のように蹲って、ただただ嗚咽を漏らしていた。
俺は震えるその肩に触れることができなくて。でも、確かにそうしたいと望んでいて。
もどかしいだけの、そんな夢。夢の終わりに、俺は気付く。
ああ。これは、夢なんだと。
次の日、木暮信乃は学校を休んだけれど。俺は、きっと俺だけは、木暮信乃と会うことができた。
前の晩とまるで変わらない夢の世界で。まるで変わらない格好で、1人泣く木暮信乃と。
木暮:う……ぅ、っく……うぅ……
遠野M:その終いに、俺は繰り返す。
そう。これは、夢だ。
(間)
木暮:遠野。今日、遠野のうちに行ってもいい? 服とか傘とか、返したい。
遠野M:5時限目が終わったあと。木暮信乃は、いつものように曖昧に笑いながら、少し掠れた声でそう言った。
3時限目の体育の、着替えのとき。腰のあたりにキスマークがあったとかで、冷やかされていたのを思い出しながら、俺は頷いた。
木暮:一昨日はありがとう。服と、傘と、あとこれ。お礼。全然大したものじゃないけど。
遠野:お礼なんて、別にいいのに。
木暮:そう言わないで、受け取って。お詫びも兼ねてなんだ、これくらいしないと俺の気が済まないよ。
遠野:お詫びなんて、余計要らないって。
木暮:遠野。
遠野:……けどまあ、折角、準備してくれたんだもんな。ありがとう、貰っておくよ。
木暮:うん。
遠野:なあ、上がってくつもり、ある?
木暮:ううん。すぐ帰るよ。
遠野:でも俺、上がっていって欲しいんだけど。
木暮:なんで?
遠野:だって、折角来てくれたんだし。俺でも、お茶くらいなら、出せるし。
木暮:でも、悪いから。
遠野:白状する。実は、木暮が来るって言うから、学校の帰りにお菓子買っといた。
木暮:え。なんか、ごめん。
遠野:謝らなくてもいいんだ。ただ、このまま帰られると無駄になるっていうか、1人で食ったら、夕飯入らなくなるかもっていうか。
木暮:成長期の男子が言うことじゃないって。
遠野:それに、お礼貰ったお礼もしたいし。……なんだよ、きょとんとして。
木暮:遠野って、ヘンだね。
遠野:そうか?
木暮:ヘンだよ。かなり。
遠野:……そうかもな。
木暮:うん。……じゃあ、そうだね。少しだけ、お邪魔しようかな。
遠野M:木暮信乃はそう言って、傷一つ付いていないローファーを脱いだ。
彼が俺の部屋にいたのは、本当に少しの間だけだった。何を話したか、よく覚えていない。とりとめのない話題ばかりが、上がっては消えていったように思う。
確かだったのは、制服の袖口から覗いていた、その手首の白さ。麦茶の揺れるグラスを握った、その指の綺麗さだけ。
木暮:ごちそうさま。なんか、ごめん。
遠野:また謝る。いいんだって、俺たち同級生だろ。
木暮:うん。
遠野:いちいち謝らなくても、いいから。
木暮:うん。
遠野:……じゃあ、また明日、学校でな。
木暮:なあ、遠野。
遠野:ん?
木暮:遠野は、知りたいと思う?
遠野:なにを?
木暮:理由。
遠野:なんの?
木暮:……ごめん。俺、近頃、どうかしてるんだ。
遠野:なにが? なんで?
木暮:知りたい?
遠野:……なに?
木暮:俺が、逃げた理由。あの日。あの土砂降りの雨の中に、逃げ出した理由。
遠野M:知らず知らず、喉が、ごくりと音を立てた。
木暮信乃は静かに笑っていて。夕暮れの橙が、その頬を暗い色に染めていた。
遠野:………………知りたい。お前が、教えてくれるなら。そうしたいと、思うなら。
木暮:ごめん。
遠野:ごめん?
木暮:さっき、言ったよね。俺、どうかしてるんだ。
遠野:それが、理由なのか?
木暮:うん。どうかしてるんだ。
遠野M:繰り返して、木暮信乃は笑った。
お礼の中身は、クッキーの詰め合わせだった。
木暮信乃のいなくなった部屋で、俺はまた、夢を見た。
星のない夜空に立ち尽くして、木暮信乃は泣いていた。幾筋も頬を伝う涙を、拭うこともしないまま。
木暮:俺、どうかしてるんだ。
遠野M:向かい合った俺は、涙を拭ってやりたいと願う。だけど、そこで気付くんだ。
ああ。俺には腕がなかったんだっけ。
(間)
木暮:最近、体調が悪くて。もとから身体、そんなに丈夫じゃないんだけど、余計酷くなってるっていうか。
……あ。でもあれは、嘘じゃないよ。
遠野:あれ?
木暮:水浴びしてたとき。あの時は、本当に元気だったんだ。
遠野M:木暮信乃は、頻繁に学校を休むようになっていた。
だけど俺は。きっと、俺だけは。毎日、彼と会うことができた。
この眼に映る木暮信乃は、黒く塗りつぶされた空を背景にして、いつもいつも泣いていた。俺にそれを止める術はなかった。俺には彼を助けることができなかった。
もどかしさが、虚しさが、木暮信乃に会えない現実を侵していった。
次第に俺は、そう。どうかしていったんだと思う。
だからその日。俺は、木暮信乃に言ったのだ。
遠野:今日、一緒に帰ってくれないか。
遠野M:木暮信乃は、いつものように、曖昧に笑って頷いた。
木暮:だんだん、日が暮れるの、早くなってきた。
遠野:ああ。天気良いから、今日は一面綺麗な橙色になるだろうな。
木暮:……秋の空って、とびきり高い気がする。
遠野:そうか?
木暮:うん。春より、夏より、冬より、ずっと遠くにある気がする。空には……雲にも、月にも、星にも、うんと手を伸ばしても届かないんだなって、わかる。
遠野:もとから、手が届かないだろ。雲にも月にも星にも。それは春も、夏も、冬も変わらない。
木暮:そうだね。
遠野:……木暮って、ヘンだな。
木暮:そうかな。
遠野:ヘンだよ。かなり。
木暮:ひょっとして、前のお返し?
遠野:……それもある。
木暮:はは。俺は、普通だよ。
木暮M:なあ。普通だったんだよ。
遠野M:そう、聞こえた。
それは、俺だけの木暮信乃が、俺だけに零した言葉だったんだと思う。それなのに。思わず、言った。
遠野:……笑わなくて、いいよ。
木暮:え。
遠野:そうやって、何でもなさそうな顔して、笑うなよ。
木暮:……。
遠野:あ、いや。
木暮:なんで、そんなこと、言うの?
遠野:ほ、ほら。俺とお前は、そんなに親しくないから。だから……親しくないからこそ、気を遣って笑わなくていいっていうか。
木暮:普通は、逆じゃないの。というか、そうじゃなくて。
遠野:だってお前、いっつも、
遠野M:泣いてた。
遠野:……泣きそうな顔して、笑ってる。
遠野M:木暮信乃は、それでも笑っていた。
怖いくらい綺麗な笑みを刻んだその頬は、病的なまでに白かった。
木暮:遠野。俺、どうかしてる。
遠野:逃げた、理由?
木暮:俺、誰にも話したくない。誰にも話しちゃいけないってわかってる。なのに、遠野には話したいと思うんだ。
遠野:木暮。
木暮:不思議だね。全然親しくないのに。あの時から、ずっとそうなんだ。遠野に、聴いて貰いたいんだ。
遠野:木暮。俺、聴くよ。お前が望むなら。
木暮:俺、どうかしてるんだよ。おかしいんだ。狂ってるんだ。遠野を巻き込みたくない。本当にそう思ってる。だけど、
遠野:俺は逃げない。巻き込まれても構わない。
木暮:後悔するよ。
遠野:してもいい。
木暮:なんで?
遠野:なんでって。
木暮:なんで、そう言い切れるの?
遠野:そんなの……そんなの、わかるかよ。
木暮:なら、
遠野:後悔するかも知れない。でも、もし今、木暮から逃げる道を選んだら。お前のこと、何も知らないままだったら。俺、もっともっと、何倍も後悔する気がする。だから。
遠野M:木暮信乃は、やっぱり笑っていた。
立ち寄った人気(ひとけ)のない公園で、彼は本当のことを打ち明けた。耳を塞ぎたくなるような言葉を紡いだその唇は、薄くて、ひび割れていて、血が滲んでいた。
木暮:遠野。ごめんね。
遠野M:別れ際まで、木暮信乃は笑っていた。
「謝らなくていいよ」。母親の待つ病院へと向かうその背中に、俺は、そう声を掛けることもできなかった。
夢を見た。
木暮信乃は泣いていて。俺には、慰めるための腕がなくて。虚しくて堪らなくなった。胸の底から溢れ出した感情が、涙になってはらはら落ちた。
2人で流した涙は、暗い大地に零れて星になった。沢山の雫が集まった水たまりは、丸くなって月になった。
俺たちの眼下は夜空だった。
遠野:ほら、手が届きそうだよ。お前の手なら掬えるよ。
遠野M:俺の声を聞いた木暮信乃は、曖昧に笑って、首を振った。
木暮:駄目だよ。できないよ。
遠野M:そうして俺は気付くんだ。俺は、君に恋をしてるんだと。
(間)
遠野M:真実を知った次の日。木暮信乃は、最愛の人を失った。そうしてそれから1週間、学校を休んだ。
7日ぶりに登校した彼は、益々やつれていたけれど。それでもなお、笑っていた。
木暮:遠野。今日、遠野のうちに行ってもいい?
遠野M:木暮信乃は、掠れた声で言った。俺は、唇をぎゅっと引き結んで、頷いた。
下校時間になって。少しずつ青さの薄れていく空の下、2人並んで、俺の家まで歩いた。その間、俺たちは一言も口を利かなかった。周囲を他人事みたいに流れていく、世界の音に耳を澄ましていた。
沈黙は、俺が玄関の扉を閉め切るまで続いた。
遠野:どうぞ、あがって。お茶くらいなら、用意できるから。
木暮:……。
遠野:木暮?
木暮:……言った。
遠野:え。
木暮:笑うなって、言った。
遠野M:うつむいて、立ち尽くして、震える声で呟いた。木暮信乃の首筋には、確かなしるしがあった。
真実を真実だと納得させるだけの、しるしが。
木暮:笑うなって、言ったから。
遠野:木暮。
木暮:遠野が、笑うなって、言ったから。
遠野:……うん。
木暮:だから。だから、俺。……ごめん、遠野。ごめん。
遠野:いいよ。謝らなくていいよ。
木暮:遠野、
遠野:いいよ。ここでなら。俺の前でなら、いくらでも、泣いてもいいよ。
遠野M:木暮信乃の表情が、くしゃりと歪んだ。その頬を大粒の涙が零れ落ちて、地面に黒い、黒い染みをつくった。
思わず伸ばした手が、彼の頬に触れた。涙は、俺の指を伝ってなお落ちた。
木暮:遠野。ごめん。俺、1人で、受け止めなくちゃならなかったのに。
遠野:いいんだよ。俺、後悔なんか、してないよ。
木暮:遠野。……遠野。俺、母さんが大好きだったよ。父さんのことも、大好きだよ。今でも……何されても、好きだよ。嫌いになんて、なれないよ。
遠野:うん。
木暮:だから、俺、1人で、受け止めなくちゃならなかったんだ。ぜんぶ、受け止めないといけないんだ。だけど……だけど、思わずにはいられなかった。どうしようもなく、思っちゃうんだ。
この苦しいのも、悲しいのも、ぜんぶ、夢ならいいのに、って。
遠野:夢。
木暮:遠野。遠野。ぜんぶ、ぜんぶ、夢ならいいのに。
遠野M:俺は、君の細い腕を、空まで届かせるための助けになれない。
俺は、君を苦しめる人のように、君を想うわけにはいかない。
でも。この現実がもしも、夢だとしたら。いつか醒める夢だとしたら。
遠野:……そうだよ。
木暮:遠野?
遠野:そうだよ、木暮。ぜんぶ、ぜんぶ、夢だよ。俺たち2人とも、ずっと、夢を見てるんだ。
木暮:なら、醒ましてよ。なあ。この夢から、醒ましてよ。
遠野:夢なら、醒めるよ。いつか、醒めるよ。
遠野M:木暮信乃は泣いている。星の涙を流し続ける。
切望していたぬくもりが、あるはずのない腕を通して伝わってくる。零れ落ちた涙が、地面を少しずつ、夜の色に染めていく。
木暮:遠野。遠野。ああ。ごめん。
遠野:ぜんぶ、夢だよ。いつか、醒めるよ。そのときまで、俺、ずっとお前の傍にいる。
木暮:遠野。ごめん。
遠野:泣いてるお前の傍にいる。ずっと、ずっと。この夢が醒めるまで。
遠野M:ああ。俺はきっと、明日も君の夢を見る。
目覚めのときが来るのを祈りながら。明日も、君の夢を見る。