オレは、涙で震える琴子の肩を抱いて、おじさんの店を出た。
琴子が嗚咽をこらえて大きく息を吸い込むたびに、その肩を撫でながら歩いた。
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「私・・・金ちゃんに、すごくひどいことしちゃったよね・・・」
しばらくして琴子がポツリと言った。



琴子がオレの顔を見上げているのは視界の端に見えてわかってはいたが、オレはあえ

て前を見たまま答えた。
「そんなこと、気にしても仕方ないだろう?」
冷たい言い方でも、オレにはこんな言葉しか言えなかった。


「で、でも私、金ちゃんの気持ちがすごくよくわかるから・・・だからなんだかつらくて・・・」
琴子は涙声で小さくつぶやくと、再び黙り込んでしまった。



琴子が言いたいことはよくわかった。琴子自身、オレが沙穂子さんと婚約すると決めた

時に、今の金之助と同じように、5年間オレを思い続けた気 持ちを断ち切ろうとしたのだ

ろうから・・・それだけにオレは、慰めるわけでなく、茶化すこともなく、ただ琴子の肩を引

き寄せて歩き続けた。


『絶対に琴子を幸せにせえ!』
オレの襟首を鷲づかみにして金之助が言った言葉・・・射るようにオレを睨みつけた目が蘇る。
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あいつがどれ程真剣に琴子を想っていたかを、今さらながらはっきりと思い知らされた・・・
首筋に手をあてると、金之助に締め上げられた首の皮膚がヒリヒリと痛んだ。
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ただ、金之助が琴子にプロポーズをしたと知ったのときの、あの胸の痛みの記憶は今でも

オレのココロに深く残っている。
このまま琴子を失うかもしれないと感じたときの、あのえぐられるような痛みを知らずにいた

ら、今日オレは、金之助に会いに行こうなどと思わなかったかもしれない・・・


今のオレだからこそ、金之助の心の痛みのほんのひと欠片でも理解して、せめてオレの口

からはっきりと伝えたかった。


―琴子と結婚するのは、オレだ・・・と。


オレは琴子にわからないように、そっとおじさんの店を振り返った。
小さく見えるその明かりの中に、店の奥のテーブルにうずくまった金之助の背中が浮かんだ。
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金之助・・・お前はオレに”愛”って何かわかるかと聞いたよな?
オレがどれほど琴子を愛しているかなんて、お前にわかるはずがないさ。
このオレだって、つい最近やっとその”愛”っていうものがわかったところなんだから・・・
でも、それに気付かせてくれたのは、くやしいけどお前さ。
だから、筋は通したぜ・・・
お前がどんなに琴子を好きでも、琴子が好きなのはオレなんだ・・・悪いな。



その時、本当の意味で琴子を取り戻したという実感がオレのココロに湧き上がった。
ココロが解き放たれて、このままどこまでも歩いていけそうな気がした。
そう・・・オレ達の前には、遮るものの何もない真っ直ぐな道が続いていた。


「おい琴子。いつまでそんな顔してんだよ・・・ちゃんと前見て歩けよ、ころぶぞ!」
オレは体をかがめて、いつまでもうつむいたままの琴子の顔を下から覗き込むようにして

言った。面食らって顔を上げた琴子の手を掴むと、有無を言わさず大股で歩き始めた。




オレは、金之助と約束した。

琴子を泣かさない、必ず幸せにすると・・・



だから琴子・・・もう後ろは振り向くなよ、オレと一緒に前だけ見つめて歩いていこう。



何があっても、絶対にこの手を離しはしないから・・・

 

                                             END





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