オヤジが退院してきた。
やっと家に笑い声が戻った。
オフクロも裕樹も・・・もちろん琴子も笑っていた。
抱き合って喜びを噛み締めているみんなを見て、オレのココロに一瞬暖かいものが
込み上げた・・・
ただそれは、単にオヤジが家に戻って来たからというだけのことではなくて、何かもっと
違ったもののように感じた。
なんだかほっとするような、とても久しぶりに心癒されるような、そんな気がした。
でも、オレのココロはすぐにそんな甘い感情を打ち消していた。
オヤジが退院して来て、オレにはするべきことがあったから・・・
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オレは、ベッドの上で目を開けた。
闇に閉ざされた部屋の中に、裕樹の寝息が微かに聞こえていた。
今夜、オヤジの退院祝いに沙穂子さんを招待していることは誰にも言っていなかった。
オヤジも相当驚いていただろうけど、おそらく一番驚いたのは琴子だったに違いない・・・
大泉会長と沙穂子さんが店に入ってきたときの、琴子の戸惑った顔が浮かんだ。
沙穂子さんに呼ばれて、店の外へ出る時の琴子の不安気な背中が浮かんだ。
―どうして琴子が出てくるんだ?・・・関係ないだろ。
とにかく、オヤジに沙穂子さんを紹介できた。
あとは婚約を発表して、結婚式の日取りを決めて、そして・・・
彼女ほどオレに相応しい人はいない。
美人で、清楚で、頭が良くて、料理もできて・・・
―誰かと大違いさ・・・
きっと穏やかで幸せな家庭が築けるはずだ。
そうさ、きっとイライラすることもないだろう。
オヤジの会社も持ち直すだろう。
そしていずれオレが継いだら、もっと会社を大きくしよう。
そうか・・・パンダイだけじゃない、将来は大泉グループもオレに任されることになるのか・・・
天才と言われているオレに相応しい未来じゃないか・・・
きっと何もかも上手く行くさ。
―そうさ、これでいいんだ。
部屋の天井を見上げながら、苦笑いが浮かんだ。
納得しているはずなのに、何かが違う気がした。
それは、自分で仕掛けた罠に、自分で掛かった獲物のような気持ちだった。
こんなはずじゃなかったと、ココロの奥から叫ぶ声が聞こえていた。
オレは、ベッドの上に起き上がると、サイドボードの時計を見た。
―12時か・・・琴子はもう眠っているだろうか?
ふと、オヤジが帰ってきたときの、みんなが抱き合って喜んでいる時の光景が浮かんだ。
みんなが笑っていた・・・もう、誰も悲しませたくない。
―そうか!・・・
オレは唐突にあの時オレのココロをかすめた暖かな感情の正体を見つけていた。
―あの時、あいつの笑顔を久しぶりに見たんだ。だからなんとなくほっとして・・・
オレは、なんだかひどく自分が情けない奴に思えた。
オレは、会社のことと自分のことに精一杯で、琴子が笑わなくなっていることにすら気づか
ずにいたんだ・・・
―そして、あいつから笑顔が消えた原因は、確実にオレなんだ・・・
深いため息が出た・・・どんなに振り払っても消えていかない、夢のかけらと琴子の幻影に、
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