オフクロが、オレと琴子の結婚式を挙げると言い出して一週間が過ぎていた。
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オフクロと琴子は、毎日のように琴子の学校帰りに待ち合わせをして、式場へ通っている

らしい。夕食の食卓では、男達を完全に無視した女同士の楽しげな会話が毎夜展開され

ている。
オレはといえば、これまでの引継ぎをするため、会社に復帰したオヤジと共に連日パンダ

イに出勤している。それさえ片付けてしまえば、オレは心置きなく医学部に復学することが

出来る・・・


今日も、オレはパンダイのオフィスで、まだ途中だった新製品の企画について、最後の打

ち合わせをしていた。ここでの決定事項を、アップルたちに引き継いでオレの仕事も終る。
打ち合わせもひと段落がついて歓談をしていると、社長室からオヤジが顔をだしてオレを

呼んだ。


社長室に入ると、オヤジが苦笑いを浮かべてオレに言った。
「直樹・・・今ママから電話があってな・・・その、なに・・・お前に伝言を頼まれたんだ」
そのなんとも歯切れの悪い言い方に、あまりいい知らせでないということは容易に想像が

ついた。
オレが、同じように苦笑いを返して黙っていると、オヤジが話を続けた。
「これから結婚式の衣装合わせをするから、お兄ちゃんにも式場に来て欲しいそうだよ・・・

今日はもういいからすぐに行ってあげなさい」


「はあ?・・・すぐにって、まだ打ち合わせの途中だぜ。無理に決まってるだろ」
オレは、話にならないといった風に手を振ると、すぐに部屋を出ようとしたが、オヤジがあ

わてて引き止めた。
「直樹・・・ママの性格わかってるだろ?言い出したら聞かないんだから、とにかく行った方

がいい。いや頼むから行ってくれ・・・じゃなきゃあワシがママに怒られるよ・・・」
オヤジは懇願するような情けない顔でオレを見上げた。


―確かに・・・言い出したら聞かないよな・・・


「わかったよ・・・いくよ・・・」
オレは深く深くため息をつくと、外で待つアップルたちに急用ができたと謝ってパンダイを

後にした。



正直、まさかこんなに急に結婚式を挙げることになるとは思っていなかった・・・
いまだに、どこか別次元の話のようで、どうも現実味がわかない。
こればかりは、オフクロのパワーなくしては絶対に実現しないことだろう。
それでも、今となっては、それはそれでよかったのかもしれないと内心では思っている。


結局、結婚してもしなくてもオレと琴子はこの先も同じ屋根の下に暮らすわけだし、たとえ

オレがここで今結婚することを拒絶したとしてもあのオフクロのことだ、あっという間にオレ

と琴子の部屋が用意されて、夫婦同然の暮らしを強いられるのは目に見えている。
ことオレと琴子のことに関して、あのオフクロには物事の順序やモラルなど一切通用しな

いのだから・・・


―まあ、それがオフクロの生きがいみたいなもんだからな・・・


式場に着くと、ロビーで裕樹がオレを待っていた。
「なんだ裕樹、ずい分と決まってるじゃないか」

オレは、黒の礼服を着た裕樹をからかった。


「そんなこと言って、お兄ちゃんのなんて真っ白なのが用意されてるよ。覚悟しておいた

方がいいね・・・」
裕樹も薄笑いを浮かべながら負けじと言い返す。

オレはその言葉にぎょっとしながら、裕樹について階段を上って行った。


「オフクロと琴子は?」
オレは、あたりを見回しながら聞いた。


「琴子はもうほとんど決まってるみたいだけど、ママの着るものがなかなか決まらなくて

さとにかくお兄ちゃんは着替えたら琴子のいる部屋に行っててってママが言ってたよ」


裕樹に連れて行かれたフィッティングルームに入ると、確かに真っ白なタキシードが用意

されていた。


―オレには選ぶ余地もなしか?・・・


有無も言わさんばかりに一着だけ置かれている衣装に、多少の不満を感じつつもオレは

そのタキシードに着替えると、全身が映る大きな鏡の前に立って、自分の姿を映してみた。


「まったく、なんで結婚式なんか・・・どうしてオレがこんな格好をしなきゃならないんだ」
誰もいない部屋で、誰にともなく悪態をつく。


おまけに全身白尽くめの衣装は、なんだか着心地が悪くて、直視するのもためらわれる

ほどに照れくさい。


<きゃあーーー入江くん、ステキーーー!>
不意に、琴子がオレを見て絶叫する顔が浮かんで、オレはあわてて頭の中から打ち消した。


―自意識過剰だな・・・


オレは自分の想像に自分で呆れながら、今日すでに何度目かの大きなため息をついて

琴子が待っているという部屋へと向かった。


”相原琴子様”と名札のかかった部屋のドアを細く開けて、中の様子を伺う。
首だけを入れて覗き込むと、正面に大きな鏡があって、その前に琴子が立っていた。
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―こ、琴子・・・?


オレは、不覚にも完全に琴子の姿に見とれていた。
真っ白なウェディングドレスを着て、裾より長いベールをつけた琴子は、オレの想像を遥

かに超えてとても綺麗だった。


「お、お兄ちゃん・・・口が開いてるよ!」
裕樹がわき腹を突きながら小声で言うのが聞こえて、オレは慌てて口をつぐむと咳払い

をひとつして部屋の中に入っていった。


気配に気付いた琴子が振り返り、オレはついさっき想像した琴子を思い出して目を閉じた。
しかし、予想していた琴子の絶叫は聞こえず、そっと目を開けると、まるで数秒前のオレ

のように口をあんぐりと開けてオレに見とれる琴子の姿が見えた。


「お、おい、口開いてるぞ・・・」
オレは、吹き出したいのをなんとかこらえて琴子に言った。


「あっ・・・あはは・・・い、入江君があんまりステキで、見とれちゃった」
琴子は、照れたようにつぶやくと、うつむいてしまった。

オレたちは、なんだかバツ悪く向き合ったまま、その場にしばらく立ち尽くしていた。


オレは、なんとかいつもの自分を取り戻そうと、深呼吸をくりかえしたが、こんなに綺麗な

琴子を前にして、そう簡単に胸の動悸が簡単におさまるわけがなかった。


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琴子を取り戻した雨の夜・・・琴子を抱きしめて目覚めた朝・・・
オレへの恋を犠牲にしてでもパンダイを守ろうとした琴子・・・
素直な気持ちになって解放されたオレのココロは、日毎に琴子への愛しさを募らせている。


そして今オレのためのウェディングドレスをまとった琴子を見て、なんだか急に結婚する

んだという実感が湧き上がっていた。


―まだ本番でもないのに、いったいどうしちまったんだ。


オレは、今すぐにでも琴子を抱きしめたい衝動をなんとか押さえ込んで、部屋の真ん中に

置かれたソファにドサリと腰を下ろした。

「もしかして急に呼び出したりしたから、怒ってる?」
隣に腰掛けながら、琴子がオレの顔を覗き込む。

部屋に入ってきたときからほとんどものも言わずに仏頂面をしているオレを見て、怒って

いると誤解したらしい。
ただ、自分の気持ちに戸惑って、どうしていいかわからないだけなんだけどな・・・
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「あ、あたりまえだろ!仕事の途中だったんだぞ、勝手もいい加減にしてくれよ」
オレは、これ幸いと琴子の誤解に乗っかっていつも調子で文句を言った。
しょんぼりと頭を下げる琴子に、ほんの少し罪の意識を感じた。
しかし、ふと正面を見ると、まるでオレのココロを見透かしたように裕樹がニヤニヤした顔

でオレを見ていた。


「おまたせーー!」
なんとも気まずい空気を一掃するように、ハイテンションのオフクロが部屋に入ってきたの

はそんな時だった。


「きゃあー琴子ちゃーん。なんて可愛いのー!お姫様みたいー立ってよく見せてー!」
オフクロは、息子達には目もくれず琴子の両手をとって立ち上がらせると、何度もクル

クルと回らせては「可愛い」を連発している。


「おばさまも、とってもステキ!よく似合ってますーー」
琴子も、オフクロの登場で緊張の糸が解けたのか、いつもの調子に戻ってはしゃいでいる。


ひと騒ぎが終ると、次にオフクロは持っていたバッグの中からビデオカメラを取り出して

オレ達に向けた。
「さあ、ビデオを撮らせてちょうだい。そうね、スターの結婚会見みたいに、二人並んでな

んでもいいから話して」
これ以上ない程に嬉しそうな顔をしてオフクロが言った。


「お、おい、冗談じゃないぜ、もう勘弁してくれよ」
オレは、呆れながらネクタイに手をかけ腰を浮かしかけた。


「あらダメよ、お兄ちゃんったら!・・・これがしたくて今日はここに来たようなものなんだか

ら、それに誰のおかげでこんなに早く愛しい琴子ちゃんと結婚できると思ってるのよ」


「オフクロ!言ってることがめちゃくちゃだぜ、誰が早く結婚させてくれって頼んだんだよ」
オレの剣幕に、琴子と裕樹がオロオロしている。


「あら、なに言ってるの?・・・まんざらでもないことくらいママにはお見通しよ」
オフクロは、自信たっぷりに言い放った。


「うっ・・・」
なぜだか、オレはなにも言い返せずに言葉を飲み込んでしまった。
黙り込んでしまったオレを見て、琴子が驚いた顔をしている。


―結局・・・オレの人生は、オフクロの意のままだ・・・


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ため息と共に、なぜか笑いが込み上げた。
最初から考えてみても、オフクロの執念なしに今のオレと琴子はありえない。
どんなに回り道だったとしても、途中で何度もあきらめかけたとしても、最後にはオフクロ

の思い通りになったのだから・・・


どこか釈然としないものがココロに渦を巻いてはいたが、今日のところはこのバイタリティー

あふれる母親に敬意を表して・・・いや、この抗いがたいパワーに観念してオレは白旗を挙げた。


「まったく、勝手にしろ!」
オレは、浮かしかけた腰を元に戻してソファに座りなおした。


「さあ、じゃあまずは、琴子ちゃんから何か言ってちょうだい」


満足げにうなづいて、オフクロがビデオを回し始める。
それにしても、琴子がいきなり”Happy Birthday”を口ずさんだのには唖然としたが・・・・
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END






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